今日より明日、好きになる。

木立 花音@書籍発売中

第1話

お題⇒食い込む、充電、生意気。


◇◇◇


 君はてるてる坊主を逆さに吊るしたことがあるだろうか?

 誰が最初に言い出したのかはわからないが、晴天を願う目的で吊るすてるてる坊主を逆さにすることで、雨乞いをするというアレだ。

 荒唐無稽な話だということはわかっている。しかし、僕には最早神頼みくらいしか手段が残されていないのだからしょうがないだろう。


「こらマサル! お前何してんの!? かーちゃんのハンカチ勝手に持って行ってさ。それも十枚も!」

「うわあ、ゴメン。明日の朝になったら必ず返すからさ」


 階下から響いてくる母親の声。自室の窓際に十個目のてるてる坊主を吊るしながら、僕は弁解の言葉を叫んだ。

 こうして見ると、なんだか可哀想だよなあ。

 まるで、公開処刑でもされてるみたいだ。

 これで御利益が、あるといいんだが。そもそも、雨が降るのは御利益なのか?

 しょうもない事を考えながらスマホをポチポチと弄り、週間予報を表示させる。真っ赤なお日様マークが、明日から一週間ずっと並んでた。

 ああ、無常。世界は僕に優しくない。

 うなだれて過ごす秋の夜長は、いつもより長く感じられた。


「明日雷雨になって、運動会中止になんねーかなあ……」



 だがしかし、神様なんてものは実際にはいないわけで。

 町中に忽然と魔法陣が現れるなんてことも、隣ん家の鈴木さんがトラックにはねられて異世界転生するなんてことも、もちろん、今日が雨になることも無かったわけで──。


「理不尽だ」


 呟き見上げた空は、雲ひとつない突き抜けるような快晴だ。スゲーな天気予報! 逆さてるてる坊主が十人がかりでも手も足もでねーぜ。


「おい、見ろよアレ。女の子たちのお尻に食い込んだハーフパンツが目に眩しいぜ」

「っておい。変な声を挟んでくるなよ!?」


 開会式が終わりラジオ体操をしている最中、隣にいた友人加藤が囁いてきた。名前が適当なのは、コイツがモブだからなのであしからず。(全国の加藤さんに謝れ)


「特にほら。お前の斜め少し前にいる〝ひなの〟のケツなんて最高だよな」

「舐めまわすように見るな。ひなのが穢れてしまうだろうが」


 佐藤ひなの。

 私立照葉学園の一年生。

 出席番号は二十五番。

 身長、百六十一センチメートル。

 体重、(推定)五十三キロ。

 血液型はA。

 一年生ながらバレーボール部の正セッターを務めるスポーツ少女である。

 言うまでもなく運動神経抜群。

 ちょっと襟足長めのショートカット。くりっとした大き目の瞳。質感のある太もも。

 なによりも、ぷりんとして張りのあるお尻が眼福だ。屈んだとき浮かび上がる下着のラインが──っておっと。これではただの変態だ。


 なんでそんなに詳しいのかって……?


「あんま見惚れてるな? そりゃあお前の片想いの期間が長いのもよく知っているけれど」

「……声デカい! あと横から口を挟んでくるな!」


 すっかり代弁されてしまったが、つまりそういうことだ。

 将来漫画家志望。イラストを描くのが趣味の僕は、どちらかというと陰キャ寄りのグループだ。運動神経抜群、性格明朗と非の打ち所がないと彼女との接点は殆ど存在しない。

 あれは中学一年の時の話かな。ノートに女の子のイラストを描いていたところをたまたまひなのに見られ、慌てて隠した僕に彼女が言った。


『えー凄い! 絵上手いんだね。今度私を描いてよ』


 罵倒されるだろうか、と身構えていた所に飛んできた予想外の台詞と向日葵のような笑みに、不覚にも僕はハートを射抜かれてしまった訳で。

 そこから長くて辛い片想いの日々が始まった。

 本当に、どういうわけかは分からない。それならば、と彼女のイラストを描いて見せた所、ちょっと大袈裟に喜ばれた。それからなんとなく目が合う機会が増えたような気がする。

 たまに目が合う。時々、笑い掛けてくれる。とは言え、それが精々。元々接点の薄い僕らの間に会話なんて殆ど生まれず、それは同じ高校に進学した今でも変わらなかった。

 一生懸命勉強して同じ学校に入ったというのに、いったい僕はなにをしているのか。

 思わず大きな溜め息を落とした。

 その時ひなのがこっちを向いた。口角をちょっとだけ吊り上げる。

 笑って、るのかな? 神様、今日もひなのは可愛いです。それなのに、引きつった笑みしか返せない僕が虚しいです。



 さて、いい加減に僕が運動会を嫌がっている理由でも語りましょうか。

 今僕は、リレー競技に参加しています。走るのなんてもちろん得意じゃないです。めっちゃ足が遅いわけじゃないけど、取り立てて速くもないです。

 それなのに──。


「何故、アンカーなのか」


 半ば押し付けられる形でリレー競技の選手に選ばれ、おまけにアンカーという大役まで押し付けられた僕は、元来お人好しな性格が祟り断ることもできずに今日という日を迎えたわけで。

 これこそが、今日雷雨になって欲しかった理由。

 ああ、胃が痛い。

 ちらりと視線を飛ばすと、ひなのが心配そうな顔でこっちを見てた。嬉しいけど……お前、僕と違う組じゃん。もしかして別の誰かを見てるのかな?

 そう思って隣を見ると、他クラス所属のイケメン男子、手塚がいた。ああ、そうか。そういうことね。

 そんなもんだ、と思考を切り替えトラックに目を向けると、前走者が近づいてくる姿が見えた。──しっかりと、一位キープで。

 おいおいマジかよ。そんな順位守れないよ。

 毒づきながらもバトンを受け取る。


「頼んだぞ、マサル!」

「頼まれても困る」


 走る。

 走る。

 走る。大して足も速くないくせに生意気だって思われるかもしれないが、やるからには僕だって勝ちたい。ひなのに良いとこ見せたい。願うだけなら自由だろ? だからそりゃあもう必死に走る。

 けれど……。


「はえーよ、手塚」


 イケメン手塚に颯爽と抜かされ二位に後退。その後さらに一人に抜かれて、結局三位でゴールした。

 だから、言っただろ……。

 ダメだ、酸素が足りない。肩で息をしながらへたりこんでしまう。

 ぜいぜいと呼吸を繰り返し息も絶え絶えの僕の背中を、誰かがぽんと叩いた。


「凄かった、思ってたより足速いんだね」


 この声は……? と思って顔を上げると、ひなのが僕の背中を擦っていた。


「どこがだよ。ご覧の通り、二人に抜かれて三位後退。見るも無残な結果だろうが」


 そりゃあ、ひなのは良いよな。お前は運動神経いいから、百メートル走だって一位だったしよ。これから行われる女子のリレーでも素晴らしい走りを披露して皆の視線を集めるんだろうさ。僕とは違う、全然。

 異図せず愚痴がもれそうになっている自分を意識し、ぐっと唇を噛みしめた。ひなのに当たってもしょうがないのに。


「そうかなあ? 私には一位に見えたよ。君のことだけ見ていたからかなあ?」

「へ?」

「なーんてね、冗談」


 そう言ってひなのがぱっと背を向ける。


「こんな風に私が言ったら、嬉しい?」


 再び顔だけをこちらに向けて上目遣いをする。


「んなわけないだろ」


 なぜか逆走してしまう僕。なんで素直になれないのか。


「だよねえ……」寂しそうな声音。「でも私、諦めないよ。それに、嬉しいって君が言ったとしても、それでも私はまだ言わない」

「さっきから何言ってんの」

「気持ちってさあ、いっぱい充電した方がより伝わりやすくなると思うんだ。今日より明日、明日より明後日。そうやって高めていけば、例えば――好きって気持ちも届くのかなあって。ああ、これね。少女漫画の中の台詞。なんか聞いたことあるでしょ?」

「ひなの……?」

「そんな訳で、忘れて忘れて。じゃあ私、リレーがあるからもう行くね」


 手のひらを左右にヒラヒラ振って、今度こそ走りだそうとしたひなのの手をがっしりと握る。


「マ、サル君?」


 ひなのの視線が左右に泳ぐ。頬が桜色にほんのりと染まる。

 そうか。この事実を知っていたから、逆さてるてる坊主たちは効果を発揮しなかったのかな? それとも考え過ぎ? でもありがとう。

 それから神様もありがとう。今日を天気にしてくれて。

 もうすぐ女子のリレーが始まる。それまでに僕の気持ちを伝えるんだ。大きく息を吸い込むと、三年間抑え続けてきた気持ちの蓋を外した。


「なあ、ひなの。僕──」


 その時暖かい風が吹いた。

 九月の空は、よく晴れていた。

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