みらいの声

初音

みらいの声


 私は、料亭の個室で彼女を待っていた。

 先輩記者と一緒に接待された時のような高級料亭というわけではないが、やはり料亭、個室、というと少し緊張する。なんて、緊張しているようでは私もまだまだだ。


「北原様。お連れ様がいらっしゃいました」


 店員の声がして襖が開くと、パッと嬉しそうに笑う彼女が現れた。小綺麗で高そうな淡いブルーのスーツを着こなしている。二着目半額なんて謳い文句に釣られて買った私のねずみ色のスーツとは大違いだ。


「美奈さん!お待たせしました」

「いえ、先ほど来たばかりですから」 


 私がまあ座ってくださいと促すと、彼女は丁寧にスカートの皺を伸ばしながら正座した。ニコニコとした笑顔はテレビでよく見る顔だが、そこに疲れの色が浮かんでいることは直接会わなければ誰も気づかないだろう。


 彼女の名は、南れい子。四捨五入して三十歳のことをアラサーと呼ぶのなら、私も彼女もそろそろアラサーを名乗るのが苦しくなる頃合いだ。けれど、政界という特殊な場に限ればれい子は超がつく程の若手である。私も、今の会社に転職してまだ日が浅いのをいいことに若手ぶっている。


 こういうところでは頼まなくても勝手に料理も酒もお店が見繕って出してくれる。最初の小鉢が来てまもなく、私は世間話とばかりに今日の国会中継の話題を出した。


「れい子さん、今日は鈴木総理にズバッと言ってましたね。『保育園を増やすのも結構ですが、ハコモノばかり増えても仕方がないでしょう!』って。さすが新民党期待のエース」

「やだ美奈さん、今日は林田先生がお膳立てしてくれたから上手くいったのよ。それに保育士の給料改善は、私のマニフェストの目玉だからね」


 お互い、同世代の女性というものにほとんど出会えない業界だからか、取材などで顔を合わせているうちになんとなく意気投合して下の名前で呼ぶようになった。北原、北原、と名字ばかりで呼ぶ先輩たちは私の下の名前など知っているのだろうか。


「政治家がれい子さんみたいな人ばっかりだったら少しは日本もよくなるでしょうね。皆口では国民のためとか日本のためとか言うけど、頭の中では利権団体の得になることしか考えてないんだから」

「ふふ、美奈さんのそういうハッキリ物を言うところ、いいわよね。でも他の先生の前で言っちゃダメよ」

「それはわかっています。私も記者の端くれですから、空気は読みます。しょうもないヘマで仕事を失うわけにもいきませんし」

「流石。仕事、好きなのね」

「ええ。れい子さんのような日本の未来のために真剣に取り組んでらっしゃる政治家を、もっと世の中の人に知ってもらいたいですから」


 嘘だ。

 私はそんな崇高な理由でこの仕事をしているわけではない。 


 十五年前の真相を掴んで、世間に暴露したい。そして、父の敵を取る。それが記者になった理由。最初は小さな雑誌社で週刊誌の記者をやっていたが、せいぜい芸能人のゴシップネタしか入ってこなかったから、なんとか人脈を駆使して新聞社の政治担当記者になった。


 ちなみに。れい子の口から出た「林田先生」というのが倒すべき敵である。

 十五年前、林田は私の故郷の県知事だった。その時に、県内最大規模の病院との間に黒い金の流れがあったことを、地方新聞の記者だった父が突き止めた。地方のこととは言え、四十七都道府県知事の一人ともなれば、その醜聞は全国に広まる。父が「美奈、一大スクープだ」と言った時の興奮したような緊張しているような顔は、今でもよく覚えている。


 しかし、父のスクープは世に出る前に揉み消された。地方紙のいち記者を潰すことなど、林田には造作もないことだった。今思えば、新聞社の上層部と林田はずぶずぶの関係だったのだろう。父は新聞社をクビになり、酒に溺れ、別人のようになってしまった。


 私が敵を取れば、父は正気を取り戻してくれるかもしれない。そんな淡い希望もある。だから、私は林田を追っている。

 れい子に近づいたのも、林田の弱みを何か握れるのではないかという期待からだ。


 もっとも、れい子から林田の情報を得ようという作戦は、諸刃の刃だから慎重に行かねばならない。林田の右腕として確かな地位を築きつつあるれい子に、万が一本心を悟られてしまったら、証拠を掴んだとしても父と同様に揉み消されてしまうかもしれない。

 彼女を国会議員たらしめたのは林田の力が大きく、れい子は林田に頭が上がらない。若くて御しやすいと考えたのか、林田はれい子をかわいがり、一昨年の衆議院選挙では新民党期待の新星だとして積極的に応援演説をしていた。そこそこ容姿に恵まれたれい子は客寄せパンダとしての役割を十分に果たしたのだった。


 私は当たり障りない世間話にいくらか花を咲かせたあと、今日の本題に入った。


「れい子さん、実はお話があって。うちの政治面に、第二・第四金曜日に載る『みらいの声』というコーナーがあるんですが」

「ええ、もちろん存じてます。次世代を担う政治家のことを取り上げてくださるコーナーですよね。まさか」

「はい。来月の九日分に、れい子さんを取り上げさせていただきたいと」


 れい子は、「まあ嬉しい」と顔を輝かせた。「みらいの声」のコーナーは、毎回若手の政治家を取り上げている。選挙の公示期間中は不公平になるからと休載になるが、ここに載れば顔と名前を憶えてもらえると、若手政治家には好評だし、購読者からも、「こんな政治家がいるなら、応援したい」などという声が届く。それなりに人気のコーナーだ。


「ご存知でしたら話が早い。『みらいの声』は全編インタビュー形式にする時と、基本的な質問はこちらでインタビューさせていただいて、あとは先生自身のメッセージを載せさせていただく時があります。どちらにするかは先生のご希望を伺って決めているのですが、れい子さん、どうされますか」


 私は企画書と、前回、前々回の「みらいの声」の切り抜きを差し出した。前回は弱冠三十八歳の某政令指定都市市長を取り上げた。こちらは全編インタビュー。前々回のは、半分が本人のメッセージ。次に内閣改造があれば入閣か、と言われている某議員の熱い思いが綴られている。

 れい子は、切り抜きをじっくりと見ながら黙り込んでいる。私は思い出したように刺身を口に放り込んだ。せっかくのいい刺身であろうに、みずみずしさはとうに失われている。日本酒で口を潤すと、私はれい子に声をかけた。


「れい子さん、今すぐお答えいただかなくても構いませんよ。お決めになったら携帯に連絡いただければ……」

「決めました。こちらの形式にします」


 れい子は、前々回の切り抜き、つまり、半分は自分のメッセージを載せたい、ということを告げた。とりあえず、よかった。他の人を探さなくて済む。


「ありがとうございます。それではできれば月末頃に一度原稿をいただけると助かります。それと、こちらは基本質問事項になります」


 私が質問シートを切り抜きの隣に置くと、れい子はそれをまじまじと眺めた。


「『あなたは、なぜ政治家になったのですか』ね」

「はい。それはどなたもお答えいただいてます」

「私ね、母子家庭で。母は、とっても苦労して、がんばって、私を大学まで出してくれた。母の苦労を見てきたから、片親家庭がもっと暮らしやすくなるような社会を作りたいの。未就学児から大学生まで、育てやすい社会にね。待機児童をなくすには、保育士の充実が不可欠だと思うし、その後大きくなって大学に行きたいってなっても、奨学金は結局借金じゃない。無利子の奨学金や、給付型の奨学金、そういうのを増やしたい。そう思っているの」

「素晴らしい志だと思います。ぜひそういう思いの丈を書いていただけると、こちらも記事にし甲斐があります。それに……」


 言いかけてしまってから、私は躊躇した。今なら自然な流れで探りを入れられるのでは。どうだろう。


「なあに?」


 れい子に促されてしまったので、私は腹を決めた。


「れい子さんなら、きっとできると思います。林田先生も、少子化対策に力を入れられてますから、お二人がタッグを組めば、子育て世代の人たちが住みやすい世の中になると思います」

「そうね。林田先生は今、産恊……産婦人科協会にいろいろヒアリングをしてるの。不妊治療の実態調査から始めて、もっと金銭的精神的ハードルを下げることを目指しているのよ」

「やはり林田先生は医療関係の政策に強みがおありのようですね。あまり詳しくなくて申し訳ないですが、県知事時代は医療従事者の待遇改善に尽力されたとか。林田先生のご活躍も、弊社としていずれ取り上げさせていただきたいと思います」

「ありがとう。美奈さんのおかげで、私たちの思いが広く国民の皆様に伝わるのね」


 自分ではカマをかけたつもりでいたが、まったく手ごたえがない。無邪気に笑うれい子を見て、私は自分の腹黒さが申し訳なくなったくらいだ。

 否。そもそも、政治家の笑顔をそう簡単に信じてはいけない。と、私は思う。

 言葉を扱う仕事をしているのに、この仕事をすればするほど私は人の言葉を心から信じることができなくなっていく気がする。


***


 父の敵を討ってやる!林田の悪事を暴いて地獄に落としてやる!


 息巻くのは簡単だが、それを実現するのはそう簡単ではない。

 れい子以外にもいろいろな政治家に近づいて話を聞くことができる、という特権を得られたのに、何をどう聞けば核心に近づけるかわからない。下手を打って記者を辞めなければならないことになったら本末転倒。父と同じ轍を踏むことになる。

 だから、私はもう一つの特権を駆使している。うちの会社が発行した新聞や雑誌、取材資料が見放題の書庫に入れる特権だ。私は入社してからというもの、暇さえあれば林田に関する記事を引っ張りだしては記録していった。それでも、なかなか目ぼしい情報は見当たらない。

 今日は事件に至るまでに何かなかったかと、十七~十八年前の新聞を読みあさっていたが、やはり収穫はない。少し疲れた私は近くの踏み台に腰掛けた。スマホを操作し、保存してあるPDFファイルにアクセスする。十五年前、お蔵入りになった父の記事だ。戒めのためにも、行き詰った時に原点に戻るためにも、私はこの記事をスマホに入れて肌身離さず持っている。


 ――林田知事、東山総合病院院長への贈賄の疑い。


 見出しには、そう書いてある。

 東山総合病院院長の東山氏は当時知事だった林田に不正な献金を行った。見返りに、林田は東山に便宜を図り、東山総合病院はその地域の人口規模に見合わない立派な病院へと変貌を遂げた。あの病院は、政治家と癒着している。誰が見てもそんな疑念が浮かぶような状況だったが、決定的証拠がなく、林田はのらりくらりと追及をかわし、失脚するどころか今度は国政に打って出て見事当選してしまった。それも、結局は東山の息のかかった団体が逆に金を受け取り林田に組織票を投じたという話だ。


 この噂レベルの話に対し、父がどうやって新聞ですっぱ抜けるほどの確定情報を得られたのはわからない。父に聞いてみても、この件については口を閉ざしてしまう。私が代わりに調べたいなどと言おうものなら、絶対やめろと怒鳴るばかりで取り付く島もない。


 私はPDFを閉じると、そのままニュースアプリを開いてぼんやりと目を通した。


 ――新民党・南れい子議員。鈴木首相の政策に苦言。


 そんな見出しの下には、先日の国会で繰り広げられた舌戦の様子が綴られていた。コメント欄には、気楽なネット民のつぶやきが並ぶ。


 ――この人、パッと見やり手風に見えるけど、結局林田の子分なんでしょ。

 ――付いた相手を間違えたな。証拠はないけど、林田なんて政治家として真っ黒じゃん。


 などなど。


 ネット民に同調するわけではないが、私がれい子をイマイチ信用しきれないのはこの辺りに理由がある。

 林田について語る時、れい子は尊敬や憧れ、といった表情を滲ませる。しかし今見た通り、林田には黒い噂が付きまとっているし、百歩譲って今現在はクリーンな政治家だとしても、根っから「日本のために粉骨砕身!」なんてスタンスで活動する政治家ではないだろう。少なくとも世間からそう思われていることは、れい子だって知っているはずだ。

 選挙で世話になったとはいえ、なぜれい子は林田にコバンザメのようにくっついているのか。自身のイメージにも決してプラスにはならないだろう。


 私は、れい子自身も何かよからぬことを企んでいるのではないかと踏んでいる。

 れい子を取材していれば、もしかしたら、十五年前のことじゃなくても何か今現在進行形の特ダネが漏れてくるかもしれない。だから私は、殺伐としたマスコミの中でも私だけはあなたの理解者ですよという風にこれからもれい子と接していくのだ。


***

 

 数日後、私のもとにチャンスが巡ってきた。


「北原!林田と、産協の川谷会長がサシで会食するみたいだ。張り込むぞ」


 先輩記者の後藤さんにそう言われ、私は二つ返事で同行した。

 普通、こうした会合には秘書や部下が同席することが多い。二人きりとなれば、人に聞かれたくない話をする可能性が高いのだ。


 私と後藤さんは会合場所の料亭に近い駐車場で車を停め、林田たちが出てきそうなタイミングを見計らった。

 しばらくは、誰も出てくる気配はなさそうだ。もちろん出てきて欲しいのだが、いざ本当に出てきたらどうしようと思うと胃がキリキリとしてきた。それでも、やらなくちゃいけない。

 私は気持ちを落ち着けるべくふっと小さく息を吐いた。


 林田が現れた時のイメージトレーニングをしていると、後藤さんが「あっ」と声を上げた。外を見ると、女将さんに見送られて林田と川谷会長が出てきた。

 私たちは慌てて車を降りて林田たちに近づいた。実際、林田をこんなに近くで見るのは初めてだ。足がすくみそうになるけれど、なんとか追いかける。


「林田先生!日本新聞の者です!川谷会長と何を話されていたのでしょうか!?」

「なんだね君たちは!取材ならきちんと手続きを取りたまえ」


 後藤さんの追及をうざったそうにかわす林田。車に乗り込まれてしまうまでのわずかな間に、なんでもいい。聞き出さねば。私は食らいついた。


「県知事時代から医療政策にお強い林田先生のことですから、さぞや画期的な仕組みをお考えかと思います。少しお聞かせいただけないでしょうか!」

「県知事時代は関係ないだろう!しつこいぞ!」


 もう車に乗ってしまう。どうしよう、どうしよう。


「違法献金の疑いについて、説明責任がおありかと思いますが!」


 林田は、チッと舌打ちをすると車に乗り込んでしまった。ドアを閉めるバタンという音が無情に響く。

 去っていく車を見ながら、私は我に返った。

 やってしまった。踏み込みすぎた。


「北原、大丈夫か?」


 ぬかりなく川谷会長の方を追っていた後藤さんが戻ってきた。


「後藤さん、私、ダメかもしれません」


***


 それから私は、良くて配置換え、悪ければクビかもと戦々恐々とした日々を過ごしたが、ひとまず何のお咎めもなく月末を迎えた。 

 そろそろれい子からの原稿が届くはずだ。夕方になって、れい子から着信が入った。


「美奈さん?この前の記事のお話なんだけど、直接会えないかしら」

「私は構いませんけど。れい子さんの方がお忙しいでしょう。郵送かメールで十分ですよ」

「いいの。少し、直接お話したいし」


 直接、という言葉をれい子は強調した。私は少し不思議に思いながらも、会うことを了承した。場所は、れい子が指定してきたレストランだ。先日の料亭ほど畏まった店ではないが、各界の著名人しか利用できないお高い店で、もちろん個室だ。

 今度は、れい子の方が先に来ていた。私は待たせたことを詫びると、テーブルに着いた。店員が現れ、すでに注文されていたのだろう、目の前のグラスにワインが注がれていった。


「わざわざ来てもらって悪かったわね」

「いえ。ちょうど近くで取材もありましたし」

「それならよかった。ここのワイン、おいしいのよ。悪いけど、ちょこちょこ店員が入ってくるのも煩わしいから、先に私の方で頼ませてもらったわ」


 個室内は薄暗かったが、それでもわかった。れい子の様子は、いつもと微妙に違う。何か、焦っているような、緊張しているような、そんな感じだ。

 一通り料理が運ばれてくると、ろくに口もつけずにれい子は封筒を差し出した。二つある。「初稿」と「最終稿」と書いてある。


「あの、これは……どちらを使えば?」

「見ての通りよ。表向き、『初稿』を使って欲しいの。そして、ここからが本題。できるだけ、印刷直前の、ギリギリのところでこの『最終稿』に差し替えて欲しいの。できるかしら」

「どうしてそんな……ひとまず、拝見します」


 私はまず初稿の方を取り出し、目を通した。片親家庭を支えることで、どんな家に生まれた子供たちにも幸せになって欲しい。それがひいては日本のためになる――以前私がれい子から聞いたような話が丁寧に、わかりやすく書かれていた。新聞に載せる分には問題ない内容だ。ひとまず御の字、私はひと仕事終えられる。

 それなのに、この「最終稿」に差し替えろ、とはどういうことなのか。私は少しドキドキしながら最終稿の封筒に手を伸ばした。


「れい子さん……これ……」

「私は、それを広く世間に知らせたいの。協力してくれないかしら。『みらいの声』の紙面だけで足りないなら、これも使って」


 そう言ってれい子が私の手にしっかりと握らせたのは、USBメモリだった。


「そこにすべて入っているわ。美奈さんを、信じてる」


 私は、驚きと興奮で、バクバクと高鳴る胸を抑えながら、ただ頷くことしかできなかった。


***


 翌月九日、朝刊の政治面に載った「みらいの声」は朝からワイドショーで大々的に取り上げられた。

 私は会社で鳴りやまない電話を取りながら、備え付けのテレビにもチラチラと視線をやる。 

 アナウンサーが、若干戸惑ったような表情で、拡大された新聞の切り抜きを指して説明していた。


「えー、こちら、新民党の南れい子議員の記事……記事というかこれは告発ですね。大変な騒ぎになっています」


 私は、理解ある編集長の協力もあり「最終稿」の方を新聞に載せることに成功した。


 ――私は、父の敵を取るために政治家になりました。


 それが南れい子の「最終稿」最初の一文だった。


 ――県知事時代の林田則夫はやしだのりおの秘書をしていた父・安西広和あんざいひろかずは、地元紙記者の取材を受け真実を語りました。林田知事と、当時不正な献金の噂が流れていた東山総合病院との癒着のすべてを。父は正義感の強い人でした。地域を元気にして、日本を元気にしたいと本気でそう思っていました。政治家にはなれなかったけれど、政治家の傍で一生懸命働くことで、その目標を叶えようとしていました。そんな父ですから、林田先生の不正を看過できなかったのでしょう。

 しかし、記事は揉み消され、父はそれから林田からの壮絶な嫌がらせ……当時はまだパワハラという言葉は浸透していませんでしたが、今で言えば間違いなく酷いパワハラを、受けました。追い詰められた父は、自ら命を絶ちました。


「それでは、くだんの音声ファイルを聞いてみましょう」


 アナウンサーがそう言うと、テレビの画面が切り替わった。ICレコーダーが無機質に映っている。


『だから、産協からの金は、お前がマンションでもなんでも買っていったん逃がせばいいだろうが!なんでできねえんだよ。安西と同じ目に合いたくなかったらさっさとなんとかしろよ!』


 過日、れい子は林田が秘書を脅している現場を目撃し、すぐさま録音したのだという。その音声データが入ったのがあのUSBというわけだ。これを使わない手はない。すぐにうちのホームページで動画ニュースとして流したところ、またたく間に拡散した。れい子は勇気ある告発をしたとして一躍時の人となったのである。


 れい子も、道は違えど私と同じく十五年前の真相を掴むために政治家になってまで林田に近づいたのだ。父親の死後、母方の実家に身を寄せ、苗字を変えて選挙に立候補したという。そうした顛末を、れい子はすべて私に話してくれた。秘書が自殺しただなんて、それなりに大きく取り上げられたはずなのにどうして私は知りえなかったのだろう、と思ったが、安西秘書の死は急性心不全として片付けられ、地元紙の訃報欄に小さく載っただけなのだという。

 

 なんにせよ、だ。十五年前私の父が書いた記事は真実だと証明された。

 そして、林田は検察からの捜査を受けることになった。ほぼ黒と言われており、政治資金規正法違反の疑いで起訴されるのは時間の問題だ。


***


 私たちは、あのレストランでささやかな祝勝会を開いた。


「どうしたの美奈さん。元気ないみたいだけど」

「うーん、父の名誉を回復できたのはよかったんですけど、結局私記者なのに何もしてないっていうか、完全に棚ぼたみたいな……」

「何言ってるの。私が告発をしようと思えたのは、美奈さんみたいな記者さんに出会えたからよ。美奈さんならきっと私の味方になってくれるって信じてたもの」

「ごめんなさい。私はむしろれい子さんのこと、林田とグルくらいに思ってて、全然信じてませんでした……」

「ふふ、やっぱり、そういう正直なところ、美奈さんのいいところよ」


 私は照れ隠しも兼ねて、ワインに口をつけた。でもきっとにやりと気持ちの悪い顔をしていることだろう。


「私、これからもれい子さんのこと応援しますから!」


 本心だった。れい子のような政治家を通して、日本もまだまだ捨てたもんじゃないって、世の中にアピールしよう。父ができなかったことを私が成し遂げよう。


「ありがとう。がんばります。だって私は、明るい日本の未来のために政治家になったんだから」


 ああ、この人は大物になるぞ。私はそう確信した。







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みらいの声 初音 @hatsune

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