女ともだち

灰崎千尋

女ともだち

[mamimi@xxxxxx

この広告、悔しくて涙が出た。日本て本当にジェンダーバイアスを解決する気ないんだな……]


 嗚呼、またあの子のツイートだ。

 惰性でタイムラインをスクロールしていたのに、思わず親指が止まってしまった。胸の奥がずんと重くなって、流したいのに流せない。

 ツイート主は、大学生の頃から続く数少ない友人である、マミ。さばさばした性格で、優柔不断な私をよく引っ張ってくれる。肌がきれいなので化粧はいつも薄め。私が今どれを買おうか迷っているクリスマスコフレなんか、彼女は一切興味がないだろう。

 私たちは正反対の性格だけど、映画を観るという趣味が一致していて、ツイッターでもよく感想合戦をやっていた。私の周りには映画好きが少ないのもあって、マミとツイッターで盛り上がるのは楽しみだった。

 だけどいつからか、マミのツイートは変わってしまった。


 以前から気配はあった。彼氏のことをパートナーと言ったり、私にはよくわからないポイントで映画のヒロインに文句をつけたり。それが決定的になったのはたぶん、私が結婚したのと同じくらいの時期に、マミがパートナーとの事実婚を選んだあたりだ。「法律婚をして、仕事でも使っている苗字が変わる上に、常に夫の後ろにまわるのが嫌だ」という理由は凄く彼女らしいし、二人が納得しているならそれで良い。けれどその頃から、マミのツイートはかなり攻撃的になっていった。

 攻撃の対象は、主に日本の男、男性社会、そしてそれらに与する女。彼女のツイートはそうした怒り、憎しみ、悔しさで日々溢れていく。私はその内の一割くらいは共感できるけれど、残りの九割は恐ろしくて、悲しかった。私はマミのような考えの人とは、おそらく相容れないからだ。

 私は、結婚して夫の姓になるのが嬉しかった。手続きは確かに凄く凄く面倒だったけれど、この人の家族になったのだという実感が胸を温かくした。夫の名前の隣に自分の名前を添えるのも、決して嫌いじゃない。これは役割分担だ。夫が我が家の看板を背負ってくれるおかげで、私は余計な煩わしさから守られている。

 何より私は、男と違うのが女の魅力だと思うし、女と違う魅力を持った男を性的に見てしまうし、それを悪いことだとはちっとも思えない。

 こんなことを考えるようになったのもマミのおかげというか、マミのせいではあるけれど、それでも私は、彼女のアカウントをミュートしたりフォローを外したりはしたくなかった。そういうところが無ければ、良い友達でいられるのだから。




 コロナで新作映画の公開が次々と延期になったり、映画館に行くタイミングを見計らったりしていてようやく、私は久しぶりに映画を観た。そのことをツイートすると、しばらくしてマミからリプライが来た。


[お、アレ観たんだー。私も気になってた!

なんか久しぶりに会いたいけど、こんな状況だし……あ、オンライン飲みでもする?]


 私はオンライン飲みというのが話題になっているのは知っていたものの、実際やったことはなかったので、うきうきと了承の返事をした。そういえばツイッターで怒ったり悲しんだりしていないマミと接するのも、久しぶりだった。




 数日後、夫が泊まりがけで出張へ行く日があったので、その晩にマミとのオンライン飲みを決行した。


『かんぱーい!』

「かんぱーい」


 スマホの画面越しに見るマミは、なかなか新鮮だった。すっぴんにスウェット、手にはたぶん缶ビール。それが様になっているのがマミらしい。


『アキコは何飲んでるの?』

「これ? ほろよいの桃」

『あー、ぽいわー。私はエビス』

「いつものじゃん」

『そ、いつもの』


 アハハ、と二人して笑う。少しタイムラグはあるけれど、本当にサシ飲みしているみたいだ。


「パートナーさんは、まだお仕事?」

『いや、もう帰ってリビングにいるよ』

「え、いいの? なんかごめんね……」

『いつもこんな風だから大丈夫だよ。自分の部屋に入ったらお互い干渉しないことになってるんだ』


 夫婦それぞれに部屋があるのも流石って感じだ。それはちょっと、羨ましいかもしれない。


『アキコのところは、出張なんだっけ。この時期に大変だね』

「うん、一応体温測ってから出て行ったよ。それよりうちの主人、忘れ物多いからそっちの方が心配」


 私がそう言って笑うと、画面の中のマミはなんだか微妙な顔をしていた。苦笑い、よりももっと複雑な、でも小さな画面ではこれ以上わからない。

 それからマミは意を決したように、口を開いた。


『ねぇ、前から思ってたんだけど、「主人」て言うの、やめた方がいいよ。アキコはちゃんと働いてるし、奴隷じゃないんだからさ』


 あ、それ言っちゃうんだ。

 私は顔が引きつりそうになるのをどうにか抑えながら、こう返した。


「んー、結婚してからずっとだから、なんかもう癖で。別に奴隷扱いされてるわけじゃないから大丈夫だよ」


 動悸が激しくなって、顔が熱くなる。お酒のせいじゃない。頭の中ではマミの言葉と、それに引っ張り出された私の思いがぐるぐると巡る。直接それ、言っちゃうんだ。やっぱり前から思ってたんだ。専業主婦は奴隷だと思ってるんだ。そうか、そうなんだね。


 その後私たちが何を話したのか、正直覚えていない。でも通話を切った後に[楽しかったー!]というマミのツイートがあったので、たぶんうまくやったんだろう。


 女ともだちの距離感って不思議だ。

 喧嘩をするよりは、お互い探り合いつつ受け流そうとする。本音でぶつかるのは、最終手段。

 そう、だから最終手段が取られたということは、もう終わりにしていいってことだと思う。

 私はついに、マミのアカウントをミュートした。もう何度も確認はしていたけれど、念のためもう一度仕様を見てから。


 マミのいなくなったタイムラインは、至極呆気なく平和を取り戻した。もっと早くこうすべきだったのかもしれないけれど、私には切欠がないと決断できなかっただろうと思う。

 さよなら、ごめんね、マミ。




 とはいえ友人をやめたわけではないし、フォローもしたままなので、マミのツイートは心が元気な時期にときどき読みにいく。甘いものをつまみながら、マミの生存確認をして、お互い頑張ろうね、と勝手に思っている。本当に勝手だけれど、これが今の私たちにちょうどいい距離感なんだ、きっと。

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