第14話 誰何を続け看破したい
帰りのホームルームを居眠りで過ごした
「……なに、君」
「はじめまして
なぜか一年生の女子が笑みを浮かべて目の前に直立している。少女は呟きの意味を即座に理解して敬礼した。
「わたしは体育祭健全運営委員会臨時スタッフの
「健全運営? そんなのあったっけ」
「わたし一年生なんでよく知りませんが、今年からの緊急措置だそうです。なんでも体育祭をダシに一儲けしようとしてる人が今年は多いらしくって。不正対策だそうですよ。具体的に言うと
「あぁ、あいつ。なるほどね。はた迷惑な奴」
「あはは……」
名前を出すだけであっさり納得され、莟は笑みを引きつらせた。あの少年の名にまさかここまで効果があるとは。同級生に嫌われすぎではないかあの友人。
「
クラスメイトの声に廊下を見やると、当たり前みたいな顔で
「ん…………。健全なんたらってなにするの」
席を立ちながら
「えっと、各団を定期的に視察です。といってもそんなカッチリはしてませんけど。そういう立場の人が不定期にやって来るだけで抑止力になるそうなので。今日はなんとなく黄団のお二人に張り付いてようかなって」
「好きにすればいいけど、
「御意に!」
ビシッと再びの敬礼を決める。そして笑みの裏でばくばくと脈打つ心臓に冷や汗を流した。
(うわーっ! 上手くいっちゃったよどうしよう!? こ、これでいいんですよねとめき先輩っ!?)
この場にいない、どこかで聞き込みをしているはずの友人に心中で呼びかけた。
◇ ◆ ◇
怪しまれずに団長副団長連中を観察するには何かしらの理由付けが必要だ。そこで葛和兄弟のクズのほうという悪評を利用するよう提案してきたのは
「そおやって潜り込んだら、お前は奴らの傍について動機を探れ。オレは周辺から探りを入れてみるからよお」
「ええっ、そんな難しい役、わたしに務まるでしょうか」
「なあに不安がってんだよ。お前、
「なっ、なんで」
「なに驚いてんだ。お前の友達、もうオレがいても平然とお前と雑談し始めんだろ。それ横から聞いてりゃ察しもつくわ」
「そっか……。確かにみんなもうとめき先輩に対して警戒心なくてあけっぴろですもんね」
「ほんとになあ。拍子抜けするぜ。お前の友達ってば図太すぎねえ?」
唇を尖らせて納得していない表情で宙を睨む。その態度にどこかズレを感じて、莟はわずかに混じる不快感のまま少年の脇腹を小突いた。
「……ていうか一つはっきりさせときますけど先輩。
「…………冗談だよなあ?」
「
「…………わりと思ってた……かも」
「はぁ?」
毒気を抜かれたみたいに目を見開く十瑪岐に、調子を崩された莟は思わず肺の底あたりから低い声が出でしまう。
十瑪岐がびくりと肩を跳ねさせた。
「っオレの話は置いといてだなあ。とにかくそっちは頼むぜえ? あの得体のしれない凸凹コンビを丸裸にしてやれや」
気まずさを勢いで誤魔化し話題を変える。
だが目じりの痙攣は隠せていなかった。
◇ ◆ ◇
(……と莟に厳命した手前、オレも成果は出さねえとなあ)
口内でだけごちながら、十瑪岐は冷え切った壁に寄りかかってスマホをスクロールした。
体育祭という祭りが近づいている高揚感のせいもあるのだろう、数秒ごとに更新されるSNS画面には友人と撮ったらしき自撮り写真や風景の楽しげな写真が続々とアップされていた。
こういうところは金持ち学校の生徒も一般校の生徒も変わらない。
裏垢でフォローしている生徒たちの動向を脳内地図にリアルタイムで反映させていく。ひとしきりそうやって目を走らせ、目当ての人物が居そうな場所に見当をつけた。
各団の団長副団長たちの交友関係は、分かる範囲で事前にさらっておいた。容疑者を絞ればさらに深掘りできるというものである。
図書室に入って周囲を見渡す。するとすぐ目当ての人物を見つけた。生徒のアップした自撮りに写りこんでいたのと同じ、シャープなメガネをかけて肩をすぼめた少年が隅っこの長机で自習している。
裏からこっそり近づき、円を描くように正面へ回り込むと、気づいた少年があからさまに顔をしかめた。
「お久しぶりでえす
「うわっ、
「えーなんでオレが声かけるとみんな露骨に嫌そうにすんだよお。……ってのはどうでもよく、ちょいと聞きたいことがありましてねえ。先輩って確かあ、
ほんの一時呼ばれていただけらしい二人の愛称を使ってみる。同じ知識を共有しているらしき相手には関連知識を漏らしがちになるのが人間である。
「また懐かしいユニット名を……。なんだ、今度はあの二人が気になるって?」
「そおそお、ちょいとあのおかしな関係性にご執心でして。知ってること
右横の席に腰を下ろし顔を覗き込む。腕を相手の背もたれに乗せて、返事がなくてもひたすら笑顔で見つめ続ける。
無言の粘着に、
「たしかに小学校までは二人ともぼくと同じ公立に通ってたから遊ぶこともあったが、それ以降はまったくだ」
「つっても
「別に彼女とクラスが同じになることもなかったからな」
「見かければ向こうから話しかけてきそうなのにい」
「いや、それはないと思うぞ」
静かな語調で断言された。十瑪岐は彼の態度を不可解に思いながらも、話を進行させることを選ぶ。
「とにかく、あのコンビについて聞きたいんですよねえ。なんかネタねえの鈴原パイセン」
「……本人のいないところで話すのはよくない」
「だったら本人のことじゃなく、その周りのことでもいいからさあ。傍から見てれば分かることくらいならいいっしょ。なあんか教えてくんねえとお、もっとウザがらみしちゃうぞ半永久的に☆」
「クズがっ。……はぁ、そうだな。少しだけなら。
そう、
手元のノートに視線を落としてシャーペンの先をコツコツと鳴らす。
言葉の隙間を埋めるような動作に、彼の言わんとしていることが十瑪岐にも分かってしまった。
「
「
それに比べ
そうなると、行きつく当たり前の疑問が口に出る。
「じゃあなんで
「……それが一番謎なんだ、
何度目かのため息をついて
「はあい、あざっす先輩。またよろしくでえす」
ゆるく呼びかけると、
「二度と関わりたくない、君にも、彼女にも」
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