3ページ
「なんか緊張するね」
「うん。よかった。僕だけじゃなくて」
僕は心の底から本音を言った。
「あなたも緊張するのね」
「いままでだって、してたさ」
「初めて会ったときに、似てるね」
「初めて会ったときかぁ……」
そう言いながら、高い天井に視線を這わせる。プロペラが音もなく回転して、空気を僕の頭の中を混ぜている。安藤が面白がるように口を開いた。
「あなた、私の鞄から落ちた携帯電話、踏んじゃったのよね」
「そうだっけ?」
僕が本当に驚いたから、彼女は少し唇を尖らせた。そういった仕草は昔となにも変わっていない。
「そうよ。今日みたいに寒くって、夜だったの。私の鞄から電話が落ちちゃって」「あ」
僕は、脳の隅っこで見つけた記憶のかけらを、ひっぱりあげた。あの時、バリンという音をたてて、安藤の携帯のディスプレイが割れる音が足もとから聞えたのだ。
月明かりでそれがようやく見えた時、僕は一瞬別世界にトリップした。
「あれは緊張っていうより、焦ったよ」
「あなた、冷や汗だらけだったわ。顔がもう。ひどい顔だったの」
「本当にどうしようかと思って、とりあえず二人でショップに行ったんだよね」
「そうよ。私、カンカンだったわ」
そう言って笑っている。彼女は鞄から携帯を取り出して見せた。ウエイターがやってきて、グラスに水を注いだ。
取り出した携帯はその時に機種変更をしたものだった。真っ黒の携帯から、真っ白な携帯に変えたのだ。
安藤は壊れたデータの復元ついでに僕とアドレスを交換した。
鞄から取り出した真っ白な携帯には、その後に僕が安藤にあげたクリーナー付きのストラップはもうついていなかった。
「あのときは、私、なにをしていたんだっけ」
安藤が首を傾げる。そのまま、頬に左手を添える。薬指が光る。僕は無意識に目をそらす。
「たしか仕事帰りで、雑貨屋に行くって」
「そうだわ。プレゼントを買いにいったの」
そう言った安藤の目が、ますます大きく見開かれた。僕が問いかけると、安藤は満面の笑みで雑貨屋に行きたいと言い出したので、僕は了解した。次に行く場所が決まってなくて、実は困っていた。意外とスムーズに時間を過ごせていることに僕は安心した。
少ししてから、フードメニューが運ばれてきた。
僕はパスタ。安藤はリゾットだった。ピザを頼んで分けようかと聞いてみたけど、彼女は「そんなに食べられそうにないなぁ」と乗り気じゃなかったので諦めた。
食事中は、ほとんど無言に近かった。安藤がリゾットをふぅーっと冷ますのに息を吹きかけたら、米粒がひとつ飛んだ。それを見て笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます