ユウヒに染まる出会い

「ま、上出来かな」


 敵が完全に死んだのを確認して、僕は鋼糸を回収する。

 うわ汚っ。全身細切れにしたせいでべたべただ。


 この魔法で殺すとこうなるから極力使いたくないんだよなぁ。

 まぁ、強い攻撃魔法が殆ど使えない僕には無理な相談なのだが――


「……さて、と」


 今回の件、僕の出番はこれで終わりだ。後は報酬を受け取ってさっさと帰るに限る。


「そんなわけで……汐霧憂姫さん、ですよね?」

「……っ、つ。……は、い」

「じゃ、ちょっと大人しくしててください。運ぶんで」

「……え? きゃっ」


 漏れ出ている言葉を無視し僕は汐霧を抱え上げた。

 汐霧は小さく暴れるも、受けたダメージのせいか無視できる程度。学院最強の名が泣いてるぜ。


 まあそれは置いといて、だ。

 意識は存外はっきりしている。

 この分なら問題なくいけそうだな。


「……いきなり、なにを……」

「まぁまぁ、堅いことは言いっこなし。困ったときはお互い様だよ。同じ偉大なる都民様なんだから助け合うのは当たり前ってことで。あははは」

「…………」


 べらべらと、どうでもいいことを含めつつ喋る。あわよくばこれで警戒が解けないかなーと……無理かな、無理か。そりゃそうだ。


「あ、体の方は大丈夫? 一発貰ってたけど」

「はい……どうにか。あなたは……同じ学校の方、ですか?」

「儚廻遥です。どうぞよろしく」

「はい。よろしく…………はかな、み?」


 ああ、なんだ。どうやら僕の名前は知っているらしい。僕は学院じゃ悪い意味でとっても有名だからそれほど不思議ではないか。

 うーん、友達はみんな良い意味で有名なのになぁ。朱に交われば赤くなる、なんて言うけれどドブ色はどう足掻いてもドブ色らしい。さもありなん。


「じゃあ改めまして。どうも、学院の汚点として有名な儚廻遥です。短い付き合いでしょうけどお見しりおきくださいませ〜」

「……嘘、です。Eランクなんかが勝てる相手じゃ」

「あ、偏見は良くないなぁ。人間やろうと思えば何でも出来る――ああ嘘です嘘うそじょーだん。単に不意打ちがたまたまいい感じに決まっただけです」


 そう言い訳するも、疑惑の瞳で睨まれる。まあ流石にそんなぽやっとした理由じゃ納得出来ないか。

 でも、本当にそれだけだ。

 たまたま僕の武器が一対多に向いてて偶然不意打ちがいい感じに決まって奇跡的に一撃で殺せた――なんていう、ただそれだけのこと。


 その不意打ちにしたって、上手く決まったのは汐霧が囮の役割をしてくれていたからに他ならない。

 仕込みなしで真正面からやり合っていたらこうはならなかったんじゃないかな。知らんけど。


「つまりはタネも仕掛けもないただの運任せにございます。信じてくれると嬉しいな」

「……胡散臭いです」

「あそ」


 残念ながら納得はしてくれなかったご様子。最近の良家のお嬢さんは頑固者が流行りみたいだ。

 はは、クッソどうでもいい。


「まぁ疑いたいなら思う存分疑ってくれ。本当にそれだけでしかないんだし」

「……はい。理解はしました」


 納得はしてなさそうだ。別にそれでいい。

 大切なのはそんなことではなくて、だ。


「さて、この話はこれくらいにしてそろそろ次の話に移りましょうか」

「……次の話?」

「はは、Aランクの魔導師にしては察しが悪いなぁ。ほら、報酬のお話ですよ」


 前提として、僕は正義のヒーローなんかじゃない。

 それは慈善事業で命を懸けたりなんかしないということだし、無償で他人を救ったりもしないということ。


 確かにどのみちパンドラは殺すつもりだった。

 だが、それならそれでわざわざ彼女が死にかけるまで待つような悪趣味な真似はしない。


 今回の件において僕は、曲がりなりにも汐霧憂姫という金持ちの令嬢サマを救った恩人だ。

 どんな大きな恩でも有効に利用しなければ等しく無意味。


 強かに立ち回らないと、この東京コロニーではあっという間に死んでしまう。


「僕は今、ちょっとしたお願いがあったりするんだ。ね、汐霧家の娘さん」

「……ああ、そういうことですか」

「そうとも、恐らくその通り。つまり、要するにね……」


 汐霧を抱えているため揉み手は出来ないため、代わりに僕はにっこりと笑顔を浮かべた。

 するとまるで、ゴミでも見るかのような視線を返された。うっは、傷つくぅ。


 自業自得を笑って済ませて、僕は言葉を吐き出す。


「――助けてあげた賃、くださいな」


 グーで殴られた。





「入金完了です」

「……おー、ありがとう」


 携帯端末を弄りながら報告する汐霧に、僕は痛む顎を押さえながら返答する。


「結局払うなら殴らなくても良いんじゃ……?」

「つべこべうるさいです」

「えぇー……」


 未だ若干ふらつく頭をトントンと叩く。

 汐霧のパンチは威力こそなかったものの、的確に顎を撃ち抜いてきた。おかげで体がぐらぐらだ。コレ地味にキツいな。


 時刻は殴られてから数分後、現在地はパンドラと交戦した地点から数百メートルほど離れた公園。

 どうやら二人揃って事情聴取を嫌がる人種だったらしく、満場一致でバックレました。


「じゃ、貰うモノ貰ったし僕家こっちなんで。サヨウナラ」

「待ってください」


 ガシリ。制服、と見せ掛けて肘関節を取られる。

 端から見れば微笑ましい構図だが、Aランクの魔導師はイカれた身体能力と相場が決まって。汐霧がちょっと頑張れば僕の右腕はオシャカになるだろう。


「……塾あるから帰っていいですか?」

「少し話したいことがあります」

「えぇ、それ頼む側の人間として」


 ぎゅうううううっ(意訳:黙って聞け)。


「あ、ちょ、待っ…………あ、あ゛あ゛っ!?」

「黙って、聞きますか?」

「アイマム!」


 拒否権とかなかった。


「……こほん。ではまず、一週間後の授業で《部隊編成》があることは知っているですね?」

「はぁ、はぁ…………ごめん、初耳」

「は?」


 すごい目で睨まれた。力は抜けているものの、未だ掴まれている右腕がズキズキと痛み出す。

 ゆとりは何かと脆いのだ。たったの数分でトラウマを作り上げることなど造作もないのである。


「二年になってすぐと、嫌になるほど告知されてたじゃないですか……」

「はは、一週間後のことなんて関係ないと思ってたからねえ」


 本当なら今日にでも退学していたはずだったし。どちらにせよ一週間後、僕は学院にいないわけだし。

 そこら辺の事情をかい摘んで話すと、汐霧は呆れ切ったような表情を浮かべた。


「……死にたいんですか、あなた」

「あっはっは」


 お嬢さまと同じような質問。

 同じことを繰り返し説明させられるのは癪だったので、僕は笑って誤魔化した。


「……そういうことでしたら、迅速にその退学申請とやらを取り下げてください」

「嫌だね。断固拒否する」

「この状況で言うことを聞かないと?」

「わお。流石はエリート様、状況把握能力はお高いようで。その傲慢さが抜ければ言うことなしだ」


 何が悲しくてほぼ初対面の奴の言うことを聞かなきゃならないのか。それも人生において割りかし大事な選択を。

 せめておっぱい大きい美人のお姉さんならワンチャンあったが、こんな色気のないチビの命令なんぞ一考する価値もない。成長アンド性徴するまで家から出てくんなペッ!


「えいっ」

「ふぎゃあ!?」

「しかし、そうですか……それなら……」


 流れるように肘の関節を外されて悶絶する僕を他所に、汐霧は何事かしら考え込み出した。せ、せめて入れ直してからにしてくれない……?

 しゃーないのでぶらぶらの右腕を鉄棒にガンガン打ち付けて無理矢理はめ込む。習って良かった応急治療。でも痛ってえ!


「……でしたら、儚廻。私があなたを雇います」

「は?」


 あまりに唐突な提案に、僕はそっくり聞き返す。


「……雇うって?」

「そのままの意味です。あなたを魔導師として雇う、と」


 雇う。

 つまり、金。

 大金。


「いくら?」

「あまりに行き過ぎた額でなければ、いくらでも」

「条件」

「学院に残り、私の部隊に所属して活動すること。どうですか?」

「ちょっと待って。今考える」


 ……コイツ、咄嗟の思いつきにしては痛いところをガンガンと突いて来る。

 今、僕にはどうしても成し遂げなかればならないことがある。そしてそれを成すためには金と、何よりいろいろな魔法技術が必要だった。


 相手は汐霧の一人娘だ。金はもちろんとして、上手く立ち回れば魔法技術なんかも手に入るかもしれない。

 それを学院で過ごすだろう無駄な時間と比べると――


「比べるのも馬鹿らしい」

「え?」

「ああいや何でもない。……そうだね、それならその部隊とやらでの任務一回につきAランク相当の報奨金で手を打とうか」


 そういうと、汐霧は面食らったような、呆れたような表情を浮かべた。


「……それ、自分の力量を省みて言ってます?」

「でも払えるんだろう? 世間の相場として知られている額なら、それは充分に常識だ」

「屁理屈です」

「何とでもどうぞ。ああ、僕は一銭の譲歩だってするつもりはないし、加えて言えばここ以外の場所で交渉に応じる気もない。貧乏人は嫌いなんだ」


 さぁ、どうする?

 少し迷った後、汐霧は深々と溜息を吐いた。


「……あなた、最低のクズですね」

「そんな奴を雇おうとする君は、さしずめ真性のキチガイかな?」


 冷たい蔑視と穢らわしい欲で出来た笑顔。

 交わって、すぐに掻き消えた。


「契約は絶対ですよ」

「命に代えても守りましょう」


 白々しくほざき、跪く。そんな僕を、彼女はやっぱり冷ややかに蔑んでいて。

 これが僕、儚廻遥と汐霧憂姫の出会いだった。

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