第2話
二軒目は、祐希たちが大学時代によく使っていた居酒屋に向かった。その場所は札幌駅の高架下で、二人はススキノから札幌駅まで歩くことになったが、時間が遅く、札幌駅まで続く地下街は既に入口が閉じられていた。細雪の舞う駅前通りを、二人は肩をすくめながら北へ向かう。年末の夜中ともあって、それなりに人通りは多かった。
「はぁ。雪ですよ、雪。わかりますか、祐希くん」
「わかるもクソもあるか。毎日見てるってんだよ」
「いいじゃないですか。まんざらでもないんじゃないですか、祐希くんも」
「なにが」
「だって、祐希くんも楽しいでしょ。今」
「そりゃあ、ねえ。平成の最後の年末に稲葉さんと
「でしょ? あっはは」
言いさま、友香は祐希の左腕にすがりつくようにして、よろよろともたれかかってきた。それでも二人の足はオートパイロットのように、前へ進み続ける。
友香が言った。
「にしても、なあ」
「なんだよ」
「なんでわたし、書き間違えたと思う? 手帳」
「どっちかって言えば、俺の質問だろ。それ」
「たしかに!」
友香は今も、祐希の腕にくっついて歩いていた。祐希は心なしか、友香の方に頭を傾けながら笑っていることに気づいていたが、知らない振りをした。
***
結局は、目当ての店が予約で満席だと門前払いを食らってしまった。
最終的に札幌駅の北口にある、全国どこにでもあるチェーン居酒屋に入った。最初の店と対照的に、席はよりどりみどり、かつ注文はとてつもない早さで席まで届けられた。
飲んでいる最中に日付変更線を越え、平成最後の大晦日が始まった。それに気づくと友香は「いやあ、平成最後の大晦日に祐希くんと飲めるなんてねえ」という同じフレーズを五分に一回繰り出すようになったので、祐希は友香の左手にあった梅酒のグラスを奪い取ると、テーブルのタブレットでウーロン茶を注文した。
友香が泊まっていたのは、札幌駅の北口にほど近いビジネスホテルだった。祐希たちが飲んだ店とは目と鼻の先にあったが、居酒屋の店先で「じゃあ」と別れるほど擦れた覚えはなかった。友香と肩を並べて歩き、ホテルにはあっけないほどすぐに着いた。エントランスの自動ドアの向こうに見えるロビーには、人影はない。ポケットから取り出したスマートフォンの時計は、午前一時半を指していた。
ぼんやりと雲に霞むJRタワーを眺める友香に、祐希は尋ねた。
「明日、何時のバス乗るんだ」
「十二時。へへ、まだまだ余裕だねえ」
友香の実家は、
ぽん、と友香の頭の上に、手を置いた。奥手な方の祐希にとっては、酒を飲んでいなければできない芸当である。
「あのな、頼むから、起きたらチェックアウトの時間とか、やめてくれよ」
「んー確かに、今のままだったらそうなりかねないかもね」
友香は顎のところに手をやりながら、考える仕草をみせた。祐希が、ちゃんと目覚ましかけろよ……と言いかけたところで、友香はふたたび口を開いた。
「ねえ、祐希くん。暇?」
「あとは歩いて帰るだけだから、暇っちゃ暇だな」
「わたし、散歩したいんだ」
「散歩?」
酔い覚ましになると思うし、という友香に対して「おお、そういえば、きみの大学がすぐ近くじゃないか」と祐希が芝居めいた口調で言ったのがはじまりだった。久しぶりにキャンパスを歩きたいという友香に、祐希は引っ張られるようについていったが、既に友香の足元は覚束なくて、すぐに立場は逆転した。
友香は北海道大学の工学部を出ている、いわゆる理系女子だった。大学の時は、北十二条のあたりに住んでいたはずだ。無論、祐希はそこに足を運んだことはない。
粉雪が降ったり止んだりを繰り返す中、人影のない街をよたよたと支え合うようにしながら歩いて、ほどなく大学の正門に辿り着いた。平日の昼間は車が通る正門も、年末年始はロープとパイロンで閉鎖され、門の中は除雪も入っていなかった。クリスマスを過ぎてから札幌に降り続く雪は、緑のキャンパスをすっかり白く染め上げてしまっている。
足取りがふらふらとして、ずぼずぼと雪にはまりながら歩く友香を見かねて、祐希は友香の手を握ると「もうわかったから、俺の足跡を辿れ」と言った。ぽかん、とした顔は一瞬だけで、すぐに友香は「はあい」と気の抜けた返事をしてきた。
「すごいなあ。わたし、ここに通ってたこともあるんだっけ」
「そうだよ。もう少し行けば、メンストだ」
この大学の学生は、キャンパスを南北に貫く中央道路を「メンスト」と呼ぶ。そのことは、祐希も知っていた。
友香は、大きな瞳をきょろきょろとさせながら、構内を流れる川に架かる橋を渡りきったところにある建物を眺めた。
「あれ、この建物ってなに? 文系棟?」
「図書館だよ。書いてあんだろ、そこの看板に」
「ふひゃひゃひゃ、ほんとだ」
「それすらも忘れたか。ほんの数年前だろ、北大生だったの」
「祐希くん、北大生だったっけ」
「そりゃ、あなたでしょうよ。俺は隣町の大学だ」
「あひゃひゃ」
夫婦漫才めいたやりとりをしながら、ようやく中央道路に辿り着いた。もちろん、車や人の姿はまったくなかったが、そこだけはしっかりと除雪がなされていた。ふと手を握ったままだったことに気づいて、祐希はほんのりと温もりを放つ友香の手を離した。
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