二次元ガチ恋勢に呪い【萌え化】に侵された異世界はご褒美です?

青空顎門

二次元ガチ恋勢に呪い【萌え化】に侵された異世界はご褒美です?

 平凡に生き、孤独に死んだ俺が愛の女神の慈悲とやらによって異世界への転生を繰り返すこと幾星霜。救った異世界は数知れず。

 しかし、俺は未だに輪廻の輪から解き放たれずにいた。


「やっぱり貴方の人生には愛が足りません」


 そんなことをのたまう女神のせいで。


「何故、何度言っても愛を育もうとしないのでしょうか」

「その理由は、俺も何度も言ってるはずだけどな。どうやら脳ミソがスポンジ並みにスカスカらしいからもう一度言ってやろう。……俺はな。いわゆる二次元ガチ恋勢なんだよ! どう足掻いたって三次元にゃ興味一つ持てないんだ!」


 一度目の異世界転生の時は少しだけ俺も希望を抱いていた。

 最初の人生。孤独を埋めたのはオタク趣味。当然、転生ものも網羅していた。

 転生したいと思ったことも数え切れないぐらいあった。

 けどな。

 異世界と言ったって現実なら結局は三次元。

 それでは恋愛感情を抱くことなどできる訳もなく、俺は未だに女神による価値観の押しつけの被害を受け続けていた。


「価値観の押しつけじゃありません。これが私の役割なんです」


 思考を読むな。


「いいですか? 私が担当になったということは、貴方は愛によって魂が昇華されるべき存在ということなんです。他の方法はありません」


 いや、勘弁してくれ。マジで。


「勘弁しません。さあ、次の世界に行きましょう」

「何度やったって同じだって、いい加減分からないのか」

「分かりません。……ですが、ええ。同じ方法では駄目だということは私も理解しました。ですので、探してきましたよ。貴方でも大丈夫そうな世界を」

「え? まさか二次元世界に入れるとか?」

「そんなもの、ある訳ないでしょう。人間は神の似姿。どのような世界であっても人間の基本的な形は変わりません。リアルと妄想は区別なさい」


 ……妄想の産物みたいな存在の癖に。


「ここに至って無神論者みたいなことを考えるのはやめなさい! 少なくとも、ここは神が実在して魂が輪廻する世界なんですから!」

「はいはい。それで、俺でも大丈夫な世界って?」

「ええ。そこは多分に漏れず、魔王によって現在進行形で世界滅亡の危機に陥っている世界なのですが、何と魔王の呪いによって全ての女性の外見が萌えフィギュアのような状態になっているんです!」

「はあ?」


 頭沸いてんのか、こいつ。


「沸いてません。北極海のように冴え渡っています」


 尚ヤバい気がするが…………まあ、とりあえず話を聞こう。


「属性の異なる存在の共鳴、即ち男女の絆が絶大な力と変わる。地球人からするとファンタジーな世界。その力で幾度となく魔王の野望は阻まれてきましたが……であるならば絆を分断し、力を封じてしまおう。今代の魔王はそう考えた訳です」

「それで萌えフィギュア? 何故?」

「話は最後まで聞きなさい。かの世界は娯楽を楽しむ余裕がなく、文化芸術の多様性は酷く乏しいのです。無論、漫画などのデフォルメを効かせた絵など存在しません。精々エジプトの壁画的なものぐらいです。いずれにしても一般人の目に映ることはありません」

「つまり?」

「つまり萌え化の呪いを受けた女性は、不気味の谷に真っ逆さまの奇怪な化物のように認識されてしまっている訳です。それでは絆を育めません」


 成程。

 俺からすると天国のようにも思えるが、そっち方面の文化が育っていなければそうなってしまうのも不思議ではないか。


「このままでは割と本気で世界が滅亡します。そこで二次元ガチ恋勢とやらを自称する貴方の出番です。かの世界の女性と絆を育み、世界を救いなさい」


 まあ、実際にどんな状況になっているのか興味があるから、その世界に行くこと自体は構わないけれども。


「あ。今回は待ったなしの状況なので鍛え抜かれた二十歳ぐらいの肉体で街の近くに放り込みます。後はこれまでの経験を活かして頑張って下さい」

「はいはい。愛の女神様の仰せのままに」


 そんなこんなで半ば強制的に新たな異世界に転生させられた俺は、とにもかくにも魔王討伐のための旅を始めた。

 無視して世界が滅ぶのを見るのはさすがに寝覚めが悪い。

 下手な真似をすると二度と転生できず……いや、それはまあいいんだが、地獄に叩き落とされて洗脳教育を受けさせられる可能性もなきにしもあらずだしな。

 口では拒絶していても妥協点を探し続けることは不可欠だろう。

 この愛の女神がいつ強硬路線に方針転換するか分からないし。


「しかし、これは……うん。いわゆる二.五次元って奴だな」


 最初の街で俺が最初に口にした感想がこれだった。

 見た感じ、女性だけアニメチックRPGみたいな状態。

 他は普通のリアルな三次元なので思い切り浮いている。

 俺でさえ違和感が凄い。

 デフォルメ絵に十分慣れていなければ、確かに引いてしまうだろう。

 そちらへの素養がなければ現代人でも気持ち悪く思うかもしれない。

 萌え系ではあれ、絵柄の統一感もないから尚更だ。

 それは旅の途中で出会って仲間となった彼女達もそうだった。


 ある発育のいい少女は、アニメ漫画的にはいい感じの巨乳のはずが、やや栄養不足な嫌いのあるこの世界では奇乳扱いされて嫌厭されていた。


 逆にある少女は年齢の割に発育不良だったのが、デフォルメで強調されてロリっぽくなった挙句、顔に対して目の占める割合が多過ぎて気味悪がられていた。


 やや陰気な少女は、猫背俯きメカクレ状態になった上に、禍々しいエフェクトが周囲に発生して呪われた存在かの如く遠巻きに見られていた。


 少し目つきが悪かっただけの少女は四白眼を誇張され過ぎて、まるで気が触れた存在であるかのように思われて恐怖の対象となっていた。


「人間、大事なのは内面だろ?」


 二次元に拘っていた俺がどの口で言うのか、心にもないような言葉。

 だが、変化した外見のために深く傷ついていた彼女達には余りに効果的だった。

 しかも、俺が二.五次元状態の彼女達を大切に扱うものだから好感度は鰻登り。

 彼女達は強い強い好意を向けてくれ、その分だけ俺もまた皆に惹かれていく。

 その結果、絆の力は現状の世界では一人だけ突出した状態になり、彼女達と力を合わせて数々の困難を打ち砕いていった。

 そうした功績を以って勇者として公式に認められた俺達は、国家の力をも借りて実に効率的に魔王の居城に至る手段を確保。

 トントン拍子でラストダンジョンは目と鼻の先となったのだが……。


「何を悩んでいるのですか?」


 明日には魔王討伐に向かおうという夜。

 夜風に当たっていたところへ女神が顕現して問うように、俺は最後の戦いの直前にありながら迷いの只中にあった。

 絆の力は胸の内にあるそれのせいで一歩遠い。

 純粋な親愛を俺に向けてくる彼女達の視線に後ろめたさがあるせいだろう。

 魔王を倒して呪いを解く。

 皆、そのために俺についてきてくれた。

 だが、呪いが解けて彼女達が元に戻れば俺は……。


「こうして躊躇してしまう辺り、俺は結局二次元の女の子が好きだから、彼女達を好きになっただけだったんだろうな。……裏切り以外の何ものでもない」


 呪いが解けた後も彼女達への好意を保てる自信がない。

 全く以って浅ましい限りだ。

 彼女達を本当に想うなら、可能な限り早く魔王を討つべきなのに。

 しかし、どちらにしても――。


「このままだと、恐らく魔王には勝てない」


 旅の途中で一度刃を交えたことがあるから分かる。

 絆の力が後少しだけ足りないのだ。


「……なら聞きますが、それはもっと貴方の好みに合った外見の子を連れてくれば全て解決するような話ですか?」

「馬鹿言うな。そういう問題じゃない!」


 女神の試すような問いかけを即座に否定する。

 今となっては彼女達以外あり得ない。


「そうでしょう。貴方はあの子達だからこそ葛藤している。それは貴方の気持ちが彼女達の外見にのみ向けられたものではない証拠。心のあり方に惹かれ、その心を慮っている。貴方にはもう、真実の愛が芽吹き始めているのです」


 どこか嬉しそうに、女神は静かに告げて続けた。


「大体。全知全能でもあるまいし、初対面の相手の内面を見抜くなんて不可能でしょう? 外見は相手を知る間口の一つ。そこから入ること自体に何の罪もありません。貴方は正当なプロセスを踏んでいるだけです。後は一歩踏み出す勇気だけ」

「……勇気、か」


 彼女の言葉を咀嚼しながら、これまでの旅路を振り返る。

 彼女達と初めて会った時の苦痛に満ちた姿を。

 よくもあんな外見の者と絆を結べるものだと陰口を叩かれた時の彼女達の悲しみと、俺に向けられた奇異の目に対する怒りを。

 共に過ごす多くの喜びの中にあっても時折よぎっていた翳りを。

 彼女達の幸せのためには、魔王を討つことが不可欠だ。

 俺は彼女達に幸せになって欲しい。

 それが旅の中で確かに積み重ねてきた最も大きな気持ちであるのは間違いない。

 理性では確かにそう認識できている。


「信じなさい。愛の女神である私を。たとえ呪いが解けようとも、貴方はあの子達を愛し、あの子達もまた貴方を愛するでしょう」


 神たる彼女が言うのなら、そうなのかもしれない。

 しかし、心の奥底に突き刺さった棘はそう簡単には抜けそうになかった。

 そんな俺に呆れるように愛の女神は改めて口を開く。


「まだ不安だと言うのなら、いいでしょう。私の力でほんの少しの間だけ貴方の目を弄って彼女達の元の姿が見えるようにしてあげます」

「それは――」

「賭けましょうか。貴方の彼女達への気持ちは変わらない、と」


 そうして半ば強制的に。愛の女神に背を押されて彼女達の下へと戻される。

 そこで目にしたのは見知った面影のある、見知らぬ三次元の少女達の姿。


「どうしたの?」

「眠れない?」

「………………なら、私が添い寝してあげる」

「こら、抜け駆け禁止ですよ」


 変わらぬ声の調子で彼女達は口々に言う。

 元々全くの別ものに作り変えられた訳ではなく、あくまでもデフォルメ。

 そうである以上、彼女達を彼女達たらしめる要素要素はリアルの姿に戻っても確かに残されていた。俺が好ましいと感じた部分もまた。

 三次元の美醜には今生に至るまで全く興味がなかったので、その点についてはどう判断すればいいのか分からないが……。

 その表情。俺に向けられる親愛の情は何も変わっていない。

 決戦前夜ながら、俺と共にあれば悪い未来など決して訪れることはないと信頼し切っているような穏やかな笑顔を浮かべている。

 そんな彼女達の姿に心がじんわりと温かくなっていく。


「貴方はただ、知らなかっただけ。人が人を本当に愛することができる事実を。だから裏切られることもなく、穢れることもない空想に愛を求めていた」


 頭の中に響いてきた女神の声に、俺は心のどこかで納得した。

 最初の生。世の中に氾濫していた情報に触れていると、愛とは名ばかりの不確かで不誠実な何かばかりが目についた。

 だから現実のそれに幻滅し、理想を求めた。

 けど、思い描いたままのそれが真実目の前に存在するというのなら、決して手の届かない次元を隔てた場所に求める必要はない。

 …………つまるところ、好意を向けられたら恋愛経験のない男は弱いのだ。

 それが心の底からの率直な気持ちであれば尚のこと。

 だから――。


「皆。必ず魔王を倒し、呪いを解こう」

「ええ」

「うん」

「…………ん」

「はい」


 迷いの消えた俺に彼女達との絆の力を妨げるものは何一つとしてなかった。

 その力を前にしては魔王でさえも鎧袖一触。

 そも、それを恐れて呪いをかけたのだからさもありなんというところだろう。


「ば、馬鹿な。この私が、負けるとは……」


 驚愕と共に膝をついて呟いた魔王は、徐々に崩れ落ちていく。


「そのような姿になって尚、愛されるというのか」


 そんな中で彼女は一瞬だけ羨望の表情を浮かべて呟きながら、しかし、最期の瞬間に獰猛な笑顔へと変えて口を開いた。


「見事なり、勇者。外見に囚われず絆を結んだ貴様に敬意を表し、我が最後の力によって貴様らの呪いを永劫解けぬものとしてくれよう」


 魔王にしてみれば、最後の意趣返しのつもりだったのだろう。

 かくして世界は解呪され、その引き換えに四人の少女は呪われたままとなった。


「……皆の呪いを解くために、ここまで来たのに」

「構わないわ。貴方が愛し続けてくれるなら」

「大事なのは内面、だもんね」

「…………私達の『好き』は何があろうと変わらない」

「いつまでも、どこまでもお供いたします」


 何でもないことのように言う彼女達。

 その証明のように、魔王を討った功績を称えて与えられた終の棲家で過ごす中で皆の笑顔に翳りがよぎることは一度たりともなかった。

 呪われた姿こそ当代の勇者の伴侶たる証明。

 呪いが解かれたことで彼女達は逆に特別と見なされ、敬われるようになった。

 俺に対する奇異の目ももはや存在しない。

 しかし、それが直接の原因ではないようだった。

 ただ己の今を丸ごと受け入れ、俺と共にある喜びを噛み締めているからだ。

 いずれにせよ、彼女達が幸せならばそれでいいのだろう。俺自身そう思う。

 ……のだが、少しだけ釈然としない部分もなくはなかった。


「呪いが解けても構わない。折角、そう決意したのにな」


 皆が寝静まった夜に空を見上げて呟く。

 それに応えるように。


「全く、貴方はいつも考え過ぎです」


 目の前に現れて口を開く愛の女神。


「外見を気にしないなら、別に今のままでも構わないでしょう? 萌えフィギュアのような姿は許されないという方が、逆に外見に拘っているとも言えますから」

「そう、か? ……いや、それは確かに、そうかもしれないな」


 心の本質が歪んでいないのであれば、たとえ呪われた姿でも彼女達は彼女達。

 屁理屈のような気もするが、きっとそれでいいのだろう。

 愛の女神のお墨つきを得て気が楽になる。胸のつかえが取れた。


「……私の仕事はここまでですね」


 そんな俺の顔を見て、肩の荷が下りたという雰囲気の彼女。

 転生を繰り返すこと幾星霜。

 長らく。本当に長らく世話になってしまったが、それも終わりのようだ。


「後は貴方達が天寿を全うした時にでも迎えに来てあげます。ですから、貴方はあの子達と幸せに暮らしなさい。これが最後の転生です」

「……ああ。ありがとう」


 恐らく出会って初めて愛の女神に感謝を口にして。

 笑顔と共に消え去る彼女を見送ってから、愛を誓い合った少女達の下へと戻る。

 こうして人生に真実の愛を得た俺は残る人生を彼女達と共に歩み、ようやく輪廻の輪から解き放たれるに至った。

 ちなみに、そんな俺達の物語は萌え化をに描いた絵本となり、幾度か世代を経た後、この異世界に萌え漫画が文化として花開くことになるのだが……それはまた別のお話だ。

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