第13話 お噂だけで満腹


「今日の幸滉ゆきひろ君情報お〜。あいつ納豆がクソ苦手なんだぜえ」


「意外性はないですね」


 葛和くずわ幸滉ゆきひろは金髪と中性的な容姿のおかげで西洋人にも見える顔立ちをしている。ザ・和食である納豆はあまり彼に似合わない。


 十瑪岐とめきによる幸滉ゆきひろ君情報コーナーはそれで終りではなかった。


「中学のとき兄の納豆嫌いを克服させてやろうと思ってなあ。オレが目の前で執拗しつように納豆混ぜ続けてたらよお、あの音と臭いだけで蕁麻疹じんましんが出るようになっちまったんだよなあ可哀相に。オレがあいつに嫌われてんのなんでだろうなあ」


「ジョークですよね?」


 放課後の呼び出しに、なぜかつぼみも連れてこられた。


 渡り廊下を経由し生徒会棟へ入る。なんと一棟まるごとが生徒会の所管らしい。放課後も始まったばかりというのに、あちこちを『生徒会執行部』と腕章をした生徒たちが忙しそうに走り回っている。まるで祭りの前の慌ただしさだ。


 もはや生徒会というよりも会社か秘密組織のようである。


 十瑪岐とめきは生徒会関係者にも名と顔を知られているようで、すれ違う者がみな異物や敵を見るような目で最上階を目指す二人を見てくる。全方位から視線が痛い。


 つぼみは無言の圧力に肩身が狭くなって、隣の十瑪岐とめきに話しかけた。


「実はわたしまだ生徒会長を見たことないんですよね」


「おいおい、月一は必ず生徒集会あんだろうが。あんな目立つ人どうやったら把握せずに兎二得とにえで生活できるんだあ?」


「あ~、朝練のあとなので、いつも寝てたら終わってるんですよね。入学式は欠席してたし。どんな人なんですか? 女性ってことしか知らなくって」


つぼみは認識が甘えよ。生徒会長ってのはなあ、日本中から金持ちが集まってるこの兎二得とにえ学園総生徒二千人の頂点だぞ? 生徒会役員だって、前期生徒会の推薦と全校生徒の投票を得なけりゃなれねえバケモン揃いのエリート集団だ。そのトップ張るのはただのガキじゃ務まらねえ。最高のカリスマ性を持ち合わせた選ばれし人間だあ。歴代生徒会長は全員、卒業後も目覚ましい活躍をしてる」


「ああ、だからあんなコネ作りたがってったんですね」


 納得する。そして十瑪岐とめきが褒め言葉を発するたびに周囲を行き来する生徒たちもうんうんと同意を示すように頷いているような……気のせいということにしておこう。


「特にうちの学校じゃあ、生徒会は生徒の手綱たづなをしっかり握っておく必要がある。なんせ金持ちなんて、めちゃくちゃおっとりしてるかクソみてえにアクが強えかの両極端だ」


「先輩はアクのほうですね、分かります」


「そのうえ教師陣はわりと放任だろ? 思春期の問題児が二千人も吹き溜まりゃあ、当たり前に問題も起こる。そこに金が絡むから規模もでかくなってなあ。そいつらを調整し解決するのも生徒会のお仕事だ」


「へぇ……」


 思えばつぼみのストーカー事件も全く噂にならなかった。生徒が一人、理由も明かさず突然に転校していったにもかかわらずだ。その程度の事件ここ兎二得とにえ学園では日常茶飯事なのか。


「そんなにすごい人だったんですね、生徒会長って」


「おう。現会長はまず実家がでけえ。葛和うちもそれなりだが、矢ノ根やのねには到底かなわん。矢ノ根やのね家の人間は世界影響力のある人物ランキング上位の常連だ。そんだけでもよだれ出そうなくらいお知り合いになりたい人だが、大事なのはそこじゃあねえ」


「えっ、もう十分では?」


 この欲の塊のような男が家柄と総資産以外に重視する部分があるとは。十瑪岐とめきが相手の反応を楽しむ意地の悪い笑みでドアに手をかけた。


兎二得とにえ高等学園第七十五代目生徒会長、矢ノ根やのね涼葉すずはは面白い。ありゃあ七不思議どころじゃねえ。究極の謎生命体だよ」


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