第3話 思い出も噂も原型がなくなるもの
恋だ何だと面倒臭ぇ。
「ああっー! あのクズっ、あたしらの後輩に何してんじゃー!」
物凄い形相で走って来たのは昼練中だったらしき女子バスケ部員たちだった。
「ちょっと
「変な壺とか買わされてない?」
「
「またあのマネージャーが心配するよ!」
矢継ぎ早につめ寄る。
「大丈夫ですって。どうしてそこまでクズと断言するんです?」
少女の素朴な疑問に部員たちは顔を見合わせ、同時に答えた。
「「「なんたってこいつ、
視線が一斉に
「
部員たちは首振り人形よろしくうんうんと頷く。
「……わたしそれ聞いたの二日前の部活終わりなんですけど、土曜のことがどうして日曜にもう広まってたんですかね」
「みんなそういう話好きだからじゃねえ?」
女子部員は続ける。
「それくらいじゃ収まらない。コイツが全校生徒にクズって認定されたのは去年のことよ。
「しかも教員免許剥奪のせいで家庭崩壊して先生、仲睦まじかった奥さんと離婚になったんだよ!?」
「
「関わって一利なしだよ」
「百害には百害で返すべし」
「こんな奴に近づいちゃだめなんだから」
「んなボロカス言われたらオレ泣いちゃう」
四人は
そんななか、
「あのう先輩方、ご心配はありがたいんですが、わたしこの人と話があるので」
「そんな!」
「なにかされてからじゃ遅いんだよ?」
なおも心配の声を上げる彼女たちに
「大丈夫です。何かされそうになったらこう、パァン」
「ごふっ」
「ってしますから」
「えっ……なんで本当に殴ったの今……」
腹に突然受けた暴行に
衝撃映像に冷静になったらしい女子部員たちは、
「んもうっ、何かされたら言うんだよ?」
「うちらの後輩になんかしたら許さないから」
「その右ストレート封印するには惜しい」
「自分の拳以外も頼ってね……?」
それぞれ言葉を残し、バスケ部員たちは自主練に戻って行った。
「お前っ……なんで本気で殴んだよぉ」
「えっ、すみませんちょっと小突いただけのつもりで……。先輩ってもしかして
「どんな例えだ! オレは人並みに強いぞ!」
「人並みで強いという矛盾。次から豆腐と思って接しますね……」
「おう木綿豆腐だ覚えとけ! ……にしても四人もいると必ず一人は変なやつ混じってくんのなんでだろうな」
「女子って三人で
一人だけ異様に眼が血走っていて怖かった。
「つかお前、部活違う奴らとも親交あんのな」
「運動部ってほら、学園から全体的に冷遇されてるでしょ? だから横の繋がりが強いんです。それにわたし唯一のスポ特生なので。みんなに声をかけてもらってます」
「なっ、んじゃ三年の西園寺とか
「確かテニス部とサッカー部の人でしたよね。よくしてもらってますよ」
苗字しか言ってないのに即答する。
二人でベンチに戻ると、
「えっと……さっきのただの噂ですよね? 本当だったら人間性疑うんですけども」
「まったくあいつらの言う通りぃ。さらに去年の
「この人悪びれない人だ」
ビシっと決めポーズで肯定すると後輩に引かれた。ベンチの端まで逃げられたので同じだけ距離を詰めると嫌そうな顔をされる。
(さっきから表情に嘘がねえ。わりと信用できそうだなコイツ)
こうして真向から真偽を確かめてきた人間は少ない。皆さっきの女子部員たちのように噂だけで
この少女は少なくとも、自分の意思で判断しようとする頭を持っているらしい。
「オレのことはいいだろ。お前のほうを聞かせろよ。それ、どこで拾ったんだ?」
手にしたままの名札を指差す。
「……公園です。わたしが小学六年生のとき、雨上がりだったので、梅雨時期だったと思います」
「今年も来週には梅雨入りだし、ちょうど四年前くらいってことか。オレらが中一のときだな」
「はい。あの頃わたし、いろいろあったせいで限界来てて。あの日は学校サボって公園の遊具の中で泣いてたんです」
「遊具?」
「中が空洞になってて上に滑り台が付いてる」
「ああ、
自転車で行ける距離の小さな公園にそういうのがあった気がする。
「それです。隠れるのにちょうどいいんですよね。そしたら、泣いてるわたしに声をかけてくれたお兄さんがいたんです。恥ずかしくって顔をだせなかったけど、真剣に話を聞いてくれて。そのときの優しいアドバイスに、すごく救われました。えっと……お心当たりはないですか?」
「ん〜……ねぇと思うが、断言はできん。んでそいつが落としてったのがその名札と。顔は見てねえってことだな?」
「はい。でもすごく遠くからだったんですけど、後姿は見てるんですよ。その人はたぶんくせっ毛で色素が薄かったかと。雲間から差し込む天使の
「そだなあ」
(髪はさておき、雨上がり……公園……。なんか引っかかるが、覚えてねえや。あの頃のオレが他人に優しい言葉かけるわけもねえし。ってことは
追い詰められたときに自分を救ってくれた人間のことは深く記憶に残る。強い感謝も抱く。それが時に恋愛感情に発展してもおかしくはない。しかも相手があのリアル王子様キャラならば。
(好きだなんだと、正直もう勘弁してほしかったからなあ。オレには関係なさそうでよかったぜ)
好きだよと、生まれて初めてそう告白してきてくれた少女の顔が一瞬だけ浮かんで、
「んで、そいつとどうしたいんだ?」
どうせ恋仲になりたいとかだろうと当たりをつけて尋ねると、
「そうですね……知りたいです」
「知る……? だけか?」
予想以上に素朴な願いに首を傾げると、少女はどこか恥じるように苦笑して頷く。
「はい。実はその……、わたし恋愛の感度だけ低いみたいで。周りと話も合わなくなるし、そういう気持ちよく分らないっていうか……。でも分らないからこそ、近づきたい。あのときの感情の正体を確かめたいんです。
──あの一瞬だけ大きく跳ねた鼓動が、わたしの恋の脈だったのかどうか。それさえ分かれば、きっと……」
薄い胸の前で心臓の鼓動を感じるように手をぎゅっと握り締める。震える唇は、どこか思春期の少女には似合わない悲痛さを帯びていた。
「きっとあの人のことを知れば、またあの気持ちが分かるはずです。だから教えてください、お二人のこと」
「二人って……オレも? 遠目でも特徴確認してんだろ」
「断言できないって言ったのは先輩じゃないですか。わたしも涙で視界が不明瞭でしたし」
「それにしたって
「あー……えへへ、
「そりゃ光栄だことで。オレから聞いといてやろうかあ?」
「えっ!? えっと……心の準備が」
「ふぅん?」
なによりこの少女は運動部に顔が広い。体力もあるだろうし扱いやすそうだ。
(コネ作りに利用できる。養子に過ぎないオレが
「ようし。じゃあオレが特別に
「焼きそばパンですね! 足には自信ありますよ!」
「安直な提案やめろ。パシるならもっと有意義に使い潰すわ。違くてなあ、運動部のやつらとオレを繋いでほしいんだわ」
「紹介しろってことですか?」
「シンプルに言えばそゆことお。オレ運動部系の連中にはまだコネねえんだわ。ま、しばらくはパシ──オレと仲良くしてれりゃそれで良し。……急に距離詰めても警戒されるからな」
「警戒される言動するのが悪いのでは」
「とにかく、これで持ちつ持たれつ契約成立だ。これからよろしくなあ?」
「はい!! そういう利害関係は分かりやすくて好きです。よろしくお願いします!」
差し出した手をぶんぶん振られる。元気な少女だ。
「そうだとめき先輩、一つ気づいたことがあるんですが」
「おう、さっそくなんだあ?」
「
「それお前じゃなく?」
「わたしじゃなく」
「……マジな話?」
「マジです」
グッとサムズアップする邪気のない笑みに、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます