第10話 祭りに来た剣 ①
イツナ
収穫の時期に合わせて開かれるこの催しには、シラサトの商人や職人のみならず国内のたくさんの企業が押し寄せ、商品の広告であったり実売であったりを行う。湖畔から街の中央にかけて、様々な通りで半ば無秩序に並ぶ出店が、シラサトにいつもとは違う喧騒を与えていた。
「カスミさん……私を見つけられるかな?」
帝都出身で人混みにはそこそこ慣れていたスズではあるが、この混みようは中々体験したことがない。現在シラサトの中央広場にいるスズは、安易に「じゃあ噴水の近くで」と集合場所を指定した自分を悔やんでいた。
スズはまだシラサトに来て日が浅いため、この祭りに参加したことはなかった。せっかくなのだから、誰かと一緒に回ろうと思いカスミを誘ったのだが、これでは合流するのにも一苦労だ。
「わっ!」
「キャッ!?」
突如目の前の視界が真っ暗になる。それと同時に微かないい匂いが漂ってくる。
「だ~れだ?」
「カスミさん?」
後ろから手で目を覆われているのだろうか、この人混みの中で大胆な行動である。
「正解!」
視界が元に戻り目の前に姿を現したのは、いつもの華やかな振袖姿とは違い、紐締めの茶色い衣服を纏い素朴な町娘といった体のカスミ・タナビクである。
「カスミさん、この人混みの中でよくそれをやる気になりましたね」
「え?」
「いや、人を間違えて気まずくなる可能性があるでしょ」
「何言ってんの、私がスズちゃんを見間違えるわけないじゃん」
「……そうですか」
やたら自信満々に言い切ったカスミは胸を張っている。普段の装備とは違い気楽な格好だからだろうか、普段より気の抜けた印象が強まっていた。
「スズちゃんの私服、凄いオシャレだね~」
「そうですか? えへへ、せっかくの休みだしちょっと気合は入れてきました」
緑を基調とした服装は、スズがプレイヤーとしての稼ぎを初めてつぎ込んだ品である。
「都会っ子って感じがするよ……よし! 私はたった今からスズ・カゼータルに弟子入りを決めました。今日は先生に色々教えて貰おっかな~」
「先生って……やめてくださいよ。でも楽しみです、こうやってカスミさんとお出かけするのって初めてだし、それにシラサトがこんなに賑わってるのを見るのは新鮮ですし」
「私も楽しみ、お祭りに参加するのは私も初めてだし」
「……え? カスミさんってシラサト出身ですよね?」
これだけの大きな規模のお祭りなのだ、住んでいれば誰もが一度は足を運ぶものではないのか。
「ああ……私、ずっと人混みが苦手だったんだ。最近はそうでもないけど」
「苦手? じゃあ私無理に誘った感じになってました?」
無理やりに連れ出してしまったのではないだろうかと不安になったスズは、カスミの顔を伺う。
「いやいや! 別に無理やりなんかじゃないよ、本当に楽しみにしてたし!」
慌てて手を振りながら無理してここに立っている訳ではないと強調するカスミ。
「ほんとですか?」
「本当本当! それにしても凄い人混みだよね、どうする? はぐれないように手繋ごうか?」
カスミは右手を差し出す。スラリとした細長い指がスズを誘っていた。
「え!? ……流石にそれは遠慮しておきます」
「だよね~、じゃ、行こっか!」
少し残念そうな顔をしたカスミは右手を引っ込めて、人混みの中をぶつからぬよう慎重に進み始めた。噴水広場から伸びる大通りへと二人は進む。時刻はまだ10時を過ぎたところだ、人混みはさらに過密を極め、噴水広場はまるで溢れかえるような人波に変化していった。
二人は衣服や服飾雑貨の出店が並ぶ通りへ入った。
少し混雑は緩くなりあたりを見回す余裕は出来たものの、出店の前をぎっしりと人が囲っているため、ゆっくりと商品を眺めることは出来なさそうだ。
「予想はしてましたけど……これじゃあじっくり選ぶのはキツそうですね」
「通りを歩いてたら少し人は減るんじゃない? この道は結構長いから」
「なるほど、それは名案です」
カスミの予想した通り、噴水広場に近い方は混雑が酷かったものの、少し歩けば道の左右の出店の周りには余裕ができ始めていた。
「お嬢さん! 安いよ安いよ! 今なら100イェンのこの服がなんと70イェン! 安いよ!」
「だって、スズちゃん」
威勢よく客引きに励む店のおじさんに引っかかり、カスミが足を止める。
「値引きは正直信用できませんけど……服の品ぞろえは中々いいかも」
スズが怪しむのは元々70イェンの商品を100イェンと偽って売り出しているのではないかという点だ。
このような無法な状況下であればそれを警戒するのは当然といったところだが、店の品ぞろえは中々に豪華である。幸いまだまだ人が寄り付いていない様子だし、ここで一旦落ち着いてみてもいいかな――――――とスズが思ったところで、突然客引きをしていたおじさんが商品の周りの値札を焦ったように取り換え始めた。
「?」
スズが後ろを振り向くと、その原因が立っていた。
――――――神の目。武力で治安を維持する王遣隊とは別に、街には神の目と呼ばれる組織が常駐している。法は天神ムラクモの定めたものであるとこの世界の人々は信じており、それを執行するための機関として神の目という独立した組織が存在する。法の監視者というべき彼らは、日ごろの生活を神の定めた規律に則り厳粛な行動を徹底し、黒いローブを纏うことを義務付けられ、悪事を見逃さぬよう厚底の靴を履いて人混みを観察するのだ。
それを見て慌てているということは、やはりおじさんに後ろめたいところがあったのだろうか。先ほど客引きの時に利用していた100→70という値札は単に70という値札に変更されている。
手元の紙をめくりながら露店の品々を監視している神の目はおそらく不正な商売をしていないか確認しているのだろう。
「はあ……最近厳しいよなあ」
急いで値札を取り換えたおじさんはため息をつく。そして、目の前にいた二人を思い出し気まずそうに「へへへ……」と頭を掻いた。
「騙されちゃったね」
「でも70イェンって充分安い方だと思います。品ぞろえもいいし一旦色々見てみましょうよ。それに――――――」
「それに?」
「おじさん、今の件黙っててあげますから……ね、分かるでしょ?」
いつの間にかスズの手元には100→70の値札が握られていた。
「スズちゃん……」
スズの抜け目のなさに若干引き気味のカスミは「すみません、たくさん買いますから……」と付け足す。
おじさんは苦虫を噛みつぶしたような顔で「しょうがねえな……」と呟いた。
◇
「大収穫でしたね♪」
ほくほく顔で通りを進むスズは右手にずっしりとした紙袋を携えている。
「悪いことしちゃったよね……」
「これだけ買えば一緒ですよ」
紙袋の中身は北の地では見られない衣服が多く入っている。おそらくあのおじさんは南からきた商人なのだろう、思わぬ掘り出し物であるとスズは満足していた。
「あっ、ねえねえ……」
カスミがスズの肩をぽんぽんと叩く。
「何ですか?」
「あの路地のところ、スズちゃんああいうの好きでしょ」
カスミの指さした先では、薄暗い路地でカードを使った賭け事が行われていた。
「ああ……でもああいうのは大体グルがいるんで駄目です」
「そうなの?」
「そうです、祭りのときに別の土地にやってきて荒稼ぎして逃げてくんです。その土地の人間じゃないから顔も覚えられないし、足もつきにくいんでね」
「へえ~」
「私が見たところあのおじさんと、若い女の人が怪しいですね」
こういうのは大体関係なさそうな人間が繋がっていることが多いのだと、スズは説明する。少しガラの悪い人が増えてきた印象だった。通りを少し進むと普段着を売る出店は減少し、対魔族用に作られた装備を販売する出店が増えてくる。それに伴って店を眺める人々も変化し、目つきの鋭い強面の人間が目立つようになってくる。
「スズちゃんはさ、凄いよね」
「え?」
店に飾られた鎧や、ローブを眺めながらカスミは呟く。
「私より年下なのに、色んな事を知ってる」
「そんな、私なんて……」
「ううん、キセキの技術もそうだけど、色んな場所で色んなことを考えてる」
先ほどの値切り交渉の件や、路地裏の賭博の件についてだろうか。
スズにとってそれらは世の中を穿った目で眺めてしまう悪いところだとも思っていた。
「私も、スズちゃんみたいに賢ければ、あの時何かできたかも知れないのに……」
「カスミさん――――――」
あの時、とは勿論イノリバミと戦ったあの日のことであると、スズは理解した。
あの日、屋敷に残ったカスミさんと先輩は、どんどんと巨大化していくイノリバミに殆ど傷をつけることなく、攻撃をかわすことに徹していた。そして、深く傷ついた。イノリバミの宿主にも影響があるという特徴を考えればその行動は褒められもしたが、一方で重傷者一名の被害を生んだ愚かな判断であるとも言われた。
カスミさんはあの日からずっと、任務の時でも心ここにあらずといった感じで過ごしているように見えた。だからこそ、この祭りに誘ったのだが、やはりあの一件のことがずっと心残りだったのか。
「私も……」
自分もそうだった。傷ついた先輩とカスミさんを見て自分にこのような覚悟はないと自信を失くしたし、タタミさんの規模の違うキセキを見て自分の実力のなさを痛感した。
道の両脇には数々の装備が並んでいるが、自分は今使っている装備で満足していいのだろうか。まだまだ、何かプレイヤーとしてやれることはないのだろうか。
このまま食い扶持を稼いで平和な老後を? プレイヤーに待ち受けている未来はそんな生ぬるいモノではないと、スズはあの日強く感じたのである。
「私も……もっと強くなりたいって思います。このままじゃ駄目だって」
「ごめんね、せっかくの休みなのに暗い話になっちゃったよね」
「いえ、私も最近何か考えてないと不安になって」
「ねえ、少しだけ装備を見てみない? せっかくの機会だし、あんなことがあって何もしないままってのも気持ちが悪いし」
様々な土地で作られた装備が今シラサトに集まっているのだ。普段見る機会のない装備を眺めることで色々な発見があるかもしれない。スズはカスミの提案に頷いて後ろをついていった。
「あれ?」
どの店がいいかなと物色しながら通りを少し進んだところで、やけに人の集まる店があることに二人は気が付く。
繁盛しているようだが一体何だろうかと近づいてみると、どうやら繁盛しているという訳ではないらしい。
「おい! どういうことだよ、この鎧突然へこんで使い物になんなくなったじゃねえか!?」
「知りませんねえお客さん。その手の恐喝には怯みませんよ、どっかで壊して持ってきたんでしょう?」
「なんだと!?」
どうやら購入した鎧が突如壊れたと文句をよこしている客がいるらしい。両手で掲げた銀色の鎧には腹部のところに大きなへこみがあった。
「鎧がいきなり凹むわけがないでしょう? ねえ、皆さん?」
野次馬に訴えかけるような視線で問う店主と、怒りのおさまらない様子の購入者。
それを見守る群衆はどちらも一歩も引かないため、どちらが真実を喋っているのか測りかねているのか、物珍しそうな顔でことの成り行きを見守っている。
「何か実験みたいなのはやってましたか?」
しかし、その沈黙を破るものが一人いた。人混みの中から若い男の声が飛んでくる。
「あ、ああ!! 寝ころんだ男に岩を落として驚異の耐久性って実験をしてた! まだ人の少ない時間だった!」
どこからか飛んできた声に男は反応する。
「じゃあ、ズボンが怪しい、別の人がやってたならもう逃げてるかもしれないですけど」
「いや、店主みずから実験してた、俺それで信用して……そういえばお前履いてるズボンがあの時と違うな……?」
客は訝し気に店主の姿を観察している。
「おい! そのでっかい鞄を見せろ!」
店の後ろに置いてあった鞄に詰め寄る男。
「ちっ」
温和な態度を貫いていた店主だが、男が鞄に近づいた瞬間目立つ舌打ちをして、人混みの中へ突進するように駆けだした。
「おい、待て! 誰かその男を捕まえろ!」
人波を乱暴にかき分けて進む男だったが、突然のことだったので群衆は中々反応出来ない。
「あっ」
しかし、人混みの中でひときわ目立つ黒いローブを着た人間が、逃げる店主を止めた。――――神の目だ、店主の右腕をがっちりと掴んで離さない。
「くそ! 離しやがれ!」
必死に抵抗を試みる店主だったが、神の目は涼しい顔で男をどこかへ連れ去っていった。
キセキを詐称に利用した場合、単純な詐欺より重罪に課される。神の名を騙り悪事を働くことは許されないのだ。重い罪になってくると、視力を奪われる・声を奪われるなど、キセキを用いることが出来なくなるような刑罰を執行される。
「お、おい! 俺の金はどうなるんだよ! すまん、兄ちゃんありがとな、助かったよ」
モノ言わず去っていく神の目を追いかけて、男も群衆にまぎれていった。
「この声……先輩?」
人混みの中から聞こえたのは、聞き覚えのある声だった。
「イタルだったよね?」
隣のカスミも同じことを考えているらしい。背伸びをして人だかりの中を探す二人。
「あっ、いた」
徐々に散らばっていく人だかりの中、少し足を引きずるように歩く男がいた。
「イタル!」
少し大きな声を出すとその男は驚いたように振り返る。
「え? カスミと、スズか、奇遇だな」
「イタルこそ、退院はもう少し先じゃなかったの?」
「いや、思ったより直りがはやいってんで、昨日から家に帰ってたんだ」
お見舞いで何度か顔を合わせていた三人だが、こうして元気な姿を見るのは懐かしく思える。
「先輩、でも出歩いて大丈夫なんですか?」
「まあ、多少痛むけど、せっかくのお祭りだしな」
イタルの右手にはパンパンに膨らんだ紙袋がぶら下がっている。
「イタルも買い物したんだ」
「ああ、文字シャツの特売があってな、大収穫だぞ」
満足げに紙袋の中を開いて見せたイタルは、あるいみいつも通りで、二人はそれに安心感を覚える。あれだけの怪我をした後なのだからと、初めてお見舞いに行ったときは緊張したのだが、やけにあっけらかんとしたイタルの態度に拍子抜けしたのだ。
「それにしても、凄い偶然だね、これだけ人がいるのに……あっ、ねえねえスズちゃんの服、凄い可愛くない? お洒落だよねえ」
「えっ?」
突然話を振られたイタルはスズの服装を一瞥する。
「……まあ、服に着られてるって感じ、だな」
直ぐに視線をはずしたイタルはそっけない素振りでスズの服装を評価した。
「は? 先輩に言われると悲しさより怒りが勝りますね……」
イタルの言葉に少なからず傷ついたスズはうらめしそうにイタルをにらみつける。
「いやいや、照れ隠ししてるだけでしょ、ね?」
「別に、そんなわけじゃ……」
「まあまあ、素直になりなって」
「――――じゃあ、似合ってるんじゃないか? 多分」
「多分って何ですか多分って」
二人に詰め寄られたイタルは逃げ道を探すように話題を変えようとする。
「それより、お前ら二人で何やってるんだ?」
「何やってるって、そりゃあお祭りを楽しんでるに決まってるでしょ」
当たり前の結論をため息をついて手に持った紙袋を見せ、今日の成果を主張する。
「あっ」
すると、何かを思いついたのか、カスミが大袈裟に手を打った。
「ちょうど私たち戦闘用のいい装備がないか見ようとしてたところなんだ。イタルってかなり詳しいでしょ、一緒にお店を回っていいものがないか見てくれない?」
数多の装備を所持し、つい先ほども店主の詐欺を見破ったイタルだ、きっと自分に合う装備を見つけてくれるだろうと思っての提案だろう。
「ちょっと待ってくださいカスミさん、この男に服を選ばせたらとんでもないことになりますよ」
「え? そうかな、じゃああまり変なの選ばないようにスズちゃんが制御してよ、それならいいでしょ?」
二人を交互に見比べるカスミは是が非でもイタルを仲間に加えたいのか、有無を言わさぬ圧をスズは感じ取っていた。
「まあ、いいけど/いいですけど……」
二人は強引に手を引っ張るカスミにつられて人だかりを進み始めた。
親父の形見が無骨で巨大な剣~キセキのありふれた世界で~ 穴沢メェ~ @meianother
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