娘さんを僕にください a
『――ソレガ、一体ナンダト言ウノダ!』
汐霧父が叫ぶ。二丁の拳銃に禍力が収束し、砲火が狂い咲く。
数は、一つではない。二つ、三つ、四つーー八つ。そのどれもが馬鹿みたいにデカい。人間の一人や二人、全身を消し潰してなお釣りが出るほどの大きさだ。
弾丸と呼ぶには余りに巨大過ぎる、もはや砲弾と呼ぶべき銃撃。
回避すれば、後方の汐霧と『結界装置』が飲み込まれてしまう。
で。
「だから、どうした?」
加速、疾走。
迷いはない。恐れも躊躇もない。
スローモーションへと切り替わる視界。迫り来る濃紫の砲弾との距離が恐ろしい速度で埋まっていく。
砕けろ、と。
僕は勢い良く左足を踏み込んだ。
「ふッ!」
右の拳を撃ち放つ。真黒の腕と濃紫の砲弾が激突し、辺りに衝撃を撒き散らす。
拮抗は、たった一瞬。
――パァンッ!!!
砲弾が、ゴミのように吹き散った。余波で生じた風が僕の髪を乱雑に掻き乱す。
「っは――」
残り七つ。到達まで、あとコンマ数秒。
自身の元へと殺到してくる濃紫を見て、僕は僅かに口角を上げた。
さぁ
「――軽いんだよっ!!」
勢い良く回転し、二つ目の弾丸を蹴り砕く。
その後ろから現れた三つ目と四つ目を、鉤爪のようにした両手で薙ぎ払う。
跳躍して、軌道を曲げながら飛来する五つ目と六つ目をまとめて蹴り飛ばす。
七つ目を、着地と同時に踵落としで押し潰し。
目の前に迫っていた八つ目を、頭突きで粉砕した。
『何……!?』
「そんなチンケな禍力で僕が殺せるかよ。禍力ってのはもっとどうしようもなく、絶望的じゃないとさぁ!」
右腕を振りかざす。手のひらに黒色の力が集まり、凝縮していく。
燃え滾るように揺らめくそれを、僕は前へと突き出し、解き放つ。
禍力版【ショット】。魔力の代わりに禍力を弾にしただけの、単純な遠距離魔法。
そしてそれが放たれた瞬間、汐霧父の右半身が綺麗に弾け飛んだ。
『ッ……!』
「見えなかった? ねぇ今見えなかった? 化け物の癖に? あは、笑える」
『――舐メルナヨ』
瞬く間に再生する肉体。ボコボコと肉が泡立ち、汐霧父の五体が元に戻る。
核を壊さない限り、パンドラは何度でも再生する。問題はその核がどこにあるか、だが。
『身ニ過ギタ大言ヲ吐クトドウナルカ、ソノ身を以ッテ知ルガイイ!』
耳障りなパンドラの声が、蒼天に木霊する。
再び乱射される紫紺の弾丸。そしてそれと並走、いや追い越し迫り来る汐霧父。
疾い。今の僕の感覚を以ってしてもそう感じる速度だ。
アレを相手にしながら弾丸まで全て叩き落すのは、少し厳しい。
――だが。
「【キリサキセツナ】」
鋼糸を展開。魔力ではなく禍力を注ぎ込む。
黒色の光と化した鋼糸が、ノータイムで全ての弾丸を切り刻んだ。
これで弾丸は処理出来た。
意識の全てを汐霧父にのフォーカスする。
『ソノ武器ノ練度! 流石ダナ【死線】ヨ!』
「……だぁから違うっつの。というか
いい加減諦めかけ半分の訂正を言いながら、奴との距離を計り取る。
奴の速度から考えて、衝突まであと僅か数秒。だが僕たちはバケモノにとって数秒間など長過ぎる。
ふらりと倒れるように前傾。上体がほとんど地面と平行になると同時、僕も疾走を再開する。
相対的に埋まる彼我の距離。
パンドラの殺意とバケモノの憎悪が、至近距離で交差して――
『「―――ッッッ!」』
中間地点が、震えた。
僕と汐霧父の拳がぶつかり合い、互いに弾き合ったのだ。
威力は僕の方が上。汐霧父は、右肩を引っ張られるようにして体勢を崩した。
だが、敵も然る者。
そうなることを読んでいたらしく、弾かれた勢いを利用して地面に手をつき、片手逆立ちの状態から回転蹴りを放ってくる。
傍目から見て恐ろしいほどの速度。
マトモに喰らえば、頬の肉をまるごと削ぎ飛ばされるだろう。
……だから?
「あは」
足を動かす。
後ろではなく、前へ。
回避ではなく、次の攻撃の布石として。
そんな僕の右頬を、汐霧父のブーツが蹴り抜いた。
「ぶぎゅ」
口から愉快な音が出る。
頬から噴き出す
蹴りの威力で、僕の全身は身体ごと回転させられる。
顔から剥がれた飛沫と塊が、中空を舞って、
「なぁんだ、やれば出来るじゃない」
そして再生が終了する。
ギャリッ! と音を立てて回転する軸足。
元通りとなった顔で醜悪に笑み、僕は汐霧父の鳩尾に回し蹴りを叩き込んだ。
『ガッ……!?』
「いい機会だ。アンタは知らないだろうから教えてやるよ。痛みを力に変える人種がいるってことと――」
今まさに吹き飛ぼうとしている顔面に腕刀を一閃する。
急激に横向きの力を追加したことで、空中で大きく回転する汐霧父。その隙だらけの体へと、正確に狙いをつける。
『ヤメ――』
「――『我々の業界ではご褒美です』って言葉をさ!」
言葉と共に、全力の掌底を胸のど真ん中へと叩き込んだ。
爆撃じみた轟音。汐霧父は手裏剣のように激しく回転しながら吹っ飛んでいく。
もちろん、まだ終わりじゃない。
跳躍し、吹き飛ぶ汐霧父の体の真上まで一瞬で距離を詰めた。両手を組んで、上体を折れる限界まで反らし、振り下ろす。
命を砕く、最低の感触が両の拳に伝わった。
『ガッ、バァッ!?』
真横に向いていた力のベクトルが真下に変わり、汐霧父の体が地面にめり込む。
衝撃に、汐霧父は噴水のように紫の血を吐き出した。
マウントを取っていた僕は、それを顔面でまともに受ける。
紫に化粧された顔で、僕はへらへらと笑って。
「汚い」
拳を振り下ろす。お返しに、と顔面の真ん中に叩き込む。
バケモノの腕が顔の真ん中を貫通し、大穴が空いた。
だが、すぐに周りの濃紫の霧が泡立ち、凄まじい速度で再生していく。
――パンドラは禍力によって再生する。
核を壊さなければパンドラは殺せない、と言うのは核という禍力の源泉を絶たない限り、奴らは何度でも甦るからだ。
そしてそれは、裏を返せば核を壊さない限り殺さずに済むということでもある。
「安心してくれよ、僕はアンタを殺さない」
その代わり、死ぬ一歩手前くらいまで殴り続けるが。
笑いかけ、拳を振り下ろす。
何度も、何度も振り下ろす。
無事な場所を、再生した場所を、再生が始まりかけている場所を。
頭を、目を、鼻を、顎を、首を、拳を、肩を、腕を、腿を、足を、股間を、腰を、膝を、腹を。
殺さないように、殺せないように。
何度も、何度も、何度も、何度も。
数え切れないくらい、いつまでも。
『止マレェエッ!!!』
ふいにガクン、と全身が停止した。打ち下ろそうとした拳が、中空に縛られる。
僕は速攻で解除し振り下ろすも、その一瞬のうちに汐霧父は距離を取り、体勢を立て直していた。
『ハァッ……ハァッ……!』
「…………」
Sランクのパンドラは、肩で息をしながらも何とか再生を終わらせる。
ゴミを見る目で見ていると、唐突に奴は口を開いた。
『……コレガ『パンドラアーツ』ノ
「ハッ、そんな大層なものじゃねぇよ」
過大評価されても困るので言っておく。
だが汐霧父は
『謙遜ハイイ。マサカタダノ身体能力ノミデココマデ追イ詰メラレルトハ、夢ニモ思ッテモイナカッタ』
「自分の弱さを僕に押し付けるなよ」
「……イヤ、驚クベクハソレヲ可能ニスルダケノ禍力量カ。一体、ドウスレバソコマデ増ヤスコトガ出来ル?』
「聞けって。あと、特別なことは何もしてないよ。アンタもヒトガタなら禍力を増やす方法くらい知ってるだろ?」
魔力と反発させ、反作用で禍力を増やす。意識的にしろ無意識的にしろ、全てのパンドラがやっていることだ。
僕は、それをずっと行ってきただけに過ぎない。
そもそも僕は半分がパンドラとはいえ、半分は人間なのだ。
故にコイツのように『核さえ無事なら大丈夫』というわけにはいかない。脳味噌や心臓と言った即死級の急所を抜かれれば、その瞬間に死んでしまう。
では何故こうも汐霧父を圧倒出来ているかといえば――それは彼が弱過ぎるからという、ただそれだけの理由だった。
「で、どうする? アンタじゃ僕には勝てない。身体能力、再生力。禍力の量、密度、練度。あらゆる差がお前を殺すよ」
『言ッテクレルナ……』
「事実だよ。それも僕が強いんじゃない、アンタが弱過ぎるだけだ。正直、今のアンタなら汐霧の方がよっぽど強い」
ここに来るまでの汐霧の戦闘、そして先日殺されかけた時のことを思い出しながら、言う。
もし今相対しているのが“英雄”と呼ばれていた頃の汐霧父であれば、僕はもっと苦戦しただろう。
汐霧が使っているのを見ただけだが、あの【
それを今の汐霧以上に使いこなせていたのだから、かなり高位の魔導師だったはず。
――『汐霧』の魔導師の強さは多様な魔法と武器、そしてそれらを状況に合わせて使い分ける判断力にある、と。
そう聞いたことがある。
今の汐霧父にあるのはワンパターンな禍力の放出に力任せの体術、練度の低いマガツ。
その強さとやらはどこにも残っていなかった。
「例えどんなに強い力を得たとしても、それを無闇に振るうだけじゃ子どもと同じだ。そんなんで殺せるほど僕は弱くない」
『……ソウ、カ』
呟き、押し黙る汐霧父。自身のダメなところを理解してくれたのなら何よりだ。
最も、それを改善するだけの時間を与えるつもりはないが。
後方の汐霧の様子を確認する。溢れる禍力を凝縮し、体に力を込める。
決着に向けて必要な要素を、全て満たしていく。
対して汐霧父は何もせず、たた立っているだけだった。諦めたのだろうか?
それなら楽で助かる、などと楽な方向に考えを巡らせていると、おもむろに彼は話し始めた。
『……ソウダナ。私一人デハ君ニ勝テソウモナイ。ソノ通リダ。認メヨウ』
言葉とは裏腹に、汐霧父の周囲から立ち昇る禍力は増えていく。
乱射か砲撃か、はたまたマガツか。どれが来ようと負ける気はないが、油断はしない。万全の状態で迎え撃ち、そして破る。
果たして、放たれたのは僕の予想通りのものだった。
『縛レ』
普段の言葉とは明らかに違う、力ある言葉。
マガツだ。状況証拠のみだが、恐らく効果は言葉の内容を現実にするというもの。
僕はそれに対処するために、チカラを使おうとして。
――トン、と。
背後から何かが触れる軽い感触が、僕を襲った。
「……!?」
マガツじゃない。違う。
息遣い、体温、鼓動、柔らかさ。両腕の上から胴に回される細い腕。
人間。少女だ。
そして僕の後ろにいたのは、
「……【バイン、ド】」
か細い声。僕は振り返る。
そんな僕の視界いっぱいに、綺麗な銀髪がふわりと靡いた。
魔法が発動する。
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