第29話 金がないなら調達
喧嘩した覚えもないが、とりあえず仲直りということで
廊下の途中で円陣を組むみたいに相談していると、珍しく自ら声をかけてくる知らない声があった。
「あのっ。
駆け寄ってきたのは、中肉中背の男子生徒だった。
「オレかあ? どしたよ坊主」
「あっ、あの。あなたが、お金を無利子ですぐに貸してくれるって訊いて」
しどろもどろの問いに、後ろで
「へえ、一年にも話回る程度にはオレも有名になったかあ。そりゃあいい。いくら必要なんだあ?」
「えっと、一万三千円です」
「微妙な数字……検定でも受けんのかあ? 申し込み締め切りギリのがいくつかあったなそういや。貸してもいいが、返すあてはあるんだろうなあ? 返済目途が立ってねえと貸せねえぞ」
「えっと、明後日からバイト始めるので、来月末にはお返しできます」
「へえなに初アルバイト? そりゃあおめでとう。しかし初給料を巻き上げるのもなあ。ようし、返済期限は再来月末にしとこうかあ」
「! いいんですか?」
「ちゃあんと返してくれるならオレは大歓迎だ。た・だ・し、期限を一日でも過ぎればあ……分かってるよなあ?」
凄惨に口角を上げる。怒鳴るのではなく静かな口調で脅しかけると、少年は縮み上がって何度も頭を下げた。
「ひっ! 分かってます肝に銘じますごめんなさい!」
「よしよし、はあい借用書。注意事項には目を通してくれよお? 名前と住所、連絡先諸々を太枠内はぜんぶ記入、印鑑は省略なあ。お利口、はあいお金。検定とバイト頑張ってねえ」
手持ちの茶封筒に現金を入れて手渡す。逃げるように駆けていく背に手を振ると、一連のやりとりを見ていた
「もしかして、みんなにお金貸してるんですか」
「ああ、さっきみたいに即金が必要なやつにちょうっとなあ」
「ほんとに無利子で?」
「無利子で」
「稼ぎにならないじゃないですか!」
血迷ったかと言わんばかりに疑惑の視線で
「どうしたんです得にならないことするなんて、とめき先輩らしくないですよ!? やるならトイチの高利貸しで蛇の皮までしゃぶり尽くすのが先輩のキャラでしょう。あんな善行するなんてトチ狂いましたか!?」
それほど今の行動が
「
「『情けは人のためならず』でしょう?」
「そゆことお。ってお前どこ行ってた?」
「私いちおう生徒会役員だから。ああいう場面に立ち会うのは障りがあるのよ」
会長の豪胆さから一見自由そうな組織に見えるが、役員には役員なりの制約があるらしい。
「んん~っと? 情けをかけることは相手のためになりませんよってことですか? つまり手の込んだ嫌がらせ」
「誤用を覚えてんじゃねえよ。正しくは、他人にかけた情けは回りまわって自分に返ってくるって意味ねえ。つまりい、他人に優しくするのは自分のために決まってんだろおってこと」
「それもある意味誤用では。お金を貸して同額が返ってくるところのどこが利益なんですか?」
心底分からないという顔で
「人心を分かってねえなあ
喉の奥でぐへっと変な笑いがもれた。
「オレが決まりを守るからこそ、返済期限を過ぎた奴へどれだけ無体な取り立てをしても客は減らない。期限さえ守ればリスクはゼロなんだからなあ」
「先輩、絶対えげつない取り立てしてますよね」
「…………方法聞きたあい?」
「やめときます。精神衛生大事」
「んなやべえことねえよお。ちょおっと公の場で言えないってだけ。だって相手が悪いんだもおん。借りたものは返さなきゃあ」
「利己心と悪意でしか正論を模倣できない呪いにでもかかってるんですか」
「実際に助かってる奴らはいるんだぜえ? 検定受験なら学園の補助も出るが今回みてえに申請忘れてると弾かれる。それに比べオレはさっきみてえな少額からも受け付けてるし返済期限はゆるゆる。下手な金貸し頼るよりかは良心的だってなあ。そうやって口コミが広まって客が増えればオレの思うつぼなのさあ。名前が売れて顔も広くなって、借用書から個人情報も手に入るしい? この学園に入ってくる一般生徒は頭がいいか一芸に秀でてるかだからなあ。多少踏み倒されても、やつらの将来性を考えれば十分なリターンが出る」
今にも腹を抱えて笑い出しそうなほどに目元を歪ませ手をワキワキと動かす。
「生徒会的にこの悪徳業者はどうなんですか」
決定的な悪事を働く前に檻へ放り込むべきでは? と思っての質問だったが、
「金銭的な利益が出てない以上は商売というわけでもないし、被害届も受理してない。ただの善意ですと言われたらそこまで。正直に言って黙認するしかないラインよ。こういう学校だし金銭の授受は違法でない限り黙認状態だしね。相手が教師なら即アウトだけれど」
「さすがとめき先輩。足がつかない卑劣さです!」
「よせやい。褒めてもなんも出ねえっての。はあい飴ちゃんあげる」
「出てるよ出てるポロポロ出てる」
ポケットから取り出した大量の飴を小さな手に降らせ、
「まあしばらくやってなかったんだがなあ。あの一年はどこから話を聞いたのか」
「休業中だったんですか?」
こぼした飴の小袋を拾う
「これやってたから
◇ ◆ ◇
七万八千円。
それが男の最初の
「ん……?」
今から約九か月前のことだった。
円滑なコネ作りのため、
「なあ、この金何に使うんだあ?」
訊かれた女生徒は顔を赤らめ金を胸元で握る。
「な、なんでもないの」
「その反応は何かあるだろお。自分へのご褒美でも買うのかなあ?」
「ほんと、そういうのじゃないから。もっと大事なことなの」
「…………?」
それ以上は聞き出せなかった。無理に追及するほど興味もなかったから、
だがさらに二回三回と続くといよいよ違和感は胸騒ぎへと至る。七人目でようやく聞き出した。
「先生へのプレゼントを買うの。誰にも言わないでね?」
幸福そうに言う顔が、いかにも騙されている女という感じがして気色悪かったのを覚えている。
そこから個人的な調査が始まった。
いくつも同じ品を手に入れてどうするかなどお察しだ。まさか同じ種類の財布をいくつも持って、日替わりで使っているなどということはあるまい。ネット検索ではヒットしなかったので確認には足を使うはめになった。案の定、隣町の質屋や中古ショップで未使用の財布が売られているのを発見した。店員に売りに来た人物の特徴を訊くと同じ答えが返ってくる。
全員に全く同じものを頼んでおけば、一つ残してあとは売って換金してしまえる。その残した一つさえ使っていれば、女生徒はみな、自分があげたプレゼントを
そして金を借りた女生徒のほとんどが返済期限日に泣きついてきたことで、確信はさらに
飯開は女生徒に金や物を貢がせている。それも、少なくとも十人以上の生徒に。
金を借りた客の中には裕福な家の生徒もいた。十分な小遣いを与えられているはずの生徒が、返す金がないからもう少し待ってくれと申し出て来る。それはこの学園では異常なことだった。
それからの
本来なら被害の糸口すら掴めないほど男のやり方は巧妙だったが、最初から被害女生徒を把握できた
そしてその人間がまさか、自分と同類のクズで、自分の弱みを握ろうと喜び勇んで動き出すなんて。
「おれは妻を愛している。娘のこともだ。けれど、おれは君のこともどうしようもないほど愛してしまった。おれは、どうすればいいのかな……」
妻子がいるにも
むろん、すべて
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