第6話 心優しいお婆ちゃんっ子と遭遇したのなら③


 険しい表情から一変。夏恋はすぐに哀愁を漂わせた。


 爆発前の静けさとは少し違って見えた。と、思った次の瞬間! 笑顔で俺の足をぐにゅっと踏んだ⁈


 ──痛ッ!


 それは山本さんが優しさゆえに踏んでくれたときとは明らかに違って、痛さ百倍。マジギレの足踏みぐにゃり!


 か、夏恋が、ブ・チ・ギ・レ・ター!


 まずい! まずいまずいまずい!!


 予想しうる中での、最悪のシナリオが現実のものとなってしまった。恋人ごっこが夏恋にバレるだけではなく、ちびっこパーカーにもバレてしまう。


 夏恋は俺と葉月がまさかにも本気で付き合っているとは思わない。柊木さんとの彼氏のフリや真白色さんとの偽装カップルを知っているから、尚のこと。


 そして夏恋は葉月に対して、躊躇ちゅうちょがない。


 だいたいぜんぶ計算と誤解をしているから、夏恋からしてみれば葉月は魔性の女にほかならないんだ。


 だから夏恋は、ちびっこパーカーにすべてをブチまけて終止符を打つ。


 ……終わった。


 夏恋の口を両手で押さえて喋らせないようにしようものなら、ちびっ子が異変に気づく。


 かといって、俺がこの場からダッシュで逃げようものなら夏恋の独壇場。


 ……詰んだよ。


 でも。だからこそ──。俺にはまだできることがある。葉月の体裁だけは、なんとしても守らなければならない。


 それができる唯一の方法。それは俺が、本物の二股クソ野郎になればいいんだ。


 恋人ごっこで葉月をたぶらかしている悪者になればいい。


 いつこんな日が来てもおかしくはなかった。

 わかっていたのに、延長を繰り返してしまった。すべての責任は俺にある。


 だから火の粉はぜんぶ、俺が被るよ。


 それで葉月の体裁が守られるのなら、安い買い物だ。ひとパック69円の卵みたいなもんだな! はははっ!


 一旦、この場は夏恋の独壇場で幕を引かせて、こっそりちびっこパーカーに言えばいい。「ねえねえあのね、実はね──……」てな感じでいいさ。


 とはいえ、俺みたいな冴えない男が葉月をたぶらかすなんて夢物語。けれどもそれを実現可能にする手札を俺は持っている。


 柊木さんか、真白色さんに事情を説明してお願いをすればいいんだ。


 二人の名前を出したけど。俺が頼るのは柊木さんだ。すべてを包み込んでくれる慈悲にまみれた存在。──天使様。


 柊木さんなら笑顔で引き受けてくれるはずだ。

 なによりこの間、偶然が重なって運命レベルで助けてもらっている。パンチラエラーのときがそうだった。


 だから今回は柊木さんに甘える。なにを返せるのかはわからないけど、甘えさせてもらいます。ごめんなさい。柊木さん。


 俺の中で決意が固まると、ちびっこパーカーは柄にもなくアワアワしていた。


「修羅場なのか……? ちょっと待と? 一回落ち着こ? 話せばわかるから! だ、だってわたしたちは人間だろ? 昆虫とか微生物じゃないだろ?」


 なにを言っているのか、ちょっと意味がわからない。


 するとここで今度は、おでこがゴツンッ!

 まるで拳銃で頭を撃ち抜かれてしまったかのような衝撃が走る──。

 

「……そんな顔しないでよ。バカ」


 ボソッと。夏恋が言った。


 すると切なげにため息を吐き、笑顔を振りまいた。


「うーそうそ! 冗談! ここ、兄妹だから! お兄が可愛い子とアイス食べてたから、ヤキモチ焼いちゃった的な? 驚かせちゃってごめんね!」


 か、夏恋……? 


「っていう、嘘を吐いてこの場をやり過ごそうとしているんだよな? その嘘を信じて目を瞑ってやり過ごしたいところだけど……。はづりんは友達だからな……。難しい相談だ……。ごめん……」


「だーかーら! わたし、夢埼夏恋なの! 正真正銘、そこに居る夢崎恋夜の妹!」


 言いながら夏恋はスクールバッグから生徒手帳を取り出した。


 嘘だろ……? 夏恋……? それで、いいのか?


 ど、どうして……。


「あ、本当だ。同じ苗字に同じ住所……。きょ、兄妹……」


 ちびっこパーカーはまるでこの世の神秘を見ているかのように、俺と夏恋の顔を交互に見た。


 さらに目をゴシゴシして、何度も何度も、何度も──。


 そして──。


「公文書偽造……。お、おまわりさぁん……」


 それでもちびっ子は信じなかった。

 気持ちはわかる。兄妹であっても血の繋がりはないから、似ている要素は皆無だし……。


 しかし夏恋は引き下がらない。


「あーあ。困ったなー。じゃあ葉山さんに聞いてみな? はづりんって葉山さんのことでしょ?」


 夏恋の口から葉月の苗字が……。いったい何年振りなのだろうか。というか、あれ……。初めて聞いたかも。


 するとちびっこパーカーは険しい表情を見せながらも、頭を下げてスマホを手にして耳に当てた。


 どうやら電話をかけるみたいだ。



「あ、もしもしはづりん? あのさー、夢崎夏恋って彼氏の妹なの? 今一緒に居るんだけどさー!」


 そして電話が繋がると、ちびっこパーカーの表情は徐々に元気をなくしていく──。


 「あ、う、うん。へ、へぇ」

 「わわわ、わかったぁ……」

 「あ、うん。また明日。が、学校でね……」


 元気印の二重丸のちびっこにいったいなにが起こっているのか、ゴクリと息を飲む中、電話が終わると驚くべきことを口にした。


「ちょ、超怖かったんだけど……。たまに見るダークはづりんが現れやがった。だいたいぜんぶ計算なのわかっていたけど、かつてないほどに冷やしラーメンっていうか……。冷やし中華じゃなくて、つけ麺っていうか……。かき氷でした……」



 ……え?


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冴えない非モテな俺がS級美少女四人と付き合うことに!『恋人ごっこ』『偽装カップル』『彼氏のフリ』『予行練習』はい、全部嘘恋です。でも何故か始まる嫁バトル。え、本当に付き合ってるわけじゃないんだよね⁉︎ おひるね @yuupon555

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