第30話 人は己の力によって羽化する
罠を巡らせるならば神経質なまでに丁寧に、決して正体を掴まれてはならない。でなければ、手痛い反撃を喰らうこととなる。そのことを
◆ ◇ ◆
己が利己心の塊であるがゆえに、他人の悪意を推察し障害を予感できるのだ。
そんな
崩すなら、外側からだ。
コミュニティの崩壊は大抵内側からだ。彼女たちの不信感を誘発すべく、手始めに囁きかけた。
被害者の女生徒たちへ、
情報を小出しにし、直接的衝突は避けつつ彼女たちの中に不信感の芽を植え付けた。時に作為的に揺さぶりをかけ、彼女たちが自ら自分の記憶や認識を疑うように仕向けた。
当時の
だから外野から見れば
こうなってしまえば、あとは決め手を放るだけだ。
だがその決定的な崩壊の一手を決める前に気づかれた。
◆ ◇ ◆
授業の終わりごろにそれは起こった。プリントを回収した飯開が目の前でふらついたのだ。自分の机に手をついた男へ、意表を突かれた
それが罠だった。
飯開はキッと
放課後にはもう、『一年生の
こうして少年は簡単に追い詰められ、計画変更を余儀なくされた。
とはいえ、一度植え付けた不信の芽は根を這って安易には抜け落ちない。まだ逆転の一打はこちらにある。
そう一度は静観に努めようかと思っていたが、十瑪岐は予期せぬ招集を受けた。
当時、生徒会副会長をしていた
生徒会棟を訪れた
「やあ、よく来てくれたのだよ
部屋に入ると、小学生のような少女が机でチョコレートをつまんでいた。箱にはウイスキーボンボンと書いてある。表示されているアルコール度数がえげつない。だが幼女から酔っている気配はまったくしなかった。
「なんで生徒会長の椅子に副会長が?」
挨拶の前に思わずそう言ってしまった。すると見た目幼女の先輩は大人びた表情で自慢げに笑う。
「
「わあ! それはおめでとうございますう!」
「まあ、今日はたまたま生徒会長が休みというだけだけれどね」
「そんな偉大な方のお目にかかれるなんて光栄ですう。オレは
「媚びるのが早いのだね。やはり思った通りの人物のようなのな。君は今日、どうして呼び出されたのか分かるかな」
「
「待つのだよ」
余計な悪印象を残す前に逃げようとして、引き止められてしまった。観念して振り返ると、人が変わったように真剣な表情をした
「あたしはこんな
「へえ。オレを信用できるんすかあ?」
「いいや。だが、君は次期生徒会長のあたしに恩を売りたくてたまらないはずだ。あたしに対してつまらない虚言は吐くまい? 君みたいな人間は、どうすれば自分にとって一番有益になるか理解できるはずなのだよ」
「あんたには嘘を吐かないほうがオレの利益になるって確信してるとお?」
面白がってニヤける
あの瞳にはすべてを見透かされている気がしてならない。根拠もないのにそんな思いが先に立つ。少なくとも彼女が見た目通りの人物でないことは確かだろう。
「さあ、君の持つ
◇ ◆ ◇
「んでなんやかんやあって会長の協力の下、
あらかた話し終わると、弁当を片付けた
「はい先輩、質問です。その事情を学園の生徒どころか被害者の人たちまで知らないのはどういうことです?」
「はい
思い出し
「でも内緒にしてたら先生の被害を訴えたりできないんじゃ」
「お金と権力がある人間は体面を気にするものなの。卑劣な教師に騙された女、なんて評判が出回るのは避けたいのよ。傷物の価値は下がるものだから。その事実を
「元からないもん売っ
「貴方が幸福そうでなによりよ
微笑ましげに笑って箸を置く。ずっと喋っていた
一息ついたところで、またしても
「一つ分からないんですけど、
「危害とか人聞き悪いなあ。あのなあ? オレは飯開みてえなクソ男に騙されてる善良な奥さんとお子さんを諸悪の根源から引きはがしただけだぜえ?」
お
(こいつ、さては自分が納得しないと先に進めないタイプだなあ?)
薄々気づいていたが面倒くさい後輩である。
「これは友達の話だがなあ?」
「先輩、友達ほとんどいないのに?」
「…………これはオレの話なんだがなあ?」
「言い直すのね」
女子二人の相槌に出鼻を
「子供のころによお、なん両親がぎくしゃくしてると子どもは気を遣うだろお? しかもその理由が分かんねえもんだから解決のしようもねえ。原因知らねえからどのワードが地雷かも分からねえ。ヘタに内緒にされようものなら親に話を聞くのも
「自分のせいにしちゃう気持ちは分かりますけど……。だからって」
「
注釈を入れて、
「それにしてもやりすぎ、という点については
「なあんでオレがそいつらの未来まで考えなくちゃいけねえんだよ」
「今回みたいに貴方へ
教え諭すような語調で
「オレは手段を選ばねえ。つうか、恨まれる以外の方法を知らない。……どうにかしたいならお前が
「赤の他人のためになんて吐き気がするが、
◇ ◆ ◇
部屋のカギを所定の場所に返して
頭の形に切り揃えた髪に、怯えの浮かぶ目元。小さな背丈は
「あ、あの二人なか、仲直りしたんだね。よかった」
見ていたように
「ええ。そうね」
「でも、よ、よかったの?」
「どういう意味?」
胸の内にかすかな騒めきを感じて聞き返す。
心配を顔一面に貼り付けて少年は言った。
「だってく、
シャツの裾を指で擦って
「私は彼の友人だもの。彼が楽しそうなら、私はそれでいいのよ」
「そ、そっか。うん、そう、そうだね」
慌てたように肯定する
「新聞部の活動は大変そうね。でも、私が生徒会役員であることはちゃんと意識していて、
そのまま足を止めることなく去っていった。
「やっ、やっぱり、生徒会こ、怖い……。うう」
遅れて身震いする。どんなに鈍感でも今のは分かる。ちょっかい出して来るなと遠まわしに釘を刺されたのだ。
少年はスマホを取り出して、画面を操作した。そして画面の向こうにこぼすように呟く。
「ゆさ、ゆさぶり、二人ともき、効かなかった、よ、先生。次は、ど、どうしよう、か」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます