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食事のあと、グラスの中身を飲み干してから僕たちは勘定を済ませた。
席を立つ際に、彼女が僕に二千円をさし出した。さりげなくテーブルに滑らせる動作だった。
僕は、いいよと言って首を横に降ったけれど、安藤はさらに首を横に降ったので、今度は僕が首を縦に降った。
ごちそうさま、と行って店を出た。木枯らしが吹く中、歩いて駅の雑貨屋まで向かうことにした。寒かったけれど、5分もかからないだろう。
安藤は明らかに寒そうにしていたけれど、僕はマフラーを貸せなかったし、手もつなげなかった。安藤はポケットの中で手を繋ぐのが好きだった。
それを思い出して。僕は自分の手を、コートのポケットに入れた。安藤は鞄から手袋を取り出して両手にはいた。
「キレイだね」
「ん?」つられて僕も見上げる。
「月」
「めずらしいね。赤い」
「うん。赤い。太陽みたい」
「月は太陽の光で輝いているのに、どうしていつもの月は赤じゃないんだろうね」
「そうだなぁ」
僕はつぶやく。すると横で安藤が考え込むそぶりを見せた。僕は思いついて口を開いた。
「可視光だからかなぁ?」
「カシコウ?」
「そうそう。可視光。僕たちが認識している光のこと。太陽だってエックス線でみたら青く光って見えるから、月もきっと青く見えるよ。見方の違いじゃないかなぁ?」
「へぇー。なんだか難しいな」
「そうだね。光の波長によって、見える色が違うんだ。赤とか、青とか」
「波長で変わる?」
安藤が僕を見上げた。懐かしくて胸が躍った。
「うん。月が反射するのは、太陽の波長の長い部分だけなんだって、だから黄色とか赤とかに見えるんだ」
「へぇー。難しいけど、なんかロマンティック」
安藤は満足したのか、しばらく上を見ながら歩いていた。僕はなんだか嬉しかった。ビルの間から見え隠れする月は、なんだかとてもキレイに感じた。
月見に満足すると、安藤はすぐに別の話題をふった。少し、無理をしているかもしれない。気のせいだといいけれど。もし彼女が、僕のように話題を考えて来ていたとしたら、それは少し寂しい気がした。少なくとも昔は、そんなことはお互い考えなかったはずだ。
ビルの自動ドアを抜けると、一気に暖気が押し寄せた。僕はすぐにマフラーを取って、コートのボタンもあけた。
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