猿真似ジコギセイ

 そんな相手に向けて、汐霧は崩れた街通りを走りながら左右の手で拳銃を乱射していた。


「って、行くの早過ぎるだろ……!」


 僕の存在、完璧に無視。これじゃ手を組んでいる意味がない。

 ……ああ、でもアイツからしたら僕がいようがいまいが意味ないのかもしれない。何しろ彼女の中で、僕は無能な自殺志願者なわけだ。


 いない方がいいとか思われているかも……というか独りで先行したあたり、間違いなくそう思っているはずだ。


「となるとここは手を出さない方がいいのかな……って、いやいや」


 ヘタレな思考に逃げかけるも、首を振って思い直す。この依頼は汐霧父からのテストでもあるのだ。

 汐霧は父親に嘘を吐けないみたいだし、このまま役立たずしてたら切られる可能性が高い。


 ここは彼女に言われた通り、この場所から後方支援に徹するとしよう。

 ……汐霧も混ざり者もかなりのスピードで戦っているから、上手く出来る自信は露ほどもないけど。


「取り敢えず、一発だけ撃ってみようかな……?」


 物は試し、ということで右腕を砲身に見立て、左手で支える。

 手のひらに魔力を集める。そうして集めた魔力の形を弾丸へと整えて、


「【ショット】」


 一気に撃ち放つ。

 魔法【ショット】。効果はその名の通り魔力を弾丸にして撃つという至極単純なもの。

 単純な分魔法の構造も簡単なので、僕でも何とか使える遠距離魔法だ。


 放たれた魔法の弾速は、小口径の拳銃と同程度。弾丸は空を切り裂きながら『混ざり者』へと直進する。

 よし、当たる――!


「……あ」


 パァンッ! と音を立てて僕の魔法が掻き消された。

 ――戦闘の過程か、瞬時に敵と場所を入れ替えた、汐霧の手によって。


 汐霧はこちらを一瞬睨み、声を張り上げる。


「このッ……どこを狙っているんですか!! ちゃんと狙ってください! 敵を!」

「ご、ごめんよー……」


 怒鳴られて萎縮する僕と舌打ちして戦闘に戻る汐霧。……情けなさ過ぎるだろ、僕よ。


「――ッ!」


 一方汐霧は今の一幕がなかったかのように、再び混ざり者へと疾駆する。

 走り寄る敵に向けて、『混ざり者』はその異様に膨らんだ腕を振るった。


 ドンッ! という空気を撃ち抜く炸裂音。攻撃の速度が亜音速を超えた音だ。更に拳からは禍力が立ち昇っている。

 当たれば致命は免れない。

 破壊と腐敗の性質を持つ拳が振り抜かれ――しかしそれを、彼女は紙一重、難なく躱した。


「沈め」


 低く呟いて、左腕が残像を作るほどの速さで拳銃をバケモノの下半身に照準。【コード・リボルバ】が瞬間的に三度光を吹く。


『――――――――ッッ!!!』


 人としての痛覚は残っていたのか、『混ざり者』は激痛に絶叫しながらも反対の腕で少女を薙ごうとする。

 しかし脚を撃たれたせいか反撃に力がない。当然、そんなものが汐霧に通用するわけがない。


 敵の反撃を容易く潜り抜けた汐霧は、瓦礫だらけの地面ごと潰す勢いで混ざり者の足を踏み付ける。

 そして、彼女の姿が一瞬霞む。


『ッッ!』


 瞬間、バケモノのデコボコとした巨体が吹き飛び、辺りにブチリという生々しい音が響いた。

 音の出所は混ざり者の左足首。その先にあるはずの足がなくなっている。


 結果から考えて彼女が行ったのは加速してからの体当たりだろう。

 体が霞んだのは加速魔法によるもので、その衝撃に耐え切れず押さえつけられていた足が千切れたのだ。


「ふッ!」


 一瞬の気勢、再びの加速。

 汐霧は吹き飛ぶ混ざり者に追いつき、【コード・アサルト】の銃口をその体の中心、心臓の位置に押し付ける。


 パンドラ化しているとはいえ、所詮は不完全なものだ。

 例え心臓に核がなくとも、人間としての急所を潰せば充分に殺せる。


 確実に殺せる要素が揃ってしまったことを、混ざり者もバケモノの直感で理解したらしい。

 吹き飛びながら、身の毛もよだつような絶叫とともに腕を構えた。


「っ!」


 空中で汐霧が霞む。

 その直後、彼女のいた場所を紫紺の輝きが撃ち抜いた。

 禍力のレーザー。腐敗と破壊の性質を持つ光線だ。


 魔法を使える人間がパンドラ化した場合、生前使えた魔法を禍力で再現する個体は少なくない。

 魔法はあくまで人間用の技術なので難しいものは使えないが、それでも脅威度は跳ね上がる。


 紫紺のレーザーは瞬く間に空を駆け、後方の街並みに風穴を開けていく。高速、更に高威力。

 純粋な脅威度でいえば、そこらの戦車砲を余裕で上回っている。


 しかし、そんな凶悪極まるものですら、Aランクの魔導師にとって大した問題ではなかったらしい。

 彼女は撃たれるレーザーを三次元的な機動で避けながら、再度混ざり者へと肉薄していく。


 夥しい数のレーザーが放たれるも、その殆どを動体視力と反射神経、身体能力だけで躱してしまう。当たれば、という仮定は仮定の域を越えようとしない。


 実力差は圧倒的。相手の手札も出尽くした。決着は時間の問題だ。

 僕何もしてない、というか邪魔しかしてないけど。


「ん?」


 一応解いてなかった戦闘態勢を解こうとして、やめる。視界の端に、少し厄介なものを見つけたからだ。


 建物をゴミに変えながら戦う汐霧と混ざり者。

 その戦闘のフィールドに、入り込んだのだ。

 痩せ細った、貧相な身なりの、小さな女の子が。


「あ……あぁ……っ」


 その少女は目に大粒の涙を浮かべながら、ペタンとその場に尻餅をつく。命の危機による危機で体が竦んでしまっていた。

 少女の場所は運悪くも混ざり者の後方だった。

 言い換えれば、汐霧といえどすぐには助けに行けない位置。


 そして、奴にとってはいつでも殺せる位置。


 泣き声に反応した混ざり者は即座に腕を少女へと突き出す。まず、近くの獲物から仕留める気だ。

 こういう場合の対処法は、とにかく敵の注意を引き付けること。片方が囮になって敵の注意を引き付け、もう片方が救助する。


 この場に二人いるのは不幸中の幸いだった。

 ……しかし、彼女の方はそうは思わなかったらしい。


「汐霧! 救助に回るから敵を抑えて――」

「コードリボルバぁッ!」


 汐霧が加速する。

 目標は混ざり者、ではない。その後ろの少女!


「馬鹿が?!」


 それを認識した瞬間、僕は穴だらけの廃屋から飛び降りた。

 落ちながら鋼糸をばら撒き、魔力を通す。


 汐霧は先ほどから、加速している時は魔法を使っていない。そうすればすぐに決着させられるだろうに、していない。つまり出来ない可能性が高い。

 そしてどんなに加速しても混ざり者が撃つ前に少女を救出することは出来ない。位置と時間を考えれば、着弾と同時に少女の所に辿り着くのがせいぜいだ。


 出来るのは、身を挺して庇うことくらい。

 要するに、彼女は死ぬ。このままでは。


「【ショット】ォッ!」


 鋼糸の魔法陣が完成する。魔法陣が輝き、魔法の威力を底上げする。

 以前の時とは違い、コレは威力を上げるだけの単純なもの。その代わり、弾丸を砲弾に変えるくらいは出来る。


 上手くいく可能性は五分以下の賭け――だが、これしかない!


 僕は右腕を突き出し、魔法を解き放った。

 パンドラでもなく、汐霧でもなく、眼前に迫り来る地面へと向けて。


 ――ドォンッッ!!!


 魔力の砲弾が着弾し、辺りに衝撃を撒き散らす。

 刹那、汐霧が少女の下に辿り着き、同時に禍力のレーザーが放たれた。


「かはっ――」


 呆気なく、レーザーが汐霧の体を貫いた。彼女の左胸、その僅か上から血が噴き出す。

 多分致命傷だ。が、即死は免れた。強化された【ショット】の衝撃で、混ざり者の狙いが少しだけブレたから。


 汐霧はまだ、生きている。

 だからこそ今は、とにかく目の前の敵を処理する必要がある。


「【キリサキセツナ】ッ!」


 鋼糸に多量の魔力を流し込む。魔法が完成する。

 切れ味を馬鹿みたいに上げるだけの、安易で、単純で、強力な魔法。

 鋼糸が巡り、汐霧にトドメを刺そうとしていた混ざり者の右腕を切り飛ばした。


 絶叫しながらこちらを振り向く混ざり者。

 僕は追撃の鋼糸を繰るも、それが当たるより早く奴は僕の領域から抜け出し、崩壊したスラム街を逃走して行く。


 僕はそれを追わず、倒れた汐霧に駆け寄る。


「ぁっ……か、ふっ……」


 汐霧は細かく痙攣しながら浅い呼吸を繰り返していた。

 撃ち抜かれた場所からはとめどなく血が溢れ、呼気にも血が混じっている。位置的に、肺をやられているようだ。


 それだけならまだいい。現代の回復魔法なら、そのくらいなら何とかなる。延命処置をしながら病院に連れて行けば充分に助けられるだろう。

 彼女が喰らったのが、普通の攻撃だったなら。


 僕は半ば諦観に支配されながら、溢れ出る血、その源泉となっている傷口を観察する。

 その場所からは、暗色の瘴気が立ち昇っていた。


「……やっぱり、か」


 禍力による汚染現象。禍力は全ての生物にとって猛毒に等しく、触れた者を侵食し、汚染する。

 先ほど汐霧が混ざり者に体当たりを仕掛けたように、魔導師であればパンドラに触れるくらいなら問題ない。自身の魔力によって禍力をレジスト出来るからだ。


 しかし密度の濃い禍力、それも体内の重要臓器への直撃となってはその限りではない。

 如何に優れた魔導師だろうと汚染され、体を内側から破壊される。


 今の、汐霧のように。


「あ、ぐ……ここ、は」


 その時、汐霧の瞳に意識が戻った。弱々しく腕を動かし、傷口に重ねる。


「あ、ぁ……思い、出しました」

「喋るな馬鹿。発狂して死ぬぞ」


 今、彼女の中では着実に汚染が進行している。

 その痛みは並ではない。精神をガリガリと削られるような痛みが彼女を支配しているはずだ。

 もしくは、その痛みすらもう感じないのか。


「お、んなの子、は……?」

「……もう逃げたよ」


 少女は混ざり者が逃げた時には、もういなくなっていた。

 目の前で死に掛けている恩人を気にも掛けず、見捨てて、ただただ自分のために。


 そしてそれはこの場において、とても正しい行動だった。自分の命を捨ててまで赤の他人を救うことに意味なんてない。

 いや、むしろ間違っている。命を大切にしないことが正しいなんて、絶対にあるはずがない。だからあの少女は褒められこそすれ、責められはしない。


 大体コイツは何故、突然あんな素人同然の動きをしたのか。

 実力通り、冷静に動いていればこうはならなかったのに――


「……クソ。汚染が酷過ぎる」


 応急処置により血は何とか止まりそうだが、どうしても汚染が止められない。

 そもそも禍力による汚染は『浄化』という最も習得が難しい系統の魔法でないと治せないのだ。回復魔法すら使えない僕には、逆立ちしても無理な話。


 額に流れる汗を拭う。

 救護部隊は呼んだ。回復や浄化などの魔法に特化した魔導師が来るため、彼らが到着さえすれば助けられる。


 だが、汚染の程度と速度が致命的だ。

 このままじゃ十中八九、救援が来る前に汐霧は死ぬ。


「せめて、汚染さえ消せれば……」


 汐霧は回復魔法が使えると言っていた。汚染さえ消せれば、例え気絶しようと汐霧自身の魔力で救援が来るまで持ちこたえられるはずだ。

 問題は、僕がそれを出来るかという話。


 ……無理だ。出来ない。


 首を振る。僕にとってその選択肢は、いろいろと足りないものが多過ぎた。

 出来ないなら、仕方ない。だったら、せめて。


「今、楽にしてやる」


 僕は、勝手な消去法で導き出した手段を取る。

 汐霧の頭にそっと右手を添える。


「―――」


 汐霧は抗わなかった。

 泣きも笑いもしなかったし、遺言の一つも言わなかった。


 ただ……ゆっくりと目を閉じた。


「……クソッタレ」


 吐き捨てて、僕は力を解放した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る