エピローグ
俺たちは、ヒルダとグレースの二人に何も言わず、黙ってあの場を後にした。
今回は全く役に立てなかったという引け目もあったし、何よりしばらく二人きりにしてあげたかった。
それにしても。
シビュラの像から降り注いだ光の中で、石化が解けていくグレースの姿は、ひどく若々しいものに見えた。
あれは幻影だったのか。それとも精霊の計らいで若き日の姿を取り戻したのか。
鬼竜の中で、遠ざかっていくホライを横目で見ながら、俺がそのことをエイミに確かめると、
「アルドの目の錯覚じゃない? いくら精霊でも、時間は巻き戻せないでしょ」
と、ひどく現実的な答えを返した。
「もし、精霊たちに時間を戻せる力があるのなら……」
エイミは何かを言いかけ、遠くを見るような目をして、そこでいったん口を閉ざした。
しばらくの沈黙の後、ふたたびエイミが口を開いた。
「ねえ、アルド。わたしの母さんも、わたしを助けようとして命を落としたでしょ。わたし、自分だけ助かったことで自分を責めたり、母さんも他にやりようがなかったのかなって、母さんをちょっと恨んだり、結構ぐちゃぐちゃだった時期があったの。でもね、アルド……」
エイミは、少しうるんだ目を、けれども強く澄んだまなざしを、俺に向けて言った。
「……わたし、今なら、母さんが自分の命を
――そうだな、エイミ。
でも、エイミが大切な誰かを守ろうとするとき、エイミの命が犠牲になるようなことさせない。
だって、俺たち仲間も、エイミを守るから。
来るときは逆風だった西風が、追い風となってバルオキーへの帰路を押している。
悲しい思い出も、悲しさの分だけ、いつか力になる時がくる、俺はそう信じている。
(了)
母の想い。娘の願い。 サトミ裕 @SatomiYutaka
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