第2話 スポ特待生も木から落ちる
昼食の時間がやって来て
いち早く食事を済ませたのはその赤毛の番犬だった。
周囲へ睨みを利かせるポニーテールの彼女の名は
平均的な身長や豊満な胸元からは想像できないほどに、彼女の目つきはあまりに鋭い。
ちなみに
「
恨ましげに拳を震わせる。
ホームルームギリギリに登校してきたはずの
そこにはあまりに精密なプロフィールが書かれていた。
いつも彼女がどこからこういった情報を入手してくるのかは
「いやあ、相変わらず仕事早いわ。さっすが
「なんだその困ったちゃんみたいな呼びかたは。困った人間は貴様だろう。ちなみにあれは指示どおりにしかしていない」
「ええー、じゃあなんでよ。オレのお願い忘れてた?」
「ボクは忘れたりしていない。他に介入があったのだろう。
「なんだそれえ、いつ頃? 中学一年? うわガチで覚えてねえ」
「……クソが。ボクがお仕えするのは
「んもうっ、
からかいの言葉を投げると、正面の
「
「へいへい、すんませんお
「陸上のスポーツ特待生制度で入学している」
「スポ特? 息してたのかその制度。全然見かけねえしとっくに撤廃されてるもんだと」
一方の運動部は存在しているものの、文化部の影に隠れて冷遇されがちだった。実績の少なさが顧問の手抜きを生み、それが部活動の収縮につながりさらに指導者の不在を呼ぶ。悪循環によって、学園の運動部のほとんどは他校でいう同好会ほどの規模となっている。
そんな学園がスポーツで特待生を取るなど
「十年ぶりの特待生だそうだ」
「ああ、去年陸上部が都大会で良い所まで行っていたから。理事長が欲を出して募集していたような。本当に入学者がいるとはね」
「ええ、さすがのご
パタパタと腕と胸を揺らして称賛する
梅雨の晴れ間は日差しが強い。中央に生えたケヤキが木陰を作る。その木の中で何かが光を反射するのに気づいて、
「あぁあ、喉乾いたー。
「二酸化炭素だけ吸っていろクズが。気泡わいてるのは貴様の脳みそだろう。自分で行けもしくは逝け」
「ちぇ。つれねえなあ。オレもイジワルじゃないし、仕方ない行ってきてあげようかねえ」
「貴様の飲み物だろうが。なぜ恩を売る側の態度なのだ!」
「げはっ、うわーん
背中を蹴られて教室から飛び出す。
◇ ◆ ◇
靴に履き替え中庭に出ると、窓から見えたケヤキの根元へやって来た。周囲で弁当を食べていた生徒たちは
「さあて」
ケヤキを見上げると足を振り上げた。
「よっとお!」
腰を入れて思い切り幹を蹴りつけた。さほど太くもない幹は振動を伝え盛大に枝を揺らす。
「ぎゃうっ!」
「おお振ってきた」
セーラー服に身を包んだ少女が背中から落ちて悲鳴を上げる。
「何すんの! 蹴ったりしたら木にくっついてたトカゲさんが可哀想──って、あ、あれ? えーっと……とめき先輩?」
少年を視止め、目を丸くし口をポカンと開けたのは間違いなく今朝の少女だ。
「そうその
「みゃー!」
「ふはははははは!」
肩を掴んで
すぐふらふらした足取りの少女が出来上がる。
「目が……目が回っ……」
「おお可哀想に。大丈夫かあ? そこのベンチに座ろうな」
「うえっ、ぁい……」
顔を真っ青にした少女の背中をさすり、近くのベンチに誘導した。
「んでお話なんだけどよお」
右足で背もたれを蹴り踏みつけにし、
そんな少女の態度に
「なんなの、おまえ。最近感じてた視線はお前だろ。朝といい今といい。木登り大好きなおサルさんかあ? 動物園逃げ出してきたんだな? 保護してやろうかコラ」
「へへ、得意なんです木登り。でもまるでキンシコウのようだなんて。孫悟空には負けますようっ」
「勝手にワンランク上の猿に脳内補完しやがった!
「なっ、ストーカーじゃありません。べべ別に先輩たちを観察なんてしてませんよ、やだなーあはは」
「じゃあこりゃなんだ?」
「げっ」
回している間にかすめ取った双眼鏡を目の前に突きつけた。
「よく見えるので……」
「何が」
「ぁえっと、…………黒板?」
「お前は双眼鏡使わにゃならんほど視力ゴミなのか?」
「ゴミ…………の文字まで見えます」
転がっていたくしゃくしゃの紙を指差す。何かのプリントらしいが
「良好な視力でなによりだなあ。それじゃあお前の座席が木の上にでもあんのかなあ? そんなら双眼鏡必要だもんなあ、ええ?」
「ぐうぅぅ。認めます。お二人の様子をちょっと観察してました。ごめんなさい」
「朝のあれ、どういう意味だ」
意識して声のトーンを落し脅すような口調で尋ねると、
「これです」
ポケットから取り出したのは緑色の安全ピンのついた緑色のプラスチックの板だった。横七センチほどの長方形で、意外と分厚い。
見覚えがあるどころではない。かつて
だがさっきの資料によれば、
そこに彫られた名は、『葛和』だった。
「拾いものなんです。わたしはこの名札の持ち主に救いの言葉を貰いました。たぶん先輩たち兄弟の、どちらかですよね?」
自身を見上げる期待の視線に、
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