第5話 時を超えた約束(ユニガン)




「昨日は本当に長い一日だったな。」


  

    一行はユニガンの宿で目を覚ました。

    時刻は午前10時30分。前日の疲れからか、アルドたちにしてはかなり遅い朝だ。



「はぁああ!体に沁み渡る〜!」



    ユニガン名物お豆の王国風スープを飲んで、エイミは感嘆の声を漏らした。

    なにかと忙しいアルドたちは、食事を移動の片手間に済ませることが殆どだ。宿でゆっくり朝食を取るだなんて、今日はなんて贅沢な日だろうか。

    体力も気力もばっちり回復した3人は、早速、昨日ユニガンで出会った絵描きの青年の家を訪れることにした。




    コンコン



「はーい!・・・・・・あら昨日の!どうぞ!入ってください!」



    カチャリと音がして、ドアから昨日の女性が顔を出した。ドアが開いた途端、紙の匂いと絵の具の匂いがふわっとアルドたちを包み、なんだか懐かしい気持ちになった。



「ああ!君たち!来てくれたんだね!」



    家の中に入ると、青年が迎えてくれた。青年は顔じゅうにベタベタと絵の具をつけていた。今日も相変わらず作品づくりに勤しんでいるようだ。

    彼らはアルドたちをテーブルに案内すると、美味しいハーブティーを淹れてくれた。



「さっそくだけど、君にお土産があるんだ!」



    アルドは青年に、コリンダの原で手に入れた石を手渡した。青年が袋の中から取り出すと、石は窓から差し込む光を反射して、きらきらと眩しく輝いた。



「これはまさか・・・・・・?!」


「ああ!この石で顔料が出来るはずだ!」


「この色、この煌めき・・・・・・間違いない!まさか本当に手に入れてくれるだなんて!!ありがとう!!ありがとう!!」



    青年は興奮した様子で目を輝かせ、手のひらに乗せた石を何度も見つめ返した。



「これを使って、きっとコンテストで入賞してみせるよ!よし!俄然やる気がでてきたぞー!」



    彼は今すぐ描きたくてたまらない!というように、ぐるぐると肩をまわした。

    その様子に、アルドたちもなんだか嬉しくなった。




「実は、他にも渡したい物があるのよ!」



    エイミは鞄から1枚の絵を取り出し、2人に広げて見せた。昨晩イリサから受け取ったものだ。

絵が目に入った瞬間、2人は息を飲んだ。



「これは・・・・・・。」


「とっってもきれいだわ・・・・・・。」



    それはユーラスとイリサの大切な思い出の場所、コリンダの原の風景画だった。


    『悲哀のイリーシャ』は、さすがにイリサと引き離すわけにはいかなかったが、代わりに選んだこの絵も、負けず劣らず素敵な作品だ。まるで絵本の中のような幻想的な景色は、2人の目を釘付けにした。



「不思議ね。初めて見たはずなのに、昔から知ってる場所のような気がするわ。」


「僕も。なんだかすごく懐かしい気分だ。」



    彼らはすっかり絵を気に入ってくれたようだった。美しいコリンダの原の絵を見ていると、そこにユーラスとイリサの姿が見える気がした。




「ごめんね。やっぱり『悲哀のイリーシャ』は手に入れられなくって。」



    エイミがぽつりとそう言うと、男女はキョトンとした顔で尋ねた。



「───悲哀のイリーシャって?『幸福のイリーシャ』のことですか?」



「幸福の・・・・・・イリーシャ?」  



    アルドたちは思わず顔を見合せた。



    悲劇のまま終わるはずだったイリサの未来は、様々な不思議な縁と、アルドたちの頑張りによって、180度変化したのだ。



「あの後イリサは、きっと幸せな生涯を過ごしたんでしょうね。」


「うぅ・・・本当にヨカッタデス!!」



    3人はなんだか胸がいっぱいになった。

    




「この風景画、『幸福のイリーシャ』と同じ作者のものですよね?こんなにすごい物、本当に頂いて良いんですか?」



    女性は受け取った絵を見ながら、恐る恐る尋ねた。



「ああ!もちろん!大事にしてくれる君たちの手元にあるのが一番いいと思うんだ!」


「本当に、どうお礼をしていいやら・・・・・・!」



    男女は感激した様子で互いに目を合わせ、微笑みあっていた。





「────ところで、2人は恋人同士なの?」


「えっ?!」



    エイミが唐突に尋ねると、2人の顔はリンゴのようにボッとあかくなった。



「い、いえ、私たち、幼なじみなんです!」


「そそそそうなんだっ!いてっ!!」

 


    青年は壁に思い切り頭をぶつけ、痛みでその場にうずくまった。彼のあまりの動揺っぷりに、アルドたちは思わず吹き出してしまった。


    青年は恥ずかしそうに立ち上がり、しばらく照れていたが、ふいに真剣な表情になり、女性の肩をガシッと掴んだ。




「今は・・・・・・今は幼なじみだけど、僕がもしコンテストで賞を取ることが出来たら、恋人になってくれますか?」 


「えっ・・・・・・」



    女性は驚き、ポッと頬を赤らめた。

    突然のことに、アルドたちの鼓動まで早くなった。 


    青年の綺麗な琥珀色の瞳は、しっかりと女性の目を捉えて離さなかった。



「しがない絵描きのままじゃダメだと思って、今まで言えなかったんだ。けど・・・・・・僕、必ず賞を取って、立派な絵描きになる!ずっと君の隣にいて、君を幸せにするよ!」



    それを聞いた女性は、照れたように、ふふっと優しく笑った。



「ええ。私だって。あなたを誰よりも幸せにするわ!」




    それはなんとなく、どこかで聞いたフレーズだった。目の前の幸せな男女が、突然、ユーラスとイリサの姿と重なって見えた。




「ねえアルド、この2人ってもしかして・・・・・・。」



    エイミはアルドの耳に囁いた。



 「・・・・・・ああ。きっと、きっとそうだと思う!」



    アルドは白い歯を見せて、ニカっと笑った。



    ミグランス城の鐘の音が、昼の12時を知らせていた。ポカポカと暖かな陽気が春の訪れを感じさせる。

    心地よい鳥のさえずりは、時を超えて、ようやく約束を果たした2人を祝福しているようだった。



    作品づくりに励む青年にしっかりエールを送り、アルドたち3人は、彼の家を後にすることにした。


    アルドがドアノブに手をかけた時、女性が小さな袋を3つ、手渡してきた。なんだか良い匂いがする袋だ。



「これは・・・・・・ポプリ?」



    袋の中には鮮やかな紫のドライフラワーが入っていて、中を覗くと優しい香りがふわっと広がった



「はい!ラベンダーのポプリです!すごく良い香りでしょう?受け取ってください!」



「ラベンダー・・・・・・。」



「ええ。ユニガンの西の方に、ラベンダーの専門店ができたんです!すっごく元気な女性が売ってるんですよ!」



    アルドたちは、顔を見合わせて笑った。



外に出ると、暖かな風がアルドたちを包んだ。ユニガンの街は今日も多くの人で賑わっている。


これから出会う様々な人と、新たな冒険に思いを馳せ、アルドたちはまた一歩、踏み出した。



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時を超えた約束 いりこ @irico_

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