第13話 類を嗅ぎ取る先入観


 時間が限られている放課後のなか、インタビューはどんどん進む。


 次の相手は青団の二人だ。部屋を変えて迎え入れる。


 副団長はご存じ兎二得とにえ学園のリアル王子こと葛和くずわ幸滉ゆきひろだ。疲れが隠せていないのか、中性的な整った顔に憂いが浮かんでいる。それがまた悩ましい表情に見えて女子を惹きつけるようだった。


 そして幸滉の影からひょっこり出てきたのは、低身長でなんだか丸いシルエットをした一人の少年。


「幸滉君だけじゃなくて、ボクみたいな球体男を呼んでくれてありがとうね。恐れ多くも青団団長を拝命させてもらってます、のぎ犀果さいかです。今日はよろしく」


 短い足でひょこひょこ揺れるように歩いてくる様がなんだか可愛らしい。


 こう見えてのぎの家系は代々工芸で名声を得ており、犀果さいかもすでに陶芸家兼書道家として活躍している有名人だった。だが団長に選ばれるほど票を得たのは別の理由だろう。


 犀果さいかは三年生や一部の後輩たちから『もじがかける空気清浄機』『癒し系仄暗ほのぐら風味』『なごみの触れ合い体験』と呼ばれているほど一部から熱狂的な人気があるのだ。


 謙遜する犀果さいかに幸滉が苦笑する。


「団長なんですからのぎ先輩が主役ですよ。僕は貴方の添え物です」


「でも幸滉くんのが華があるよ。ボクなんか花を生ける瓶と間違えられるほうだよ」


 嫌味なくきょとんとした瞳で幸滉を見上げる。

 絵本の中のマスコットと王子様のコンビみたいな微笑ましい二人に、登坂とさかは笑いを堪えて椅子を勧めた。


「お待ちしておりました、お二方。こちらへどうぞ。すぐ準備しますから」


 団長を先に座らせて、幸滉がふと視線を止めた。


「こちらこそよろしく。あれっ、君は確か……峯湖みねこさんだっけ? 去年の学祭だったかな、君の撮った写真見たよ。構図と光の切り取りかたが世界を彩るみたいだった。夢のような景色を見せてくれてありがとう」


「こっ、こちらこそ……」


 幸滉が王子スマイルを向けると、さすがの裕子も照れたように赤くなって顔を伏せた。


 そんな王子が一向にカブリモノをした弟に気づかないままインタビューが始まる。相手の受け答えに合わせて若干の変更はあるものの、質問内容は黒団の団長副団長の時とほぼ同じだ。


 だからこそ、表情や指の動きに注視できる。


「では意気込みをどうぞ」


「意気込みはもちろん。せっかく任せてもらえたし、優勝を目指していくよ。妥協してたら満足のいく字は一生書けないからね。どんな結果だろうと目指すものは一つさ。ボクなんかにみんな付いてきてくれればだけど……」


「団長の人徳は皆さん知っての通りです。青団は一致団結して勝利を目指します。僕も精一杯団長を支えていくつもりですよ」


 ネガティブを見せる犀果さいかを幸滉がすかさずフォローする。黒団とは違う雰囲気だが、こちらも良いコンビだ。


 体育祭の団長と副団長は、アンケートで一定の得票があった生徒の中から生徒会が選抜する。組み合わせもバランスを考えてのことだ。


幸滉ゆきひろ狛左こまざちゃんと居るときみてえに、人に任せていい場面だととことんだらけるからなあ。ああいう、世話が必要な相手とのほうが実力を出す。そのうえ浮世離れしすぎてる幸滉の空気をのぎ犀果さいかの雰囲気で中和して親しみやすくなってる。さすが矢ノ根やのね会長お、人の相性まで把握してんだもんなあ)


 十瑪岐の中で生徒会長の株がうなぎ登りで大気圏突破を目指しつつある。


「他の団で気になる人はいますか?」


「ん~、黒団の団長してる祐司ゆうじ君かな。あの細身で屈強な感じ、細マッチョっていうんだっけ? ボクなんか円柱体型だから憧れちゃうなぁ」


「そういう気になるではなく体育祭のライバル的なのが聞きたいのですが……。葛和くずわさんはどうですか?」


「……黄団の佐上さがみさんかな」


「おや、佐上さがみ冥華めいかですか。団長ではなく副団長のほうを気にしていらっしゃるので?」


「え? ああ、えっと……。佐上さがみさんってたしか歴史ある和菓子店の一人娘でしょう? 僕あそこの和菓子がすごく好きでね。それに黄団の団長は佐上さがみさんの従姉妹いとこだというし、関係性も含めて注視すべきだと思うよ」


「体育祭はチームプレイですからね。確かに幼い頃から互いを知っている黄団のコンビは強敵かもしれません」


 なるほどと納得する登坂とさかインタビュアーに幸滉がにこやかに頷く。十瑪岐の目からすれば幸滉が何か誤魔化したことは明白なのだが。口を挟むのはやめた。


 他に考えねばならないことがあるからだ。


(しっかし、ここは明らかにっぽいかあ)


 そう推測を立てる。事前に幸滉から聞いてはいたが、やはり青団はテロ予告と無関係に思えた。


 というより十瑪岐とめきの知る限り、のぎ犀果さいかは極度の機械音痴と伝え聞く。一人であの予告状を作るのは無理だろう。協力者がいる可能性は排除できないが。


 思案しているうちに時間はあっという間に過ぎ去り、ついに三組目のお相手、黄団の番となった。



       ◇   ◆   ◇



 黄団の団長と副団長は異色のコンビだ。


 団長は下市しもいち火苅かがりという三年生の一般生徒。

 女子にしては背が高くスポーツに向いていそうな体型をしている。長い髪をリボンで結いあげ、いつも笑顔の印象が強い。


 一方の副団長は、二年生の佐上さがみ冥華めいかである。皇族御用達の老舗和菓子店の一人娘だ。

 ウェーブがかったショートボブの可憐な少女で、低身長で低血圧、オーバーサイズの制服に着られているように見える。それに加え机の上に突っ伏しだらける姿が散見された。


 十瑪岐は隣のクラスなので見かけることも多い。彼女は常に年上のはずの火苅かがりに世話を焼かれていた。


 二人は従姉妹いとこ関係に当たる。兄弟である父親同士は仲が良く、その子供も生まれたときからほぼ一緒にいるらしい。身内と呼んで差し障りない二人にたった数か月ぽっち多めの人生経験など壁を作るに至らないようだった。


「ではインタビューを始めますね。本日のインタビュアーを務めます、一年生の登坂とさかです。よろしくお願いします」


「ん、メイカです。どうもね」


 小柄なほうが眠たげに適当な返事をする。すると隣の少女が頬を膨らませた。


「もうっ、冥華めいかちゃんったらちゃんと挨拶しようね。私が黄団の代表してます下市しもいち火苅かがりです。冥華めいかちゃんが副団長の佐上さがみ冥華めいか。よろしくお願いしますね、登坂とさか君」


 溌溂はつらつとした笑顔で頭を下げる。注意された冥華めいかはというと隠そうともせず不貞腐れ顔だ。


 二人は見た目も正反対なら、その中身も真逆らしい。


火苅かがりさんと冥華めいかさんの二人は、コンビで名前が上がって票に繋がったようですが、どう思われますか」


「メイカは火苅かがりのおまけ。お情けって思ってるよ。メイカ一人じゃ得票なんて無理だし。とはいえ──」


「なに言ってるの冥華めいかちゃんっ。私こそ冥華めいかちゃんのおまけだよ。冥華めいかちゃんの可愛さと御威光にあやかって学年の差で団長に選ばれたんだよ!」


「……火苅かがりってこの通りの子だからリーダー役に選ばれるのはちょっと不思議だけど」


「そうだよ。私なんて冥華めいかちゃんがいないと何もできないし決められないんもん。冥華めいかちゃんの付属バーツだよ私は」


「あ、あはは……。そうですか」


 登坂とさかが反応に困っている。その後ろで裕子ゆうこが何やら後ろを向いて焦っていた。


「あれっ……」


 当惑した声に火苅かがりがさっと顔を上げる。瞳が裕子の困り顔を捉えた瞬間、すでに腰を上げて駆け寄っていた。


「どうしたの?」


「いえ、カメラの調子が……。気にせず続けてくださ──」


「貸してみて。ああこれなら。ちょっと開くね。えっと……たぶんここをこうで…………こうかな」


 腰に付けたポーチからドライバーを取り出し中を開いたと思うと、細かに弄って手早く元通りにしてしまった。


 裕子ゆうこは驚いた顔で返ってきたカメラを動かす。


「あっ、すごい。動く。ありがとうございます」


「いやいや、どういたしまして。簡単なことでよかったよ。けっこう古い型だね。また動かなくなったら専門店で見てもらったほうがいいかも」


 火苅かがりがなんでもないという態度で笑う。


 従姉妹いとこを頬杖付いて眺める冥華めいかが、登坂へぼやくように語った。


「まぁ……。あの通り器用だし基本ハイスペックだしお節介焼きで人助け好きだし、近しいとこから感謝集めてるのは理解できなくもないけどね」


「なるほど。あの自然さが人望を集める秘訣なんですね」


「そーじゃない? 知らないけど」


冥華めいかちゃんお待たせ。登坂君もごめんなさい中断させて、なんの話?」


「別に。火苅かがりはすごいねって話」


「?」


「…………」


 戻って来た火苅かがりの反応に冥華めいかはため息を吐いた。やけに冷たい声で登坂とさかを促す。


「……さっさと再開して終わらせよ。インタビュアーさん次の質問は?」


「あっ、はい。えっと……では体育祭に向けての意気込みをお願いします」


「意気込み? えっと……」


 なぜか火苅かがりの勢いが減退する。伏せ気味の視線だけが冥華めいかを窺うように動く。まるで主人のご機嫌伺いをする忠犬のようだ。


 冥華めいかはそんな火苅かがりを無視するかのように肩をすくめた。


「任せられたからには仕事はするよ。勝てるかなんて知らないけど」


「も、もうっ、冥華めいかちゃんたらまたダウナーぶって。冥華めいかちゃんはすごいので、やると言ったらすごいですよ。私もせっかく選んでもらったんです。勝ち負けはともかく、冥華めいかちゃんに恥じない頑張りをするつもりです!」


 胸の前で両拳を握って気合を入れて見せる。

 その後は滞りなくインタビューは進み、順番は最後の赤団へと回っていった。



       ◇   ◆   ◇



「つーわけで第一容疑者は黄団のコンビなあ」


「どーいうわけでです!?」


 突然出された結論につぼみは思わず足を止めた。


「まだ赤団のインタビューの話を聞いてないんですけど」


「別に面白みなかったぜえ。熱血と冷血を混ぜたらぬるま湯になってた」


「それはそれで気になりますが」


 校門へ続く並木道の途中、すでに太陽は沈みオレンジの残光だけが西の空を照らしている。他に誰もいないから莟は遠慮することなく、歩き続ける十瑪岐とめきを問い詰めた。


「赤団は置いておいて、なんで犯人の目星ついてるんですか。聞いてて全然分からなかったんですけど」


「あいつらが仲間ハズレだったからだあ。『勝つ』と言わなかったのは黄団だけだった。体育祭での勝利は学外での名声にすら直結する。それでなくても戦力せいとは均等になるよう割り振られてんだ。最初から勝利を投げんのは不自然すぎる。それにいくらやる気がなかろうがあ、生徒を鼓舞するために建前だけでも優勝を目指すだろお。あいつらはそれを宣言すらしてねえ。あとはまあ……」


「他にも理由があるんですね」


「…………いや、直感。なあんかあの副団長ってば同じ匂いがすんだよなあ」


「はいぃ?」


「まあ任せえとけえ。今週中に容疑を固めてやるからよお」



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