2周目 クズと元恋人な会計
第11話 複雑な感情は純情
「ふんのああああ!」
今日という日に際し特別に開放された教室に
身体の一部分に神経を集中させ力を込める。己が筋肉を極限まで緊張させて限界を越える。こめかみに浮かんだ青筋が今にも切れそうなほど歯を食いしばり、そして……
「はい、四十六キロです。握力は平均ですね」
「っだあクソ! 去年と変わんねえ!」
専用用紙に数値をメモる
生徒は
こなす数は多いものの丸一日使うのでゆったりと回ることができる。最低でも放課後までに終わらせられれば、測定の順番も自由である。効率の良い生徒の中にはもう昼過ぎに帰宅している者もいた。
とはいえほとんどの生徒は気ままに時間いっぱい使って用紙を埋める。校舎の廊下も運動場も夏用の体操服を着た生徒でいっぱいだ。
莟が伸びをした。
「どうして測定を六月にやるんでしょうかね。普通の学校は四月にやりません?」
「このバカでかい学園で四月にやったら一年生が遭難するだろ」
「確かに校舎も多いですよね。いくつ棟があるんでしたっけ」
「旧棟と体育館も合わせりゃあ十五は超えてんな。増改築で入り組んでるし」
「それは絶対に迷う。そのうえ敷地の半分は山と
「熊出るのかこの教育機関!?」
「間違えました。熊の毛皮を被った人間です」
「恐怖の度合い変わんねえ! だあれそれえ!?」
「原住民のかたでは?」
「そりや日本じゃ不審者って意味だなあ!」
「でも
「知らねえ熊から経口摂取する
今度遭ったら呼び止められても逃げなさいと指導する。
「それにしても……とめき先輩って意外とぜんぶ平均値ですよね。上回ってるのは反復横跳びくらい。あ、短距離はいい数字出てますね」
「全測定で成人男性の平均軽々越えてくお前が異常なんだよ」
手にした
「つか体脂肪率が七パーセントて。そりゃ胸に行く余裕ねえわなあ」
視線が身体の一部分へ向かってしまう。その視界が突然に暗転した。体勢が前のめりになる。どうやら下方からのアイアンクローを受けたらしい。ガッチリ頭を固定されて動けない
「別に大きさとか気にしてませんが。走るとき邪魔そうとすら思いますが。そうやって嘲笑と哀れみの目を向けられるとどうしてでしょう、不思議と指に力がこもるんですよね……」
「悪かったってえ! 目つきは生まれつきなのお! そーいうんじゃなく自然と思っちゃっただけで悪意はなかったんですマジにい!」
誠心誠意の謝罪で視界が開けた。危なかった。手加減はされていたが万力を締めるように爪が食い込みかけていた。
「もう、発言には気をつけてくださいよ。わたしはいいですけど、本気で傷つく女の子も世の中にはいるんですから」
「いえっさあ。オレだって相手は選んで喋ってるっつうの。お前の胸なんざ興味ねえし。っと測定もあと半分か。さあて、次どこ行きますかねえ」
「さっき体育館が
「お、でかしたぞ
「いえいえ、なんでもありませんよ?」
褒めてやると必要以上に微笑ましげに笑う。
ストーカー事件以来、
(もしや
口は堅い少女だがわりと分かりやすいところあるからな~とそれで納得する
「というかですね、なぜわたしはとめき先輩と測定日を回らなきゃいけないんです?」
体育館に向かいながら
「仕方ねえだろ、
「他に仲いい人いないんですね……。肩もみしなくても付き合ってあげますから耳に吐息吹きかけないでください。先輩の声って無駄にゾワゾワするっ。というかですよとめき先輩」
「なんだあ」
「そろそろパシリから友達にランクアップさせてほしいんですけども」
下唇を突き出し
「オレの友人ハードルはクソ高えんだよお。そう名乗りたきゃもっと役に立ておらおら」
「うきゃあーグリグリしないでくださいっ。ちょっ、やめ」
「うーん、頭小せえからなんかの操作レバーみてえ。ほれガシーンガシーン」
「やめろおおおおおおおっ何を操縦してるおつもりで!?」
陽光の反射でオレンジがかったボブヘアーを前後左右に倒すが、体幹が良いからか足取りはしっかりしている。そうやって腹の底から笑っていると体育館についた。
これなら体育館での測定は待ち時間なしで終わりそうだ。そう見渡した
「あっ、
「ぐおっ……」
(会わねえようにしてたのに……)
ウルフカットに整えられた髪はくすんだアッシュグリーンで、毛先にいくほど色素が薄い。長身と女性らしい体つきも相まって雑誌のモデルのようだった。いや整えられた表紙などより生き生きとした彼女のほうがよっぽど衆目を
鋭くも暖かい瞳は赤子の眠りを見守る猫のよう。その眼を一筆で書いたように細めて笑うのが大人びた印象から離れて可愛らしい。
もう一生会いたくないとまで思っているはずなのに、六秒後には見返したくて堪らなくなる、そんな彼女の顔を
「
喉の奥に何かが詰まっているような
「
「からかってんじゃねえよクソ……」
「え、どなたです?」
冷えた空気を感じ取って
「こいつは
「あっ、ほとんど言ったね」
「会社の名前CMでよく見る! ご、極道の
「大丈夫よ。父の代からは完全に足を洗ってカタギになってるから。安心してね。私も指詰めとか二回しか見たことないし」
「カタギでは一生お目にかかれないはずの数字!」
「くふふっ、
恐怖に飛び退く
「怯える必要ねえぞお。コイツの冗談は分かりにくいんだ。過去の汚泥を引きずったまま世界にまで進出できるか。少なくとも身内はみんな汚職と無縁の清廉潔白だろうよ」
「えっじゃあ冗談なんですか?」
「ごめんね、可愛い子を見るとついからかいたくなっちゃって」
「許してくれる?
「は、はい……。よろしくお願いします……」
美人な先輩に甘えるようにそう言われては、
呆ける
「んでえ? フッた男になんの用ですかあ? 傷口にシーソルトでも
「あそっか。お二人ってお付き合いなさってたんですよね、一週間」
すっかり頭になかった
「そうよ。いわゆる元カノだ」
「そんなすぐ嫌気が差すほど酷かったんですか、この
経緯がどうであろうと別れたのは事実なはず。さすがに気になった
「違うよ。彼と別れたのは私の自分勝手な都合。
「?」
「そうね。いうなれば……私は
「感情の解釈が違ったんですね」
「近いかな」
「なんでお前らは分かりあってんだ。オレには一寸も意味わかんねえんだがっ」
「ごめんね
打ちひしがれる
「そんなわけで、恋人になるのは違ったけれど、私の
世界を好意的に
「私を
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