街灯に照らされた雪がきらきらと輝きながら、ひらりひらりと舞っていた。私は街灯の下に立って、上を見上げる。どろりとした曇天の中からひっきりなしに舞い降りてくる白い輝きは、宝石が降ってくる、というには少し堅さが足りない。まるで、星。星が降ってくる。曇天に隠された星が、雲を突き破ってきて、私たちの世界に舞い降りてきたようだった。それも、ただこちらの世界に来ただけではない。花だ。散りゆく桜のように、雪は来る。美しいものを凝縮して、来る。

 ぱっと手を空に向けて広げれば、雪は手の平の上に落ちて来て、直ぐに手の熱で溶けてしまった。

「……儚いなあ」

 薄く積もった雪を見て、そう呟いた。

 深夜である。夜だからこそこれらの雪は積もって、自分というものを残すことが出来る。朝になれば熱い太陽に照らされて、昼までに溶けてしまうだろう。

 美しいものは、儚く消える。雪も、桜も、星も、時間が経てば直ぐに見えなくなってしまう。私はそれが寂しかった。自然の摂理だ。どうしようもないことは分かってはいるんだけれど、寂しい。

 急に寒さが私の体に染み入ってきて、私は震えた。しまった、雪が降っていると父に言われたからと上着も着ずに外に飛び出すんじゃなかった。仕方ないじゃないか。昨日や一昨日は春のように暖かかったんだ。雪が降っているだなんて聞けば、驚きと嬉しさで胸がいっぱいになるに決まってる。

 私は急いで家に戻り、上着をひっつかんでまた外へと出る。変わらず雪は降っていた。私は少しだけ遠くに行こうと思い歩を進める。

 静寂な空間であった。耳に入るものは、雪を踏みしめるぐちゃりという音と、どこかの家からの話し声。ふと目についた公園へと入ってブランコに座ればそれも無くなり、私だけの空間となった。

 寒さは、駄目だ。寒さは、自分の緊張の糸を緩ませることを許してはくれない。気疲れしてしまう。生きるだけで、疲れる。嫌になる。木はその緑を落とし、熊は長い眠りにつく。冬は、生者に厳しい季節だと思う。

「……ああ、雪は、神様から生者への贈り物かな」

 生者に厳しいこの季節に、神様がせめて美しいものを見て癒やされろと贈ってきてくれたんだろうか。まあ場所によって、人によって、雪への感情は違うだろうけど、とりあえずそう思っておくことにしよう。

 何も聞こえぬこの場所は、あまり心地のいい場所ではない。上から下へ落ちてくるものがあるのに、何も聞こえないこの空間は聴覚と視覚がちぐはぐになる。屋根の中で目をつぶれば、雪など降っていないと思うだろう。

 冬の凛とした空気、というけれど、それはこの静けさにもよるに違いない。否が応でも、この冷たさと静けさに凛とさせられるのだ。強制的に背筋を正し気を引き締めさせられる。

 ……どうにも冬という季節は、死というものがすぐ傍に息づいているように感じる。気が休まらないからそう思うだけだろうが、「今にも死がお前に襲いかかろうとしているぞ!」と言われているようでもあり、また頭の中が死に蝕まれているようでもある。私はこの頃そうやってほぼ毎日を鬱々として過ごしていた。

 今年は一月二月に体調を大きく崩していないからまだましだろうか。いや、ましだろうがしんどいものはしんどいのである。……まあその感情の上下で作品が出来るから、良いといえば良いのだろうか。それにしてもここ一週間の内に書いた短編は度を超して鬱々としている気がする。今度はもう少し明るいものを書こう。

 ふと考えてみれば、私は受験生なのである。鬱々としているのはそれもあるのだろうか……いや、ない。やる気と緊張は共通テストが終わった時に全て吹き飛んでしまった。ただただ二次試験に向けては穏やかである。いや、やる気がないだけでやれと言われた二次試験対策も、自由登校であるが故にある特別補習にも体調を崩さない限りは行っているしやっている。

 ああでも、暇だから鬱々とする、というのはあるかもしれない。高校受験のときにも思ったが、どうにも部活を引退してしまうと暇を感じる。ブラックな場所にいた弊害だろうか。……まあ、やるものを積極的に見つけて、作って、とすれば良いのだろうが(というか真面目な受験生はそれをやっていると思うが)しかしやる気は出ない。共通テストに全て吸収されてしまった。共通テストの比率が高い大学なのだ。モチベーションを維持し続けているライバルは本当にすごいと思う。今の私はただの抜け殻だ。中身がないのだ。やれと言われたものしかやらぬロボットのようなものである。落ちても文句は言えないなあと自分でも思う。

 よし、とゆらゆら揺れる雪の中をまた歩き出す。すっかり冷えてしまった。帰ったら温かい飲み物を飲んで、早くに寝てしまおう。今は、夜遅いのだ。明日は朝から補習があるから、早く寝なければいけない。

 誰もいないことをいいことに小さく歌を歌いながら、私は歩く。凛とした空気なんて押しのけてしまえ。美しい雪の世界が作り出す緊張感、と言うのは、美しいものには毒がある、と言うのと同じだろう。自然の美しさに魅せられて取り込まれしまうか、それともその美しさから顔を背けるか。どちらが幸せかなんて、私には分からない。分からないけれど、少なくとも寝る前には取り込まれないようにしなくては。睡眠は、悪夢を見ない限りは至福な時間なのだ。分からない幸せよりも、分かる幸せを、私はとりたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とある日のこと 若子 @wakashinyago

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ