第7話 気づいたからには義務が生じる


 つぼみが仕事に励む一方、十瑪岐とめき幸滉ゆきひろを探して校舎を歩き回っていた。ラインを入れても既読がつかない。


 それならと椎衣しいに連絡を入れるが、こちらは既読無視された。幸滉の目撃証言を探して女生徒たちのインスタアカウントを回るが、そちらも空振りだ。そうなると幸滉は人目のつかない場所に籠っていると考えていい。青団の副団長としてどこかの教室で会議でもしているのかもしれなかった。


 学園には、予約を取ると貸し切りで使用できる勉強部屋や会議室がいくつかある。その中のどれかだとは思うのだが。


「ありゃあ、挙動不審な奴がいる……」


 校舎の影へ人目を忍ぶように進んでいく生徒を見つけ、つい他人の弱みを探すクセが出て足がそっちに向く。十瑪岐は窓越しに様子を覗いた。


 艶の消えた長い黒髪の後ろ姿がまず目に入る。女生徒は誰かと話をしているようだが、角度が悪くて相手を確認できない。視界に入らないギリギリまで移動すると、黒髪少女の横顔が見えた。


「こおんなところで密会してる怪しい奴は……げえっ、芹尾せりおパイセン」


 相も変わらずおどろおどろしい空気を放っているのは、新聞部部長の芹尾せりおれいだった。顔は綺麗系なのにどうして眉を剃り落としているのかは、誰も理由を知らない。ある意味でミステリアスな少女だ。


 ゴシップ記事を好み学園一の情報通としても知られている。他人を食い物にするという点で十瑪岐とれいは同類だったが、十瑪岐は幽鬼のような雰囲気の彼女がどうにも苦手だった。


「……と、あれは狛左こまざちゃんだなあ」


 怜が立ち位置を変えてようやく対話の相手が見えた。赤毛はもとより、あの可愛らしい顔立ちをいっきに人相悪くする鋭い視線は間違いなく椎衣しいだ。幸滉にくっつかず単独行動をしているのは珍しい。


 いや、彼女が幸滉から離れる理由など知れている。それは、幸滉のために行動するときだ。


 十瑪岐は二人が話し終わったらしきタイミングを見計らって窓を開けた。


「よおっす狛左こまざちゃあん。新聞部の部長なんか捕まえてえ、今日もせっせと幸滉ゆきひろのために情報収取かあ?」


 そう軽く手を挙げると、椎衣しいの表情が途端に険しいものになった。


「…………ちっ、十瑪岐か。視界に入るな喋りかけるな」


「うっはあ、あからさまに嫌そうにしてえ。可愛いお顔が台無しだぜえ? 酷いと思いません芹尾せりお先輩せんぱあい


「あやぁ……十瑪岐君。これは……奇遇やね。会えて嬉しいわ。相変わらず仲が……ええんやね二人は」


「それほどでもお」


「良くありません。険悪です。認識を改めていただきたい」


「はは、怖」


 椎衣しいが鬼の形相でれいに詰め寄る。

 不機嫌な椎衣に、十瑪岐は質問を投げかけた。


「ねえ狛左こまざちゃん、幸滉どこいるか知らね?」


「何の用か知らないが、キサマに教えると思うかゴミめ。お会いしたくばせいぜい自分の足を棒にして探し回るのだな」


 心底苛立たしげな声で吐き捨て、椎衣しいは怜にだけ頭を下げて去って行ってしまった。

 十瑪岐は取り残されたれいへニヤニヤ顔を向ける。


「すげねえですよねえ。にしても狛左こまざちゃんの情報源の一つって芹尾せりお先輩だったんすねえ」


「まあ……ご贔屓ひいきにしてもろてますわ」


「だったらあの情報の速さも納得だあ。つぼみの情報の出所も先輩ですかあ?」


「それは……知らんな。あの子に蕗谷ふきのやつぼみの情報売った記憶は……ないで」


「…………あ?」


 思い返せば、椎衣しいが作った資料には莟が中学生の一時期荒れていたことが載っていなかった。十瑪岐がそのことを知ったのはれいから聞いたからだ。れいから情報を仕入れたのなら、その件が資料に載っていなかったのはおかしい。


 では、あの資料の情報の出所はどこだ?


「まさか芹尾せりお先輩が情報出し惜しみするわけないですよねえ」


「そやね。自分はそんな吝嗇りんしょくじゃ……あらへんよ?」


「学園内に居て、芹尾先輩頼らずにあんだけの速さで資料が作れるってどういうことだあ?」


 少なくとも一人では不可能だろう。あの日の椎衣しいは授業も受けていた。入手した情報を資料にまとめるだけならともかく、調査を行う時間はなかったはずだ。であれば別に優秀な情報源があるということだが。


「なんや評価されとるのは……嬉しいことやね。十瑪岐君から褒められるのは十倍嬉しいわ」


「芹尾先輩も考えてくださいよお。先輩以上の情報源って学内にいますう?」


「そら……自慢じゃないけど、らんやろな。よう事情は分からんけど……だったら最初から……調べてあったんと……違うん?」


「確かに、それなら筋が通るが」


 よく考えればおかしいことはずっと目の前にあった。ストーカーから取り返した莟の私物を、椎衣しい経由で返却したときのことを思い出す。


 他人の顔をあまり覚えない莟が、初めから椎衣しいを識別できていた。莟は他人を雰囲気や体型、髪型などで区別しているらしい。椎衣はそれほど特異な容姿をしているわけではない。あの赤毛だって探せば学内に何人も見つかるだろう。


 十瑪岐ですら何度か気づかれずに目の前を素通りされかけたというのに。


 十瑪岐よりも接触が少ないはずの椎衣をしっかり認識していたということは、二人は元から交友関係があったのではないか。


 だが椎衣は、幸滉に調査を依頼されて初めて莟を認識したかのような態度をとっていた。もし莟を知っているのに知らないふりをしたとすれば、虚偽を働くのはどういうわけか。


 それに知人というだけであれほど他人の事情を根掘り葉掘り調べるものだろうか。十瑪岐の見立てが正しければ、椎衣しいはそこまで神経質な人間ではない。


 だとすれば誰かに指示されて行った調査だと考えねばおかしい。椎衣しいがそれほど面倒な案件を聞き届けるのは、葛和の人間相手だけだ。十瑪岐ですら条件付きでしか話を聞いてもらえないのだから。


(なあんか引っかかるなあ。幸滉に訊いてみっか……)


 彼の指示だったなら何も問題はない。十瑪岐の違和感も丸く収まる。

 だがもし違ったなら、そのときは──。


 蕗谷ふきのやつぼみは十瑪岐の敵かもしれない。


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