バッタ美容院

@kinirominori

第1話「僕、前世はバッタって言われたんですよ」


「僕、前世はバッタって言われたんですよ」

コバヤシが鏡の中からそう言った。いつもの七割平常で三割笑顔の顔で。

「誰に言われたの?」

「そういうのがわかる人に」

「へえ、それで、バッタなんだ?」

「バッタだそうです。」

「カマキリなら、まだわかるけど。今は美容師なわけだし」

「まあ、カマとハサミは近いですよね」

「でもさ、前世がバッタで、今が人間で美容師で店長ってさ、よっぽど功徳を積んだんじゃない?バッタとして」

「バッタが何したら功徳になるんでしょう?」

「水溜りで溺れてたアリを助けて、自分は死んだとか?飢えていた狸の口に飛び込んだら、その狸が徳の高いお坊さんの化身だったとか」

「徳の高いお坊さんが、虫なんか食べますかね?それに、死んで役に立つのってちょっと」

「まぁ、例えばだから!」

「はい・・・・。」

「ねえ、バッタ的な何かが日々あったりする?原っぱに行くと無性に跳ねたくなるとか?」

「ないです。」

「少し目が離れてて、緑色の服の女の子をみると、わけもなく興奮するとか?」

「ないです!」

「すごいでかい女の人に食べられるのを、夢想しちゃうとか?」

「なああああいです!!!!」


あれ、なんか少し怒ってる?妄想が始まると止まらなくなるのが私の悪い癖なのだけど。ごめん。


「えっと前髪、もう少し切っていいです。」

「わかりました。」

「ねえ、ムスコ、ハイハイするようになった?」とりあえず無理矢理に話を変えてみた。


 三年ぐらい前からコバヤシが店長をやっている美容院に行くようになった。初めは、もちろん普通のあたりさわりのない会話をしていたのだが、お互いにスピリチャル好きであることが判明してから、ぐっと仲良くなった。スピリチャル系の話は相手を選ぶ。「この手の話をしても大丈夫かどうか」の見極めが必要なのだ。たぶん、最初は私が勉強している占いのことからだったように記憶しているのだけど。そしてついに


スピ系OK!


とわかると、嬉しくてたまらない。ピラミッドパワーだの、UFOだの、エンジェルだの、手から何か出るだの、第三の目だの、ソウルメイトだの、龍だの、波動だの、オーラだの、パワースポットだの、そして前世だの。話題は尽きることがない。


 そんなわけで、今日も前世の話になったというわけ。帰りの電車でバッタについてググってみた。バッタは英語でグラスホッパー。あ、そうだった。葉っぱ&跳ねるってそのままの名前だけど。で、バッタは大量発生して農地を食い荒らすことが世界中で頻繁にあると。そして耳は胸部と腹部の間に一対ある。じゃ、コバヤシのお腹にも、耳が退化した名残のホクロとかあったりして(笑)次回、行ったら聞いてみようかな。また怒るかもしれないけど。


そして2ヶ月後。美容院の椅子に私が座った途端に、不機嫌どころかコバヤシは自分からバッタの話を始めた。


「前世バッタだった話なんですけど」

「うん。」

「前回、バッタの話をした日に家に帰ってオクさんの顔をよく見たら」

「うん」

「目が、離れてるというか、すごくじゃないんですけど」

「え、今まで気がついてなかったの?」

「そこにフォーカスして顔を見てなかったみたいで。それでムスコの顔もよくよく見たら、目が離れてるんですよ。僕よりもオクさんに似てるんで」

「へえ、ママ似なんだ?」

「はい。で、それに気がついたら嬉しくなっちゃって」

「前世の何かが繋がった、蘇ったって感じ?」

「まあ、わかんないですけど。それで今年の夏休みは、バッタに関係あるところに行こうって決めたんです。」

「すごいね。行動的じゃん。」

「近場だと東久留米の六仙公園ってところに、ばったランドっていうのがあるんです」

「バッタのテーマパーク?」

「はい、らしいです。あと、横浜でバッタ飛ばし大会とか」

「面白そう!いろいろあるんだね。」

「そうなんです、そうなんです!」鏡の中でコバヤシの顔がほころんだ。

「そういうところに行くとさ、コバヤシの周りにバッタが集まってくるんじゃない?仏陀のそばに動物が集まってくるみたいに」

「えええええ、そうでしょうか?わあ、超楽しみだなあ。」


そんな会話をしながら、あまりにも嬉しそうなコバヤシの様子に、なぜか一抹の不安を感じてしまった。ばったランドから帰ってこなくなったりして?

だめだめ。思った事が現実化するのがスピリチャルの基本。気をつけよう。 そして、また2ヶ月後、美容院に予約の電話をすると、コバヤシが出た。あー良かった。失踪してない。


「今週の金曜日の三時ですね。お待ちしておりまーす!」

テンションの高さが気になったけれど、無事に店に居てくれて良かった。それによく考えたらコバヤシに何か起こるんじゃないかって勝手に想像してた私の方が変だったのかもしれない。


「わかったんですよ、いろいろ!」

コバヤシは、私が椅子に片尻を付けたか付けないかのタイミングで、猛烈な勢いで話し始めた。

「わかったんです!バッタだった前世のことや、なぜバッタから人間に転生したかも!」

「すごい!じゃ、本当に前世はバッタだったんだね?!」

「そうです。当たり前じゃないですか。バッタです。正真正銘のトノサマバッタです」

「すごい!」

「ばったランドに行ったんですよ、家族で。。ばったランドって言ってもディズニーランドみたいな立派なものではなくて、ゆるキャラもいないし。」

(そりゃ、そうだろうね)

「公園の一角なんですが。いちおう、ここからが、ばったランドですよっていう感じで看板がありまして。そうしたら、いたんですよ、看板の下の地面に出迎えのバッタが!」

「コバヤシ一家を出迎えるために、バッタが待ってたわけね?ハッピでも着てた?」

「ハッピは着てなかったです。」

(普通に答えるなよ、おい。ここ、突っ込むところだったんだけど)

「犬がお座りしてるみたいに座ってたんですよ。で、そのバッタと目が合った瞬間にわかりました」

(目が合ったって、バッタって複眼じゃないの?どの目と目が合ったんだよ)

「僕を待っててくれたんだって」

「ああ。それで?」

「バッタが、オレについてこいって感じで、跳ねながら進むんですけど、ときどき振り返るんです。ちゃんとついて来てるか確かめるみたいに」

(振り返りバッタね。もしくは見返りバッタか)

「はじめのうちは説明の看板がある道を進んでたんですが。植物の名前とか、この辺りにいるバッタの種類が描いてあったり。でも、途中で横道にそれて、石の階段を降りて行ったんです。三十段ぐらい降りたかなあ。降りきってしばらく歩くと広場みたいなところに出て」

(いかにもだな)

 「そうしたら、そこにたくさんのバッタが輪になっていて」

(こわっ)

「その輪の真ん中に、冠を被った立派なバッタがいたんです」

(グリム童話か!)


コバヤシはハサミを持つ手を止めると、真剣な顔で言った。

「そして、その立派なバッタが僕に話しかけてきたんです」

(バッタが?話しかけてきた?バッタ語で?)

「話しかけてきたって、どうしてわかるの」

「そうですよね。自分でも今思うと不思議なんですけど、その時はわかったんです。よく戻って来た、我らが息子よって」

「なんか、ゴージャスじゃない?」

「すごくゴージャスですよ。そして言ったんです。長い間、ご苦労だった。お前のおかげで何億もの同胞が死なずにすんだって」

「ヒーロー?」

「山火事の時に、火の女神が火を消す代わりに求めたのがバッタ国の王族の血を引くバッタが人間界に転生することだったそうです。そして、その転生したバッタが人間として美容師になることを条件に出してきたと」

「それ、なんで?なんで美容師なの?」

「火の女神の髪は炎のような赤なんですが、その髪の量が多すぎて、いつも手入れに困っていたと。だから、その髪を綺麗にカットして整える美容師を心の底から欲していたけれど、何千年も巡り合えなかったそうです」

(なんか、ツジツマが合ってるような合ってないような。いや、合ってない)

「それで、僕が人間に転生して美容師になって火の女神の髪を美しくする、それが条件であり約束だったんです。その際には荘厳な儀式が行われたそうで」

「わ、わかった。そこまではわかったけど、となると火の女神ってこの店に来たわけ?」

「僕もバッタに言われて初めて気づいたんです。赤毛のお客様がいらしてたことに。とても髪の量が多くて、外国の方の様でもあり日本の方の様でもあり。全部で、8回ぐらいですかね」

(叶姉妹系か?)

「それで、僕の仕事ぶりに満足した火の女神がとうとう許しを出して、僕をバッタ王国に呼び戻し、望めばバッタに戻れることになったと。」

「バッタに戻る?って。人間やめてバッタ?すぐに?」

「そうなんです。バッタから見れば人間界はとても厳しい不幸な世界なんです。勉強だの試験だの、就職だの、仕事だの、リストラだの、満員電車だの。バッタは自由に楽しく原っぱを跳ねていれば、それで人生というか、バッタ生は完璧であり、みな幸福なんです」

「わからなくもないけどさ、それならバッタじゃなくて他の生き物でもいい気もするけど」

「他の生き物のことは、わかりません。バッタ界のことしか」

「そうよねそうね。それで、どうすることにしたの?」

「はい、正直、迷いました。バッタに戻るか、それともこのまま人間として生きるか」

(迷ったんだ???)

「でも、僕は今生はやはり人間として生きることにしました。だって結婚して子供もいますし。美容師の仕事が好きですし」

「えらい!そうよね!そうこなくちゃ!ああ、良かった!」

「そう言っていただけると嬉しいです。僕の選択は間違ってなかったですよね」

「当たり前じゃない。だってここの店長は誰がやるの?私の髪は誰が可愛くしてくれるの?コバヤシしかいないでしょ」

「はい、ありがとうございます!がんばります。これからもよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。」


感動的なシーンだ。鏡の中で笑顔で見つめ合うコバヤシと私。その時、受付の電話がなった。あいにく他のスタッフはいない(この話をするためにコバヤシがわざと私と二人になるようにしたのかもしれないが)


コバヤシが受付に向かって小走りで、と言うか、小跳ねで(そんな風に私には見えた。)ぴよん、と動き出した瞬間、たまたま床が濡れていたかワックスが効きすぎていたか、


ズッテーーーーーン!


と滑ってひっくり返った。なんせ跳ねてる風だったので、随分と派手に転んだ。着ているシャツの裾がめくれてコバヤシの腹が一瞬見えた。そして、私は間違いなく目にした。


胸と腹の間に並んだ一対のホクロのようなソレを。いや、正確にはホクロではない、小さな穴だ。なぜなら、そこにワイヤレスのbluetoothイヤホンが装着されていたから。いちばんよくある、白くて数字の9の形に似ているアレが。


コバヤシ、それって耳?

じゃ、顔の横にあるのは、なに?


立ち上がったコバヤシは何とか受付カウンターにたどり着くと電話機を握り、顔の横にある耳に当てて言った。


「お電話ありがとうございます。グラスホッパー・ヘア・サロンです」


そして、同時にコバヤシの着ている白いシャツの胸の下あたりで、二つの小さな青い光が点滅した。


「お電話ありがとうございました。お待ちしております」


電話を切ると振り返って、にこっと笑ったコバヤシと目が合った。その瞬間、すべてが腑に落ちた。ああ、複眼と目が合うってこれだったのね。


そして、今まで経験したことのない安らかな気持ちに包まれて、私は気絶した。


END

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