第19話 他人の傷口は宝石箱


 広さはあるはずなのに刷ったばかりの紙の匂いが終始漂っているような部屋だった。

 机の上には数台のパソコンと印刷機。ホワイトボードには隠し撮りらしき人物写真たちが複雑な関係図を描いていた。わら半紙の箱が足元の隙間を縫うように積み上げられている。


 放課後になったばかりの、新聞部の部室だった。


 机を挟まず対面に置かれたパイプ椅子には、今日の主役がふんぞり返っている。


「さあ、どんな質問でも来やがれ!」


「両手に用心棒付けとらんかったら……格好いいセリフやね」


 偉そうに笑う十瑪岐とめきに部長のれいが苦笑する。その視線の先には、十瑪岐とめきの両隣りに控えた少女たちが。もちろん蕗谷ふきのやつぼみ久米くめ鳴乍なりさである。


「まさか学園の規律……生徒会役員と……学園一の暴力装置を連れて来るとは……思わんかったわ」


「ちょっ、みんなしてわたしの認識なんなんですか!?」


 予想外の扱いにつぼみが思わず口をはさむ。それにれいはきょとん顔で答えた。


「やって君、中学時代に近所の高校生ヤンキー全員ボコって舎弟しゃていにした挙句あげくすぐ足を洗ったいう伝説が──」


「ななななんっ、なんであの二週間の黒歴史を知ってるんですか!? 当時を知ってる連中には全員口止めしてるはずなのにっ」


「ゴシップ系記者の取材力なめたらあかんよ~?」


 詰め寄るつぼみに底知れない陰険な瞳で返す。すげなくあしらわれたつぼみ十瑪岐とめきは隣に引き戻した。


つぼみお前、やけに喧嘩慣れしてると思ったら──!」


「人の弱みを見つけたからってそんな輝かしい目をしないでください。いつもの濁った汚い瞳に戻って!」


「ところで、当時の物的証拠は残してねえだろうなあ?」


「当たり前です。その他映像、音声、写真含め、個人の証言以外の言い逃れができない証拠は残らず消してます。残ってたらこんな良い学園入れてません」


「かわいい顔して実はオレの同類だなお前。良い手際だあ。よし!」


「よしじゃないからね十瑪岐とめきくん」


 賞賛する十瑪岐とめき鳴乍なりさが待ったをかける。

 それにつぼみの肩が大きく揺れた。


「あうっ、生徒会役員……」


「安心して莟ちゃん。告げ口したりしないから。それに生徒会は生徒の味方よ」


「なっ、鳴乍なりさせんぱ~い」


 絶望顔が安堵の涙へ変わったところで、れいが長髪を結い始めた。


「ほんなら改めまして取材始めよか。インタビュアーは自分……芹尾せりおれいが務めます。こっちが写真部の峯湖みねこちゃん。記事の写真撮影とか……お願いしとる」


 紹介され、おさげの少女が軽く頭を下げる。


「ども」


「んで……後ろでそわそわしとるボーイ含め……残りは新聞部員な。全員口硬いさかい、安心しい」


「はっ。口の堅さなんかどうでもいいぜえ。驚くようなネタがあるわけねえしなあ」


「おっ……言うたな。もしヤバいネタ出たら『十瑪岐とめきときめきドッキドキ☆』言うてな。インタビュー止めたる。録画して……日本伝統文化研究部主催の……『年末 笑ってはいけない日伝部24時 〜学内オールスターズ〜』に……資料提供するわ」


「相変わらず人をはずかしめることに関しては天才的だなあ芹尾せりお先輩。オレら兄弟は去年出演済だぜチクショウ」


「円盤買うたから知っとるわ。まあ……これが君の知りたいこととの交換条件ってとこは……覚えておいて欲しいわ」


 ふぅと息を吐き、束ねたポニテを指ではじく。メガネの奥の瞳が真剣なものに変貌する。それだけで雰囲気が変わった。幽鬼じみた悪寒から底知れぬ薄暗き怜悧れいりさへ。


「んじゃ最初はジャブ……事実確認から行こか。

 葛和くずわ十瑪岐とめき十六歳。十三歳までは榎本えのもと十瑪岐とめき。中学一年のとき母親が父親と共に不慮の事故に遭い天涯孤独の身となる。間違いは?」


 世間話みたいな口調で浴びせられた重たい話題に後ろでつぼみがぎょっと目を丸くする。対照的に十瑪岐とめきの顔色は普段と変わらない。


「ねえなあ。その事故が無理心中じゃねえかとか訊かねえのお先輩?」


「ふん、散々うわさのネタになって擦り切れた話なんてわざわざ聞かんわ。んで君は母親の兄……伯父おじに引き取られ葛和の養子に。最初の質問はここや」


 ボールペンの頭で十瑪岐とめきを指し、


「父親の親類から身元引受人の話はぎょうさん出とった。なのに、名乗り上げもせんかった伯父おじの会社にわざわざ直談判にまで行って、葛和になることを願った。どうしてや?」


「そりゃ、裕福なほうが人生楽になるからなあ。葛和くずわとは幼いころから交流もあって、幸滉ゆきひろとも元から兄弟みたいに扱われてた」


 当たり前のように答える十瑪岐とめきれいは眉をルの字に歪めて疑惑の視線を投げかける。


「本当かいな。葛和宅の元使用人が言うには、君の母親が訪ねてきたときは必ず人払いされてたそうやないの。たまたま部屋の前を通りかかったときには、口論と怒鳴り声が聞こえたとか。君のお母さんと、幸滉ゆきひろ君のお父さん、不仲やったんやない? 今も君だけ、敷地内のいこい別邸で暮らしとるらしいやないの」


「おかげで寝起きに幸滉ゆきひろの無駄に眩しいあの顔見ずに済んでまあす」


「余裕やなあ君。あーもしかして、心中にもそのあたりの確執が関わってたり?」


「それ言ってた下世話な元使用人の名前あとで教えてえ芹尾せりおパイセン」


可愛かあいらしく言ってもダメや~。情報提供者の秘密は守ります。自分らはな、君が伯父……現葛和グループ会長を母親の件で脅して養子になったんやないかと推測しとる。十瑪岐とめき君は日ごろから葛和くずわを乗っ取る宣言してますやろ? 恨みがあるんとちがうん? あの会社……あの家を……家族を……すべてぶっ壊してしまいたいんやない? 母親の仇を取るために」


 他者の心をえぐるのを趣味にしているような、意地の悪い囁き。見ているだけで心臓が痛くなる響きを十瑪岐とめきは鼻で笑った。


「オレのこと買いかぶりすぎですよお芹尾せりお先輩せんぱあい。仇なんざ知るか。恨みがあろうがなかろうがあ、オレの人生はオレのためだけに消費する。たとえ親の遺言だろうと他人に譲ってたまるかってんですよお」


 挑発的に言ってべえっと舌を出す。答えを待って息を止めていたらしいれいが苦い顔で呼気を吐き出した。


「はぁ……。はぐらかすの上手いな。そないな良いこと言われたら追及できへんわ。でも……ちょっとくらい明かしてもらわんと適当な記事しか書けへんねん」


「好きにやればいいじゃないですかあ。オレは誰になんと思われようと気にならねえし。捏造して面白おかしく記事にするのがアンタらだろお?」


「誤解もはなはだしいわ。自分らは事実に基づいて話を盛り上げとるだけやで? ゼロからの創作はあくまで作家のお仕事であって自分の仕事やない。

 まあすぐ教えて貰えるなんて思ってないわ。そっちは追々調べていくさかい。じゃあ次の質問やな」


 れいがウキウキでメモ帳をめくる。


「去年の飯開はんがい先生を追い出した事件、あれもなんや裏があるやない?」


 部室の空気がさらに重くなるのを感じた。

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