第14話 紫煙ただようレディ
三回ノックを響かせて、
重たい扉の向こうは思ったよりも狭い空間だった。教室を半分に割った程度の部屋の中、まず目に入るのは接客用の机とソファ、壁に掛けられているのは各国の観光名所の写真だろうか。それにしては見知らぬ景色が多い。
奥には大窓を背に木製の両袖デスクがあり、そこへ足をのせてチェアを
「よ、幼女が葉巻吸ってる!?」
生徒会長室に居たのはどう見積もっても小学校五・六年生にしか見えない女の子だった。八頭身には程遠いミニマムな身体に寸胴体型。頭の高い位置で揺れるツインテール。それが気怠いアンニュイな表情で優雅に煙を
幼女は
「これはこれは早かったのな
言って葉巻を灰皿に置き、換気のためか背後の窓を開ける。
声は意外と低かった。少し鼻に
そんな印象がちぐはぐの幼女相手に、
「その必要はありませんよお。もちろんこちらから伺いますともお」
「相変わらず普段のおべっかが可愛いのな
「それほどでもです生徒会長」
「生徒会長!? この人がですか? 迷い込んだ小学生でなく……やだうちの制服着てる……なんか腕章もつけてる……。で、でもだったらなおさら葉巻は駄目では」
「あれっ、まだあたしのことを知らない生徒がいたのな。へえスポ特待生か。どうして連れてきたのだい
「なんの呼び出しか分かんなかったんで、とりま暴力担当として」
「わたしの認識! ──は置いといて、あの、初対面でこう言うのもなんですが、本当に未成年の喫煙は……」
「ははは、タバコと葉巻は別物だが、最近じゃ見ない新鮮な反応なのだね。心配性なのだな
生徒会長が
「
真顔でおかしなことを言っている。まさかと思って会長を見ると、指でブイを作っていた。こうなれば
「…………つまり留年?」
「違う!! 休学してたのだよ!」
ずっこける
「この人なあ、一年のときに行方不明になって、丸二年して帰ってきたんだよお。学園側がその間は休学扱いにしてたわけえ」
「なるほど。それで成人してるわけですね。二年間もどこへ行ってたんですか?」
今度こそ納得した
「それが覚えてないのよな。楽しかったって印象はあるのだけれど。具体的に思い出そうとすると記憶にモヤがかかったみたいになって。自分でもよく分からぬ。ただそれ以来すっかり葉巻と酒にハマってしまったのだけは確かなのだよ。アルコールだけがあたしの手の震えを止めてくれるのだ」
「依存症になってる……。本当ですかとめき先輩」
「おう。当時は結構大事になってたなあ。やれ誘拐だやれ国際問題だの。
会長が深く
「そういえば異世界に召喚されて世界を三つばかし救ってきただろとか言われたのな」
「宇宙人にさらわれて永遠のロリに改造された説も有力だったなあ」
「この見た目は元からなのだがな。
成人しててそれならもう諦めるべきでは。その言葉を飲み込む優しさを、この場の二人は奇跡的に持ち合わせていた。
(なんか掴みどころのない人だな……)
背後でノックが鳴り扉が開く。入ってきたのは長身の少女だった。
「遅くなりました。あれ、もう来てたのね
「おお
「さて、いよいよ本題だ。君に、いやどうせなら君たちにお願いしたいのは、下着泥棒の取り締まりなのだよ」
資料によれば、ここひと月ほどで生徒の下着がなくなる事件が頻発しているらしい。生徒会は同一犯による
どうやらその特定と後始末を
「執行部を使わずどうしてオレに? また悪役をご所望ですかあ?」
「今回は単純に
笑みで否定し、生徒会長は火の消えた葉巻で
「
諭すような声音で目を細める。
「我ら生徒会は“生徒”のための会なのだ。学園の生徒であれば誰であれ、世間やマスコミ、ときには親や教師からも生徒を守る。それが生徒会の仕事なのだよ。学園のためではなく、生徒のためにが我らの理念。つまり、言いたいことは分かるだろうな」
「内密に終わらせろっつうことでしょう? 警察やら警備やらの手は借りたくないわけね」
会長の可愛らしい無言の笑みは肯定を意味するようだ。
「りょうかぁい。ちょうど暇してたんだ。引き受けますよこの仕事」
「今までの調査資料は手元にあるとおりだ。あとは頼んだのだよ
「もちろん報酬は出るんですよねえ!」
「相応のものを用意しよう。それと
「はい?」
「先日新聞部に取材を受けたが、次のインタビューは君にと呟いていたのだよ。せいぜい気を付けなよ」
◇ ◆ ◇
「あの、
「それは、君の力で
会長は肩をすくめてはぐらかし、葉巻をカットする。話を終わらせる彼女の合図だ。承知している
「ありがとうございます、
代わりに突然と頭を下げる。
「どうしたのだね
「私が
そう問いかけると、
「ま、
「そんなっ、彼は何も悪くありません。……私が駄目なんです。駄目になるんです。中途半端なことをしているのは自覚しています。……ごめんなさい」
「言わなくてもよいのだよ。
「はい……」
応援の言葉にはにかんで、
「うーん、青春なのだねぇ。あたしが二年ほど浪費した甘酸っぱさ、見てるだけで若返りそうなのだよ。あたしはもう動かなくていいが、若い君たちはそうはいかない。動けるだけ動いてぶつかりまくりなのな」
部屋に一人残されたのは、見た目の幼さと裏腹におっさん臭いことを言う生徒会長だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます