第10話 嘘は多重防壁
細いフォークを手に取って、
そんな感想をできるだけ顔に出さないようにという試みは成功しているようで、
「十瑪岐君はどうやら……賭けトランプにイカサマして先輩たちから何かを巻き上げたらしいんよ。先輩方が逃げ帰ったあと……イカサマの協力者らしき女の子が出てきてな。口論になっとった。その子は十瑪岐君が勝ち取ったモノを……手に入れたいみたいやった」
「それって……?」
「詳細は分からんな。でもまぁ、話聞いとったら……察しは付くわな。その子は逃げた先輩方に弱み握られて脅迫で金やら
「とめき先輩は渡したんですか」
「いや。それが
『話が違うっ! 助けてくれるって──』
『助けたじゃないっすかあ。アイツらの手からこれを取り返した。二度とあんたが奴らに脅される心配はねえ』
少しくぐもった声が流れ出した。母音の掠れたような聞き覚えのある声は十瑪岐だろう。もう片方は知らない女性のものだ。
『それはそうだけど。私が求めたのはそういうことじゃ──っ。まさか、最初からそのつもりで……?』
『っは、ここまで舞台を整えるのにどんだけ苦労したと思ってんすかあ? ただの善意で協力したとでも? 脳に血管じゃなくてお花の根っこ張り巡らせてんじゃねえの。そんなんだからあんな低能共に弱み握られて付け込まれるんだよ』
『────っ。今まで散々我慢してきたんだ。やり返さないと気が済まないんだよ! さっさとそれを渡せ!!』
『
『……アイツらから奪い取った物はお前にも還元する。それでいいだろ。それを渡してくれ』
『だあかぁらあ、分かんねえかなあ。オレは
『ふざけるな!! これじゃ、相手があいつらからお前になっただけじゃないかっ!』
悲痛な叫びに、喉の奥で笑う音がする。
『十分っしょ? オレはアイツらほど無体を
『キサマっ──』
激昂の叫びの途中で
「うん、気持ちの良い……クズっぷりやね。これは惚れるわ」
「惚れたんですか!? だいぶアレでしたけど?! いいんですかこれ!」
「まぁ初恋いうのは嘘やけどね」
「嘘なんですかっ?!」
「あ……信じたんや。
まあ自分の愚痴は置いといて……莟ちゃんに聞きたいのは、このあとなんよ」
視線を莟へ集中させる。優雅に足を組んで紅茶を含んだ。
「この時に手に入れた弱味な……十瑪岐君いまだに使うてないみたいなんよ。それだけやのうて、あれだけいろいろ人を脅しよるけど……それも使うてない。自分も取引持ち掛けられたんやけどね」
「えっ、あの人、
「ちゃうよ~。対等な取引やから安心しい。
自分の祖父は業界じゃ名の知れた……大物でな。引退した今でも結構な影響力があるんよ。だから世論を捏造するんも、逆に事実を握りつぶすも……思いのままや。十瑪岐君は一度だけその影響力を借りたい言うて。代わりに自分の願いを叶えてくれるらしいねん」
「
この先輩なら大抵の願望は自分で叶えられそうに思えて、好奇心から訊いてみる。すると
「それは乙女の秘密や。ついでに、十瑪岐君が何にその力を使うかも知らんで。自分はずっと……彼が言うように
「それは……」
それはおそらく、自分の出生の秘密が露見した時にもみ消すためではないだろうか。
死人に口なし。弁明も説明も死者には不可能だ。だからこそできる想像の余地を、世間は面白おかしく騒ぎ立てる。
きっと十瑪岐は、それを止めようとしているのだ。
のべつ幕なしにコネを作りまくっているのも、情報がどこから漏れるか分からないからではないのか。
(
考えてみれば単純だった。十瑪岐を疑心暗鬼に見つめる生徒たちと、友人として親しくしている自分。両者の間にある差は、十瑪岐自身について知っているか否か。
莟は他人よりも十瑪岐についてちょっとだけ多く、深く知っている。理解できている。
(それはなんか……)
自分でも理由は分からないが、少し嬉しい。
「なんや……知ってるみたいやね」
囁くような声が
「あっ、ごめんなさい。ええっと」
「ええよ、言えへんのやろ? しっかり理由がある……無計画やないと分かれば十分や。面白いことが起きそうでなにより。おかげさまで……聞きたいこと聞けたわ。引き止めてごめんやで」
「いえいえ、こっちこそご馳走になっちゃって、相談にまで乗っていただいて。頂きすぎたくらいです。とめき先輩は脇が弱いとか追加で教えましょうか」
「流れるように友達売るんやな。君らが仲良い理由……分かった気するわ。けどほんま、口うるさくしてまうのは……自分の癖なんや。堪忍な」
「今日はありがとうございました。
「はいは~い。またね」
退出する莟へにこやかに手を振って、
「そ、初恋なんかや……あらへんで。
喉の奥で言って、白い指がひっそりとレコーダーを撫でた。
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