『混ざり者』


『――私たちにとっての『生きる』っていうのはね、殺すってことなの』


 戦場。修羅の笑む場所。


『別にそれが悪いことってわけじゃなくて、いや悪いことなんだけど、だから生きないっていうのはもっと悪なわけだから』


 そう言って微笑む、白髪の女性。


『自分のために生きることは『いいこと』で、そこに何かのため、なんてややこしいものを付け足すから、みんな面倒くさくなっちゃうんだと思うの』


 “みんな”と言いつつ、それは僕と、何より彼女自身に向けられていた言葉だった。


『何かのために生きるのは面倒で辛くて、それでとっても美しい。だからそうありたいと願う人は多くて、そうあろうとする人も多くて、だけどそうあり続けられる人は殆どいない。だってそこに『自分』はいないから』


 そう言いながら、彼女は泣くように笑っていた。笑うように彼女は泣いていた。


『私は、駄目だったよ』


 そんな、いつかどこかであったかもしれない、ごく個人的なエピソード。


『ごめんね、ハルカ』


 今はもういない彼女との、最期の最後の刹那の時間。

 ……あぁ、走馬灯か、コレ。



 意識が現実に回帰する。


「――っ」


 走馬灯を見ていた時間はどうやら刹那だったらしい。気付いた時、崩れ落ちる立方体、その位置は殆ど変わっていなかった。

 ……けど、走馬灯を見るってことはこのままだと死ぬってことなんだろうなぁ、多分。


 走馬灯、イコールで肉体による死の直感。

 体の方が頭より先にそれを理解したというわけだ。


「……あー、クソ」


 だからと言って、今更どうしようもない。

 とりあえず、落ちてくるマンションに向けて手を伸ばした……瞬間。


「なっ――にをしているんですか、この馬鹿!」


 声とともに訪れる、先刻ぶりの凄まじい圧力。

 降り注ぎ始めた瓦礫を避けながら僕たちは、というより汐霧は、超高速で殺傷力の暴風雨から脱出する。


 ――直後、背後で轟音と衝撃が轟いた。


 振り返ると1メートルも離れていない場所に巨大な楔のような瓦礫が突き刺さっている。

 先刻僕の立っていた場所に至っては、最早目視も出来ない様相だ。


 身を隠すためすぐ近くの路地に入り、直後に汐霧の加速が終わる。


「加速、解除します……はぁっ、ここまで来れば……はっ……ひとまず安全、かと」


 流石に人一人を引っ張った状態での長距離加速は堪えたのか、汐霧は荒い息を吐いている。

 見た限り、彼女の使う加速の魔法は個人による短距離移動用だろう。それを自分の魔力で無理矢理拡張して使ったのだから、その疲労は計り知れない。


 恐らく今は、喋ることすら辛いはずだ。


「ごめん汐霧、無理させた。ほら、喋らなくていいから楽にして……」

「――ッ!」


 瞬間、バチッ! という音が弾けた。

 首を無理矢理回され、景色が勢い良く右へと流れる。

 右頬に感じるジンジンとした熱い痛みから、頬を張られたのだと遅ればせながら理解した。


「……いやあの、今のはセクハラとかそういうのじゃなくてね?」

「死にたいんですかっ、あなたは!?」


 思い切り怒鳴られた。しかも弁明の方は完璧に的外れだったらしい。


「……はは、なんかデジャヴだね、その質……」


 そこで、汐霧が足を一歩前へと出した。目にも留まらぬ速度の平手がもう一発、今度は左頬に。

 口の中が切れたのか、血の味がじわりと広がる。


「私は真面目に話しているんです。ふざけるのもいい加減にしてください……!」


 押し殺した声でそう言う汐霧は、未だかつてないほどハッキリと激怒していた。

 その殺気にも似た剣幕に圧され、喉元に転がっていた言い訳はあっさりと霧散する。


 汐霧の言っていること――僕が死のうとしていたということは僕にとって、論議のしようもないほどに完璧な不正解だ。僕は絶対に死ぬわけにはいかないし、死にたくもない。


 しかし彼女から見た僕の姿――それは瓦礫が降り注ぐ中、それを避けようともせず手を伸ばしているというものだった。

 確かにこれじゃ自殺、いや他殺志願者そのままだ。弁解の余地もない。


「……さっきのはお前が思っているようなものじゃない。誤解だ」


 兎にも角にも、今の誤解を正解と思われることだけは避けなくてはならない、と僕は口を開く。

 と――その時。


「うおっ……!」

「きゃっ……!?」


 突然訪れた強烈な衝撃に堪らず、僕と汐霧はその場に膝をつく。

 隠れていた、もしくは辺りで様子を見ていた住民の悲鳴が響いてくる。


 音と衝撃の大きさからして発生源はすぐ近く、倒壊した高層ビルと僕らの現在地の中間ほどにある廃屋からだ。

 この状況、思い当たる原因は、一つだけ。


「……言い争いをしてる暇はないみたいですね」

「汐霧」

「勘違いしないでください。先の行動を許したわけじゃありません。あとでしっかりと言い訳を聞かせて貰いますから」


 そう言いながら、汐霧は懐から大型の拳銃を取り出した。

 ナツキM220、正規軍で採用されている拳銃だ。

 その黒色の銃身に先ほどの髪飾り同様、魔力を纏わせていく。


「【武装換装装填魔法カラフル・コードアサルト】」


 魔法の起動句、魔法名。光が収まり、魔法が完成した。彼女の持つ拳銃が――


「あれ、変わってない?」

「カラフルは性質変化の魔法です。いつも見た目が変わるわけじゃありません」

「なら、その銃はどういう?」

「別に。魔導銃の効果を付けただけです」

「魔導銃って……」


 魔導銃とは銃弾そのものが使用者の魔力で創られる拳銃のことで、現代の主流である銃弾に魔力を付加して撃つ拳銃とは根本から異なっている。

 魔力を弾に込めるだけなら誰でも出来る。その弾は込めた本人以外でも使えるし、実際の戦場でも弾の貸し借りだって出来る。


 しかし、魔導銃は圧倒的な個人用。使用者以外には使えない、完全な専用銃だ。


 銃弾を魔法で創るという性質上、拳銃に比べて扱いが難しく安定性に欠けるため、軍などではあまり好まれない。

 その半面、威力や応用性など各スペックは段違いに高いため、高ランクの魔導師にはこちらの方が好まれている。


 簡単に言って、玄人向けの代物。

 当然拳銃とは造りからして全く別物なので、こともなげに言う汐霧に呆れた視線を向ける。


「だけで済むようなものじゃないだろ、それ……」

「お喋りは終わりです。私たちが背にしている廃屋の上から奇襲を掛けます。私が前衛、あなたは後衛で援護です。いいですか?」

「……ごめんなさい無理です」

「は?」


 怪訝げな顔を向けられた、と思う。確認していないから確証はない。

 これから数秒後の彼女を直視出来るような勇気は、僕にはない。

 へらへら笑って、告白する。


「その昔、魔法で事故ったことがあってね……そのせいで複雑な魔法が全く使えないんだ。援護や支援とか、遠距離系なんて学院で習う初級のくらいがせいぜいで……鋼糸は慣れてないと邪魔にしかならないし」


 鋼糸はその性質上、とにかく目視が難しい。暗器だから当然といえば当然なのだが、一緒に戦う味方からすれば迷惑極まりないはずだ。


 ちなみに、僕の鋼糸は魔力を通すことにより、意思通りに動かせるという特性を持っている。

 この特性の恩恵で、魔法が満足に使えない僕でも自在に操ることが出来ているのだ。


 そう言うと、汐霧は底冷えする視線を向けて来た。

 気持ちは分かる。マジサーセン。


「……。さっきみたいに死のうとされるよりはマシです。それでいいからやってください」

「りょ、了解」

「……行きます。続いてください」


 汐霧は一度身を屈めて力を溜め、斜め上へと跳んだ。

 路地を挟む二つの民家、その壁を交互に蹴り、屋根の上へと躍り出る。

 これは『三角跳び』という技術で、学院で習う基礎の一つだ。このくらいなら僕でも出来る。


 同様にして屋根の上へと出ると、そこに既に汐霧の姿はなかった。

 彼女を探して見回すと、銃声と破砕音が連続して響く。


 見ると、既に汐霧は戦闘を開始していた。

 彼女の視線の先にはボロボロの外套を目深に被った、というより引っ掛けている怪物が一つ。


 体格、身につけているものから、アレが依頼の対象なのは間違いないだろう。

 髪や肌は全て気味の悪い灰色に染まっており、体の所々が遠目でも分かるほどデコボコと膨らんでいる。

 身体中から放っている暗色の霧は、奴の手にした禍力の発露だ。


 パンドラの血による人とパンドラの中途半端で不完全な融合。その行き着く先が、今の彼の姿そのものだった。


 通称、『混ざり者ミックス』。

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