第31話 張り巡らせねば罠たりえず
スマホに届いた連絡を見て、
「ゆさぶりは失敗か。おれと同じ目に合わせてやりたかったんだがな。
本来なら、
「予想以上に友達少なくて壊すも何もなかった。元から持たない人間はこれだから卑怯だな。まあ、おれが出張れない以上、
呟きながら洗面台へ向かう。鏡台に映ったのは、二十代後半の若々しい美男子だった。目元のしわが優しい相貌にかすかな陰を落とし、それがまた男の秀麗さを際立てている。
どこからどう見ても国宝にすべき二枚目だ、と自負しながら
「やっぱ役に立たないなあいつ」
交流のあった女生徒は生徒会によって厳重に見張られてる。飯開に接触可能な連絡先が分かる学園関係者は、男子生徒の彼だけだった。
「
丁寧に
「いまさら悪評を流されたくらいじゃ
伏せていた写真立てに触れる。指に掬い上げられた
男はふと引っ越し時のまま積み上がった段ボールを見渡して、写真立てをまた伏せた。
「おれから奪った分、同じところまで落ちてこい、
思案しつつ隣のヘアワックスに手を伸ばす。
前髪を掻き上げ自信に満ちた笑みで空を睨みつけた。
「もうそろそろおれの動きに気づいた頃合いか? いいぞ、来るといい。お前を破滅させる一手はすでに掴んでいる。好いた奴らの前で貴様の面の皮をズタズタに壊してみっともない素顔を晒してやろう」
◇ ◆ ◇
「待ってるばかりは性に合わねえ。こっちから探す」
いつの間にか恒例になりつつある昼食タイムで、
溶け残ったプロテインをシェイクする
「探すって、どうやって? 先生の現住所すら分かってないのよ? 生徒会長を頼るのかしら」
「いいや、会長は生徒会として力を貸してくれるとは言ったがあ、自身が協力するとは言ってねえ。つまりは生徒会長として、効力は学内だけだ。
肩をすくめて眼差しを真剣なものに改めた。
「考えがある。まずは目が必要だあ。
「目、ね……。それはクメセキュリティの信用に関わることよ。うちの仕事は信頼と信用を失ったら立っていられない。けど、そうね。私にできる範囲で貴方に尽くすと言っちゃったものね。責任者と交渉してみるよ」
「んじゃあ」
「期待はしないで。できるだけ多く目をもぎ取ってくるけれど、たいした数にはならないと思う」
「おう十分だ。頼んだ。んで次は実働、足。
「はい、予選が近いけど、一日くらいなら平気だと思います」
「うっし予約な。あとは嗅覚。いつもなら
「あいつ?」
シェイクの手を止め首を傾げる
「つうわけで
「誰ですかそれ」
「すぐ分かるぜえ。オレは他に用事あっからお願いねえ」
◇ ◆ ◇
そもそもスマホで連絡すればいいのになぜ資料を手渡しにする必要があるのか。時代に逆行している気がしてならない。いったい自分は何の配達をさせられているのかとクリアファイルに入れられた紙束をめくる。
「うわっ、汚い字」
そこにはよほど急いで書いたであろう、走り書きの崩し字が用紙一面にびっしり書き込まれていた。しかも字が
アナログな運搬方法にも納得である。というか、これは他人に解読可能なのだろうか。
などと思案していると、後ろから声をかけられた。
「あれっ君たしか
「あっあなたは!」
振り返って、思わずのけぞる。
現れたのは均整のとれた長身に、柔らかな金髪をした少年だった。圧倒的な顔面偏差値の中性的なご尊顔は間違いない。
「あなたは納豆嫌いで大型犬が怖くて可愛いもの好きで中二の頃にポエム作りにはまってて前髪が目にかかるのを神経質なくらい嫌う巨乳好きの
「ちょ……っと待って。それどこ情報なの」
「
「だろうねっ。あいつ……なにを言いふらして」
「ちっ、違うんです。
「そう必死に言われるとちょっと責めづらいような……。あと僕は別に巨に──大きい胸が好きってわけじゃないからねっ」
真顔に近い笑みでそう念押しされた。少年の泰然とした雰囲気に、
「あの、
「たぶんそうだと思うよ。僕も一人で来いって急に呼び出されたんだ。ごめんね、こんな面倒な役回りさせてしまって」
「いえ、これくらい。
預かっていた資料を渡す。
「それで、今回はいったい何を。ああ……なるほど。また僕に働けっていうのか
「読めるんですか、その汚い字」
「まあ、長い付き合いだからね。走り書きのクセさえ掴めば意外と読めるものだよ。あとは慣れかな」
「へえ……」
流そうとして、
──もう少し気にしたほうがいいんじゃないかしら
もっと相手のことを知ろうとするべきだと
「お二人って、そんなに長い付き合いなんですか?
一年生の時のことと言っていたから、まだ最長でも四年ほどしか経っていないはずだ。その程度の年月であの走り書きが読めるようになるとは思えない。毎年
問いを投げられた
「まあ、
「へえ。
「
学園の王子様は、呆れたように苦笑した。
◇ ◆ ◇
放課後である。
「そこの君たち、ちょっといいかな」
「ひゃっ、ゆっ、
「王子!? どどどどど、どうしたんです?」
「そんなに緊張しないで。訊きたいことがあるだけなんだ」
「「なんでも訊いてください!」」
「ありがとう。君たちは優しいね」
「「はうっ」」
嬉しそうに微笑んで見せると、二人が同時に胸を抑えて震えだす。こういった反応に慣れている
「去年退職なさった
「や、知りませんけど」
「どうして先生を?」
予想通りの反応が返ってくる。
「最近、町で見かけたと噂を聞いてね。ほら、飯開先生は
「あれは
「うん、だって先生なにも悪くないし」
二人が言いづらそうに呟く。
「でもやっぱり信じたい。先生の口から直接真実を聴きたいんだ。
「おっ、お優しいっ!」
「私、協力します!」
「ごめんね。頼りにしても……いいかな?」
「「もちろんです!!」」
儚い表情で一歩歩み寄ると、女生徒たちは赤く染めた頬に喜色を浮かべて昇天しかけてしまう。連絡先を交換すると、耐えられないというように走り去っていった。
その背を見えなくなるまで見送って、少年は薄くため息をつく。
「大事な家族、ね。はぁ、我ながら寒い台詞だ。今回は後始末が大変そうだな。さて、次は……」
「あちらにちょうど御しやすいグループが」
いつの間にか背後に
「ありがとう
「はい、
微かに低い問いかけに視線だけを返し、また息をつく。
「本当、毎回僕を巻き込むのやめて欲しいんだけどな」
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