第12話 打算的な体力測定


「どうかな。私を親友にしてくれる?」


 さりげなく段階を上げ、鳴乍なりさが真剣な眼差しを微笑みでおおって手を差し出す。

 十碼岐とめきはツンとそっぽを向いた。


「親友だの友達だの今更お前っ。お、オレはそんな都合の良い男じゃないんだからねえ!」


みずからチョロい女みたいな口調するくせに。でも十瑪岐とめきくん、口元ちょっとニヤけてるよ」


「なっ、しょっ、そんなことないんだからね!? オレは生まれつき余裕の笑みで君臨してるだけだからあ。世界を見下してほくそ笑んでるんだよお」


「嫌な赤ちゃんですね……」


「本当にね。十瑪岐とめきくんはやっぱり素直じゃないなぁ。ふーん、いいもん。つぼみちゃんは友達になってくれるよね?」


「はっ、はい。もちろんです久米くめ先輩」


鳴乍なりさでいいよつぼみちゃん。ありがとう仲良くしましょうね!」


 二人でぎゅっと握手を交わす。鳴乍なりさつぼみの手を上下に振ったあと、なぜかすごく撫でてきた。いつまで経っても放してくれず、ひたすら撫でまわされる。


「くふふっ、ふにふになのに指だけ皮が厚くなってるね。スタートのとき地面に手をつくからかな」


「あの……そろそろ手を……」


「あ、ささくれ。駄目よちゃんとケアしないと。ハンドクリーム塗ってあげましょう。くふふふ。若い女の子のお手々だぁ」


「ちょっと目と鼻息が怖いです鳴乍なりさ先輩! 自分で塗れますからっ」


 そんなはたから見たら和気あいあいとした女子たちのやりとり。それを横目でちらちら見ていた十碼岐とめきが徐々に近づいてきた。


 無言で二人の前に立った十碼岐とめきは口元をひくつかせてふんぞり返る。


「なあんだよ二人だけ仲良くしやがってよお。全然羨ましくねえけど、仕方ねえから話くらいは聞いてやらあ」


「すっごい上から目線の寂しん坊だ!」


 思わず後ずさるつぼみ鳴乍なりさはこうなることが分かっていたかのようにもったいぶった笑みを浮かべて、


「そうね。私と友達になると良いことがたくさんあるよ? とりあえず、私にできる範囲で十碼岐とめきくんに尽くしちゃおうかな」


「無償労働がとりあえずで出てくるだとお? くっ、だがオレは簡単には屈しねえぞ。何を言われようがフラれた男のプライドってもんが」


「毎年三月には歴代の生徒会役員がみんな集まってパーティーをするんだけど、一緒に行く?」


「よろしくお願いします鳴乍なりさ様!」


「落ちるの早っ!! 全日本プライド投げ選手権放り捨て型優勝候補の貫禄かんろくでしたよ!」


「馬っ鹿お前。兎二得とにえ学園の生徒会だぞ? 一人と顔見知りになるだけで超得するのに、歴代のメンバー大集結のパーティーとか金持ちバイキングどころじゃねえぞ! コネ作りベルトコンベヤーだ!」


「欲に忠実な人だ……」


「ふふっ、本当にね。十碼岐とめきくんが有力者と繋がりを持ちたがっているのは聞いてから。私でよければ力になるよ」


 鳴乍なりさが愛おしむように微笑み、手を差し出す。十碼岐とめきも今度は無視せずその手をとった。


「これからもよろしくね十碼岐とめきくん」


「お、おう……」


 柔らかに崩れた相貌そうぼうに、十碼岐とめきは眩しくて思わず目を逸らす。


 そう目を離したのがいけなかった。ただの握手は数秒で蹂躙じゅうりんと化す。気づけば十碼岐とめきの手は鳴乍なりさの両手にガッチリと掴まれ撫でまわされていた。


「くふふっ。この形この大きさこの肌触り! 骨ばった指の関節からは想像できないほど柔らかな母指球ぼしきゅうはもはや猫の肉球。そして浮き上がった中手骨ちゅうしゅこつが描く手の甲の芸術的なライン! 極めつけは意外性のあるペンだこ! ああああっ、至高! 理想! やっぱり最高よ十碼岐とめきくん!」


 鼻息荒くよだれを垂らさんばかりに十碼岐とめきの手を揉みまくる。


「おいっ、触りすぎだあこの手フェチ! いい加減に放せっ、金取んぞ!」


「おいくら?」


「支払いに躊躇ためらいがねえ!」


「言い値で払うよ」


「まず定価が分かんねえんだわ!」


 十碼岐とめきが無理矢理に手を振りほどく。鳴乍なりさは名残惜しそうにしつつも大変満足した様子であった。


 こうして葛和くずわ十碼岐とめきと、彼の元恋人である久米くめ鳴乍なりさは再び友好を結んだのであった。



      ◇   ◆   ◇



 体育館での測定を終わらせ、床に座ってお喋りを始めてしまった女子二人。それ付き合って十碼岐とめきも腰を下ろす。つぼみ鳴乍なりさに興味津々なようである。


「身長が高いのいいなぁ。わたし百五十五ないんです」


「言うほど小せえかあ?」


 資料を見たときの記憶が正しければ、彼女の身長は百五十四センチ。日本人女性の平均を考えれば低すぎるというわけでもない。だがつぼみは自分の背丈にご不満なようである。


「体格がいいってスポーツ選手にとってそれだけで財産なんですよ。特に身長はストライド──歩幅に直結するので、伸びるものなら伸ばさねばって感じです。それで、鳴乍なりさ先輩は何センチですか?」


「百七十二よ」


「オレのほうが七センチでけえぞ。ほれ羨ましがれ」


十碼岐とめき先輩は性別違うじゃないですか。参考になりません。鳴乍なりさ先輩はどうやって身長伸ばしたんですか? 適切な運動? 規則正しい食生活? それとも怪しげな健康増進飲料?」


「うーん。やっぱり決め手は遺伝かな」


「科学の進歩も太刀打ちできないっ」


 つぼみが打ちひしがれて床を殴る。本気で落ち込んでいるようで、うつむいたまま肩を震わせている。だが沈んだままではないようで、床に額をつけるようにしながら声を絞り出した。


「ほ……他にはありませんか……」


「そうねぇ。うん、寝れば育つよ。私もけっこう寝たぼうだし」


「分かりました!」


 勢いよく顔を上げたつぼみが元気よく頷き目の前の膝に頭を乗せる。黒タイツに頬を押しつけ力を抜いて目をつむると、数秒で寝息をかきだした。


 早業を披露され呆然としていた二人だが、やがて鳴乍なりさが喉を震わせた。


「……十碼岐とめきくん、この子なんの躊躇ためらいもなく私の膝を枕にしたんだけど」


「ああ、そいつなつっこいよな」


「人馴れどころじゃないよ。無防備な頭部を会ったばかりの他人に預けるなんて。こんな警戒心でどうやって生きてきたのよこの子は!」


「野生じゃねえからなあ」


 登下校でパルクールする姿を見ると野生児っぽいが。


 つぼみは話題にされているというのに鳴乍なりさに頭を撫でられても起きない。寝入る少女をペットにするように可愛がりながら、鳴乍なりさがふいに真剣な声音で口を開いた。


「ところで十碼岐とめきくん。私たちが別れたことが次の日には校内新聞のネタにされて事実と異なる噂が流れてたのけど、あれは貴方あなたの差し金なのかな」


「言いがかりだなあ。確かにオレは壁新聞の常連だが!」


「主に悪評でね」


「っつうかよお。んなことしてオレになんのメリットが?」


 おどけて肩をすくめる。

 鳴乍なりさはそんな十碼岐とめきを、慈愛のこもった視線で見つめた。


貴方あなたが加害者になったせいで、私が被害者になって慰められる側になること」


 声にはどこか確信がちらついている。十碼岐とめきは目を微かに見開き、言葉を呑み込むように鼻で笑った。


「なんだあそりゃ? オレのメリットじゃねえよ、それは」


「そうかな」


「そおだよ。オレにあんま夢を見てんじゃねえ。はただの自分本意なクズ野郎だ。他人に好かれるほど価値はねえよ」


 自分自身を指差して下種げすい笑みを浮かべる。


「つうかその噂もオレが鬼畜みたいな形に変わってたしなあ。おかげですれ違う女子の視線が痛えのなんの」


「そうね。私も貴方も双方が悪く言われてた。あれは少し歪み方がおかしいと思う。噂の渦中の人間がみんな被害を受けかねない」


「まあオレは何と言われようが堪えないがなあ」


「それは──」


 鳴乍なりさが何か言おうとすると、膝の上で少女がうなった。


「……ってこのまま寝かせてたら駄目よね」


「そうだなあ。まだ測定ぜんぶ終わらせてねえ。おい起きろおコラ。むしろなんでたった数秒で眠れるんだお前は」


「う~ん……亀はいつでも寝れるんですよ……むにゃ」


「目覚めんかお前は霊長類だ」


「あたっ。……んぬぅ。…………あ、ごめんなさい、夢の中でなんかこう、座って手を前に伸ばす測定してました。あれ今回は種目にないですよねー。名前思い出せなくってなぜか倒立してました。なんでだろう」


「たしか長座体前屈じゃないかな」


「そうそれですそれ! あれ得意だったんですよね。お二人はどうです?」


「覚えてねえなあ。やってみるか。ほいよお!」


 十碼岐とめきがその場で足を伸ばし身体を倒すが、爪先があまりに遠い。思い切り伸ばしてすねに触れるのがやっとである。


「ぬううう」


「うわっ、硬すぎ……。普段どうやって靴下とか履いてるんですか。日常生活に支障が出るレベルでしょうそれ」


「ぐぬぬぬぬ」


「くふふっ、これは酷いね。仕方ないから後ろから押して上げようかな」


「ぐええっ、内臓潰れるっ」


 鳴乍なりさが面白がって背中を押す。それでも大して身体は曲がらない。鳴乍なりさがさらに体重をかけると身体が密着した。


「あのお鳴乍なりささん? 背中にお胸が当たっているのですがあ」


「うん、当ててるよ?」


「なにゆえにいっ? ありがとうございますっ!!」


「顔が真っ赤ですよ十瑪岐とめき先輩。あっ、叫んで息を吐いたからか指が爪先に届いてる!」


「かっ……代わりにオレの腰がった……」


 乳圧から解放された十碼岐とめきがひきつけを起こして床で跳ねている。激痛を堪えるか細い声が死にかけののようで憐れみを誘った。


 動けなくなった十瑪岐とめきの足をつぼみが両脇に抱える。体育館の出口まで無抵抗に引きずられていきながら、バンザイ体勢の十瑪岐とめきはついて来る鳴乍なりさを逆さまに見上げた。


「おい鳴乍なりさ。本題があるんだろ。友達がどうのはついでとしか思え──あだっ! 今なんかの器具の脚に肩甲骨けんこうこつ削られたんだが!? もっと丁寧に運びやがれ」


 注文を付ける十瑪岐とめきに、それを無視するつぼみ。仲良さげな二人を後ろから鳴乍なりさうらやましげに眺めている。


「さっきのが本題だったんだけどなぁ。まあいいよ、もう一つ話があるのは本当だものね」


 ぼそっと呟いて、表情を切り替えた。


葛和くずわ十碼岐とめきくん。放課後に生徒会室へ来て。兎二得とにえ学園生徒会長が直々じきじき貴方あなたをお呼びよ」


「へえ?」


 突然の呼び出し宣告に十瑪岐とめきが片側の口角をつり上げる。それに笑みで返す鳴乍なりさも、印象を引きずられてどこか裏がありそうに見えてくる。


 背後で放たれる濃厚な黒いオーラにつぼみは冷や汗をかいた。


「この元カップル、お互い圧が強いなぁ」


 お似合いなのに、という言葉はなんとなく呑み込んだ。


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