ゴールデンブラスト
◇
「汐霧はダメな食べ物とかある?」
「取り立ててはないですね。強いて言うなら……野菜類はあんまりです」
「ああ、だからそんな体型なわけだ……オ゛ッ、ちょ、待っ……! 肘は、反則っ……!」
肝臓に肘はいろいろと出ちゃいけないものが出ちゃいそうになるからやめてほしい。主にゲから始まる胃液とか。
「生活用品その他は?」
「それなら後で送らせるので大丈夫です」
「金持ちは違うねぇ、やっぱり」
うっらやっましー、と空々しく嘯く。
……さて、さっきから何故こんな、仲の良い友達同士でお泊まり会でもするような会話が繰り広げられているのかといえば、そのまま。
僕が契約を破って逃げ出さないか監視するためにという理由で、今日から汐霧が同居することになったのである。
……そうはならなくない?
いや、なってるんだけど……。
「はいとうちゃーく。ここが今日から僕らの愛の巣でーす」
「…………」
「こっっっわ。もっと笑っていこうぜ。ほら、こう頬をにゅーっと」.
「死んでください」
寸分違たがわない場所に叩き込まれる肘。悶え悦びながら、僕はこれまでの経緯を回想する。
……もちろんの話、思春期真っ盛りの健全な青少年として僕は断固として拒否しようとしたのだ。
『――断る! 絶対、断固拒否する!』
『何故ですか? 理由は?』
『あのね、僕ら一応思春期の男女なんだからね? 同じ屋根の下で一緒に暮らすなんては不健全だし刺激が強過ぎる。僕が寝不足になっちゃうだろ?』
『なら寝不足になってればいいです。私はあなのことなんかどうでもいいので関係ないですし』
『は、なんだビッチかよ。契約云々も体目当てだったのかな。僕って顔いいもんねぇ。はは、けどごめんね? 間に合ってるから是非とも恵まれないチェリーにやってあげるといい』
『そうですね。ほら早く案内してください儚廻』
『……あのさ、マジメな話やめてもらえない? お前みたいな外見クソガキみたいな奴でもプライベートとプライバシーって言葉くらいは知ってるよね?』
『そこまで嫌がるなら考えなくもないですが』
『うん、そうして欲しい』
『その場合、24時間監視の者を付け、索敵魔法、私設の監視カメラによる追跡を常時行いますが』
『……………………』
――以上である。
さすがにそんなことをされて気に掛けないほど僕は鈍感にはなれない。渋々妥協したわけだ。
「さて、そうこうしている間に我が家の前に着いたけど。入る前に幾つかの注意をしておく」
「……? なんですか、改まって」
「僕の家で暮らすなら絶対に守ってもらいたいことだからね。ここで遵守するって約束してくれないとウチには入れられない」
「内容によります」
「じゃあまずその一。ウチの中で見たものは絶対に口外しないこと。コレは守れる?」
「はい、それなら。プライバシーは誰であろうと守られるべきです」
……お前が言うなよ。
口をついて出掛かった言葉を必死に飲み込む。コイツと違って僕は大人なのだ。
「……ごほん。その二、0時には完全消灯。電気代が勿体ないからね、トイレ以外の出歩きは一切禁止だ。破ったら翌朝のご飯はないと思って」
「罰がえらく家庭的ですね」
「ママと呼んでくれても構わないよ」
「気持ち悪いです。死んでください」
「……あの、さっきから死ね死ね言い過ぎじゃない……?」
やっぱり初対面でお金要求したのが不味かったらしく、好感度はゼロどころかマイナスに振れきっているようだ。
まぁぶっちゃけどうでもいい。次だ次。
「えーと、他にも立ち入り禁止の部屋とか幾つかあるけど……まぁ、それは後でいっか。とりあえずこの二つだけ守ってくれたら後は自分の家と思ってくれていいから」
「そうですか。では、遠慮なく」
「うむ」
鷹揚に頷いて玄関のドアを開ける。その奥から、何となく落ち着く自分の家独特の匂いが広がる。
長い一日だった。過剰でも余剰でもなく、心からそう思う。
実技テストでボコられて、退学届を提出して、お嬢さまと喧嘩して、パンドラ共を駆逐して、汐霧のお姫様に脅されて、と。
なんだかんだ、心から安らげる空間に戻って来れてホント良かった――
「後ろがつかえてるのですが」
「……チッ、サーセン」
嗚呼、さようなら。安らぎのマイホーム。
世の無常にしんみりとしながらリビングルームに入る。
「……ハルカ?」
と、そこには既に先客が居た。
ソファに寝転がっていた少女と幼女の中間ほどに見える女の子が、部屋へと入ってきた僕に視線を向ける。
詳しくは僕も知らないが、年齢は大体12か13くらい。日本人形みたいな黒髪を腰ほどまで伸ばしている。気怠そうに開かれた瞳は深い紅で、肌は病的なまでの真白色。
その上に着ているのはシックな黒色のメイド服で、この少女が持つ独特の雰囲気とよく似合っている。
彼女の名前はクロハ。ちょっとした事情により一緒に暮らしている女の子だ。
「帰りが遅かったから心配したのだけど、何か――」
ゆっくりと起き上がりながら話すクロハ。
彼女は僕の背後に目を向けた瞬間、彼女は目を見開いて絶句した。
「……ハルカ。あなたの後ろの、ソレは?」
「んあ? 後ろって……」
背後霊でもいたのかな、と振り向く。
すると、そこには――
「……こんな小さい女の子にそういう服を着せるなんて……いい趣味してるんですね」
「ひっ」
途轍もなくポリスな誤解を抱いたらしい、とっても般若な汐霧憂姫さんが立っていた。
ちなみに2122年現在、ロリコンはやっぱり犯罪です。
「……まぁ待て。違うから。コイツの格好が僕の趣味とかじゃないから。断じて好きとかじゃないんだからねっ!」
「もう弁明の余地はなさそうですが……じゃあ、何故この娘はこんな格好を?」
「いやね、コイツは居候でして。だから家賃代わりにメイド業をさせているっていう、そう、それだけ。ただそれだけだよ?」
以上、多少ぼかしたり脚色したりはしたが、全て真実である。そこに僕の趣味など一欠片程度も介在していない。
メイドも貧富の差がえげつない今の東京では普通の職業だ。娘を売り飛ば……失敬、出稼ぎに行かせる親も多いから結構小さい子がやってることも多い。
……それにしても、もし今僕の部屋にあるメイド物のブツが露見したらどうなるのだろう?
とりあえず僕が死ぬってことだけはハッキリとしているな、うん。ドキドキしてきたぜ。
「メイドだからメイド服。これは真理です。オーケー?」
「……こんな小さな子に下女の真似事を?」
「そうそう、その通……ねぇ、話の途中で突然どこに電話しようとしてるのかな……?」
「すみません、警察ですか」
なんと。お相手はまごう事なき国家権力だった。まさかギャグでも何でもなく即決で通報するとは。
全く、偶然我が家に電波ジャミングを張ってなかったらどうするつもりだったんだ。あっぶねえなぁ。
「……チッ」
少しして電波が通じないことに気付いたのか、渋々携帯端末を仕舞う汐霧。
何だかすっごい警戒した眼差しを向けられるが……何を勘違いしているのか。ったく、自意識過剰が過ぎるっつーの。名家のお嬢様は全くもう、これだから……
「あのね、誤解のないように言っとくけど僕の好みは妹か年上のお姉様方だけだからね。74ごときのお前に手を出すことなんてありえないよ
「……っ!? な、なんでそれを……!」
そんなん見りゃ分かる。これはとっても自慢な技能なのだが、僕は女の子の身体情報を見ただけで割り出せるのだ。
もちろん他人の身体的特徴をあげつらうのは最低の行為である。しかし悲しいかな、マナーを守っているだけでは絶対に勝てないのが戦争だ。時に非道な行いも躊躇ってはいけないのである。
「大丈夫、心配するな。女性の胸の性徴、もとい成長は大体15歳には止まるとされている。つまりこれからどれだけ時間が経とうと、僕が君を性の対象として見ることはあり得ないんだ」
「……っっ……!」
最早何を話しているのかもよく分からないまま会話は進む。
僕は社会的に大切な何かを犠牲に、会話の主導権を奪い取っていた。
の、だが。
「……ねえ」
「ん? 何かな、クロハ」
トコトコと僕の後ろからクロハが、心なし軽蔑したような表情で現れた。
「……あなた、この前は80以上は垂れるから嫌いって言ってたのに――」
「ほーらクロハよトマトジュースだぞー!」
「よこしなさい」
即座に彼女の好物である紙パックを与えて話題を逸らす。
……ふぅ、危ない危ない。僕は晴れやかな顔で額の冷や汗をぐっと拭った。
全く、アレは冗談だというのに。その時に説明もした。僕は危ない子供スキーなんかじゃ決してない。
まあいい、何とか上手く誤魔化せたかな?
「……とりあえず、あなたが全ての女性の敵だということは理解しました……」
「ひっ」
――鬼を見た。
現世に現れた、小さな小さな本物の鬼を。
彼女はゆらり、ゆらぁりと身を揺らす。
汐霧の今の表情は見えない。俯いてるせいで、前髪が顔の半分くらいを隠しているからだ。それがもう――本当に怖い。
「……弁明は?」
「あっはははは、ははははは…………ぶっちゃけスタイルより顔だよね」
「
「はぅあっ」
……汐霧が、何を、どうしたとは言わない。
ただ、彼女は放ったのだ。およそ人類の約半数に対して、致命的な一撃を。
僕はその場にぶっ倒れ、気絶した。
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