第4話

第四章


https://www.pixiv.net/artworks/87935116

(死体発見現場 簡易見取り図)


「死亡したのは鯨井紗智、28歳。女性。独身。スポーツ用品会社の若社長、所謂実業家。頭部に打撲痕と、首筋に索条痕あり。ほかに目立った外傷はない。頭部の打撲痕は致命傷に至っておらず、死体のそばで発見された金槌で殴られた後、首を絞めて殺害されたとみられる。凶器となったロープのようなものは現場になく、犯人が持ち去った可能性が高い。死体発見時、倉庫の窓と扉には鍵がかかっており、密室状態だった。

 最後に被害者が目撃されたのが、被害者が灯油を倉庫から持ってくると言って、リビングを出たのが21時30分ごろとのこと。御霊鏡子が最初に死体を発見したのが22時25分との証言。彼女はこの約1時間の間に殺害されたと考えてよい。次いで22時33分に光谷陣助が合流し、彼が扉を蹴破って中に突入し、彼女の死を確認した。倉庫の鍵は倉庫内右奥の床に落ちていたことを二人が確認している。

 我々が到着し死体発見現場の倉庫に入ると、死体は赤い液体に塗れていた。赤い液体の正体は赤いインク。血ではない。死体発見時にこの赤インクは撒かれていなかったため、死体発見後から我々が到着するまでの間に犯人が現場に戻り、インクをぶちまけたと見ていい。インクは無臭のもので、塗装によく使われる市販品。死体の傍には、その際使用されたとみられるゴム手袋が放置されていた。金槌も赤インクもゴム手袋も、この倉庫内に置かれていた備品であることが確認されている」

 冴木が手元の黒革の手帳を眺めながら、ここまですらすらと一気に言い切った。何人もの警察官がその傍を激しく行き交う。じっと動きを止めているのは冴木と、それを傍らで聞いている御霊だけだった。

「彼女が取りにきたと言う灯油タンクは、あれか?」

 彼女の視線の先、倉庫の左奥の床に、赤いポリタンクが無造作に突っ込まれていた。倉庫の奥側は二段棚が取り付けられており、その影になっている位置だ。地味な色合いの物品が多く並べられた倉庫内で、その赤色はやけに目立って見えた。

「恐らく。……後でその灯油タンクを、リビングに持っていってもいいか?リビングが完全に冷え切っている」

 御霊が冴木の傍らで話を聞きながら問うた。

「念のため、先に中身を確認させてくれ。部下に持っていかせる」

 冴木が目配せすると、警察官の一人が取っ手の部分に触れないように、ポリタンクの両脇を抱え上げた。

「倉庫内の物は、赤インクとゴム手袋以外は発見時と比較して変化はないか。扉の状態も含めて、今一度確認してくれ」

 冴木に促され、御霊が再び倉庫内を観察する。鯨井の遺体は既に運び出されており、彼女の倒れていた痕跡が、赤いインクで汚れていない床の部分により大まかに判別できた。光谷が蹴り壊した扉の状態も、突入時と比べておかしな部分は見当たらない。

 扉は蝶番が壊れた状態で内側にひしゃげていた。サムターン錠が横向きに施錠された状態のまま放置されている。後から手が加えられた様子はない。

「変わりないな。扉の状態も突入時と比較し変化はない。何かの細工の痕跡を消したような様子でもない」

 御霊が倉庫の中を隅から隅まで視線を動かしつつ答えた。

「わかった。じゃあ倉庫内含む敷地内の捜査と、事件関係者への事情聴取で大まかに二手に別れよう。私は中にいるから、何かあったらすぐに連絡するように」

 冴木のてきぱきとした指示で、何人かの警察官が冴木に付き従って別荘内に乗り込んだ。



「事件前後の行動や、光谷さんと鯨井さん含むほかの方々との関係性については把握しました」

 椅子に腰かけた冴木が、手帳に視線をやりながら言う。光谷は事情聴取というものを受けるのは初めてだったが、それが殺人事件の容疑者としてとは思ってもいなかった。

「何か聞きたいことはありますか?と言っても、捜査内容に関することはあまりお答え出来ませんが」

 それじゃ何も聞けないんじゃないか、と内心思いつつも、光谷は気にかかっていたことを口にしてみた。

「御霊さんと冴木さんはお知り合いなのですか」

「あぁ。仲がいいって程じゃないけれど、何度か彼女の事件の捜査に関わった事がある」

「それじゃあ、本当なんですね。御霊さんが殺人事件の臭いを感じ取る事が出来るっていうのは」

「私も半信半疑だが、実際何度も殺人事件が起こる場所に現れているのを見ると、本当なんだろうな」

「よく無事でいられますよね。殺人が起きる場所に行って、探偵役を担うなんて」

「探偵役は死なないらしいからな」

「そんな…探偵である前に、彼女も一人の人間でしょう」

 冴木が軽く溜息をつく。

「…事実、危険な事件も何回か経験したと聞いている。何年か前に6人が死ぬ連続殺人事件に首を突っ込んだ時は、事件関係者の中で彼女一人だけが生き残っそうだ。犯人は最後に事故死したらしい」

 光谷はそれを聞いて、身の毛がよだつ思いをした。とても現実の話とは思えない。しかも彼女は今20歳だと言っていたから、ずっと若い時にその事件に遭遇したことになる。

「彼女の向かう先々で殺人事件が頻発するもんだから、一部の警察からは『死神探偵』って呼ばれてるよ。私を含めてな」

 冴木が皮肉交じりに笑う。

「あんなに若いのに…どうして、自分からあんな危険な目に遭いに行くんでしょうか」

「さぁな…彼女曰く、『謎を解くため』らしいが。本心なのか別に目的があるのかは、私も分からない」

「周りの家族や、親しい友人が止めたりしないんですか」

「家族は…聞いてもはぐらかされたが、どうやらいないらしい。みんな死んだそうだ」

「えっ…それはどういう」

「あー、私はあくまで簡単にしか知らないから、それ以上を私に求めるなよ。本人から聞いてくれ」

 口を開きかけた光谷に対し、冴木は手で遮って一方的に打ち切った。この様子だと、例え内情を知っていたとしても、固く口留めされているのだろう。代わりに、もう一つ気になっていることを聞いてみることにした。

「どうして、彼女は事件を未然に防ごうとしないんでしょう」

「聞いた話では、未然に防ごうと奔走しても、運命に定められた者はどう足掻いても死からは逃れられない、らしい。過去にそれを試みたこともあったが、防げなかった時もあったり、一時的に防げたものの、1か月後、事件関係者が相次いで変死したそうだ。それ以来、事件を無理に止めるよりも、発生後の早期解決による被害の拡大を忌避しようとしてる…っていうのが、私なりの好意的な解釈だ」

 それを聞いた光谷は、何も言えなくなってしまった。彼女は自分が知らないところで、一体どれだけ壮絶な人生を歩んできたのだろう。



 事情聴取を終えた光谷は、まず自分に用意された客室に戻り、そのままベッドに倒れ込んだ。肉体的にも、精神的にも疲れていた。警察と話すのは、強いプレッシャーを感じて過度に緊張せざるを得ない。あの眼光鋭い女性刑事が相手となると尚更だった。部屋の時計を見ると、時刻は3時5分を回ったところだった。疲労が徐々に眠気に変換され、そのまままぶたを閉じるーーー

 コンコン、と。その音で途端に夢の世界への誘いが遮断された。再びノックの音が鳴る。

「どうぞ」

 目を擦りながら起き上がり、そのままベッドに腰かけた。

「お疲れのところごめんね」

 中に入ってきたのは小手川だった。

「小手川さんも、事情聴取は終わったんですか」

「うん。福士さんが最初で、私が2番目だった」

 最後に御霊さんが事情聴取を受けているはずだ。二人はどんな話をしているのだろうか。

「ね。犯人って、誰なのかな」

 小手川は机の前の椅子に腰かけ、気軽そうに言った。神妙な顔つきではあるが、あまり殺人犯に対する恐怖心や、友を失った悲壮感は湧いてきていないらしい。それは御霊鏡子という探偵がいる安心感が、少なからず影響しているに違いない。

「警察や御霊さんが突きとめてくれますよ」

「いーや、私は光谷君の推理も聞きたくて」

 小手川がチッチッ、と指を振る。どうやら、光谷自身の考えを聞かないうちは部屋に帰る気は毛頭ないらしい。何とか疲れ切った頭を振り絞って考える。

「俺は福士さんか小手川さんが怪しいと思ってます」

 光谷は思っていることを正直に言った。

「あらら。どうして?」

「犯行時間にリビングに居なかったのがお二人だからです。花崎と俺は1回だけトイレに行きました。確か時間が、花崎が21時40分ごろで、俺が22時5分ごろ(と、御霊さんが言ってた)。でも、それぞれ3分程度で戻ってきた。とても鯨井を殺しに行く余裕があったとは思えません」

「でも私は、ずっと部屋の中でイラストの仕事をしていたから、アリバイがあるよ。まぁ、確かに一人きりだったけど」

「それを世間一般的には、アリバイがないって言うんです」

 不満顔の小手川に対し、光谷がやんわりと宥める。

「でも御霊って人も、途中でリビングを抜けたらしいじゃん」

「鯨井さんが戻らないことに最初に気付いて、倉庫に探しに行ったらしいです。俺たちが気づく10分前ぐらいだった、と彼女は言ってました」

「それなら、彼女にも犯行は可能だったと思わない?」

「思いませんね」

 光谷は御霊が犯人でないと確信していた。彼女を信じたい、という気持ち以外にも根拠はあった。

「へぇ。理由はあるのかな」

「あります。まず鯨井は倉庫へ灯油タンクを取りに出ていった。灯油タンクを取って戻ってくるだけなら5分とかからない。つまり、彼女を殺すにはすぐに彼女を追いかけるか、あらかじめ倉庫で待ち伏せするしかない。しかし御霊さんは鯨井が出て行った後も暫らくの間リビングに留まっていたのは確かです。御霊さんが犯行を行えたはずがありません」

「あぁ、そうか。でも鯨井を倉庫に留めるための、何か細工をしていたのかも。例えば灯油タンクを別の場所に隠しちゃうとか」

「それは鯨井が灯油タンクを探しに倉庫に行く、という行為を事前に予知していないと不可能です。御霊さんは今日初めてここを訪れたんですよ」

「そっか…じゃあ私が犯人かもしれないね。そんな人と部屋に二人きりで大丈夫?」

 小手川が冗談めかしてニッと笑った。

「部屋の外には大勢の警察官がいますし、俺も多少の自衛術は心得ているんで」

 そうは言いつつも、光谷は軽度の緊張感を覚えていたが、おくびにも出さないよう努めていた。

「でも私は犯人じゃないから、そうなると福士さんが犯人なのかなぁ」

 もし仮に小手川の言う通りだとすると、アリバイ的にはそう言うことになる。しかし、そんなに簡単に決め付けていいものだろうか。光谷はこの問題を保留にすることにした。

「密室のトリックと、赤いインクの謎についてはどう思ってる?」

「密室の事は、正直分かりません。犯人がこっそりスペアキーを増やすか何かしていたら、密室なんて簡単に作れますからね。そもそも、犯人がそこまでして密室を作りたかった理由も見当がつかないですし」

 光谷が大げさに肩をすくめる。

「けれど、赤いインクの方はちょっと考えていることがあります」

「あの悪趣味なペイントに何か意味があるの?」

「犯人が、死体に付着した何かを隠したかったんじゃないでしょうか。例えば、自分の血とか」

「なーるほど。犯人が鯨井を襲った時に抵抗されて、犯人が何かしら負傷してその血が鯨井の服だかに付着したってことね」

「ええ」

「…で、私たちの中で怪我してる人なんていたっけ?」

「それはわかりません。パッと見はいなかったように思っています。俺も事情聴取の時に、鼻孔の中までチェックされましたよ」

「警察もその線を疑ってるんだねー。でも誰も怪我してなかったら、その推理は外れってことになっちゃうか」

「いえ。負傷したのが外部犯という可能性があります」

 光谷が頭の中で考えを巡らせる。まだ眠気に負けそうな気配はあるものの、小手川と話しているうちに頭が覚醒してきたようだ。

「あ、そうじゃん。ていうか普通、強盗だかが一番怪しいと思わない?」

「いえ、俺は外部犯の可能性は低いと思うんですよね」

「どうしてさ。強盗が倉庫内に押し入って、たまたま倉庫にやってきた鯨井を殺っちゃった。普通にあり得そうだと思うんだけど」

「まず、ここが街から外れたところにある別荘だということ。今日もかなり寒かったですし、寒ければ戸締りも鍵がかかりやすくなるし、家に籠る機会も多くなる。冬よりも夏の方が空き巣が多数発生するという話を、ネットでも見たことがあります」

「あえてその思考の逆をいって、自転車かなんかでやってきてって線も…」

「もしそうだったとしてもですよ。どうして強盗が倉庫で鯨井と出くわしたんですか。金品狙いだったのなら当然別荘内にあると思うでしょうし、身を隠すのなら倉庫内よりも近くの林の中や、別荘の裏手で別荘内の様子を伺うのが合理的です。寒さ的には、倉庫内も外も大差ありませんからね。仮に死体を後から倉庫の中に運んだのだとしても、強盗が初めにそういった場所に隠れていたのであれば、別荘と倉庫を往復するだけだった鯨井が強盗と出くわした可能性はかなり低いと思うんです。

あとはそうですね、外部犯が強盗ではなくて、最初から鯨井を殺害する目的だったとしても、俺たちが泊まりに来た日じゃなくて、彼女が別荘に一人きりの時の方がずっとやりやすかったと思うんです。俺たちに罪をなすりつけようっていう考えだったとしても、アリバイ面などでかなり偶然に頼ってしまうことになる。不確実な点が多すぎるんです。わざわざ密室を作り上げる様な、計画的な犯人がやることとは思えない」

「う、うぅん…」

 反論の余地もないようだった。光谷もこの中に犯人がいるとは考えたくなかったが、状況的にはそれが一番自然であるように思えた。

「大した名推理ぶりだね。あの御霊って人にも負けてないんじゃない」

「いえ…まず否定できる選択肢を列挙しただけなんで。ところで、小手川さんは誰が怪しいと思ってたんですか?」

「私?御霊って人が犯人だと思ってた」

 小手川があっけらかんとした表情で答える。

「何か理由があるんですね」

「うん。実はスペアキーのほかに、密室を破るトリックを思いついてたのだ」

「あ、それって…」

 光谷にも察しがついた。

「御霊さんが鯨井さんを殺した後に鍵を隠し持ってて、光谷君と一緒に突入した時、こっそり鍵を倉庫の床に置いたってトリックだよ。これなら」

「それもあり得ないです。突入したと同時にまず鯨井の死体に目を奪われたのは確かですけど、視界の端に鍵がチラッと見えましたし」

 眩暈を起こしていたことはあえて伏せた。

「そ…そこはホラ、御霊さんが部屋に入って瞬時に倉庫の隅に投げたんだよ」

「探偵を曲芸師か何かと勘違いしてませんか?そんな怪しい動きはしてませんでしたし、そもそも鍵の様なものを落とした音もしませんでした」

「光谷君が真実を語ってるとは限らないよ」

 段々自信を無くしてきたからか、小声がちになっている。いつもは人の言いにくいことをズバズバ指摘する自信家なのに。

「今日会ったばかりの御霊さんを、そこまでして庇う理由が俺にはないんですけど…。百歩譲って実は知り合いだったとか、一目惚れだとかで庇う理由があったとしても、結局最初の方で言及した、犯行時刻の関係で御霊さんは犯人ではないと証明されてますから」

「結局、そこに戻っちゃうか。あっ、そうだ。こっそり手紙かなんか渡して、鯨井さんを倉庫に呼びだした可能性」

「別荘内の個室で充分なのに、どうしてわざわざ寒い外の倉庫で待ち合わせを?」

「そんなの私に聞かないでよぉ」

 とうとう推理の責任を放棄し始めた。

「結局、密室も謎、赤いインクも謎。私は犯人じゃないから、光谷君の言う通りなら福士さんが犯人ってことになるんだけど、なんか違う気がするんだよね。警察と名探偵さんに任せるしかないか」

 小手川が天井を仰ぎ見るのに釣られて、光谷も天井を見る。家主を失った別荘は、いつもより暗く、鬱蒼としているように思えた。



「少しは全体像が見えてきたかい。死神探偵さん」

 部屋に入ってきた御霊に対し、冴木が声をかける。向かい合うように並べられた椅子の片割れに彼女は座っていた。

「新しく入った情報を教えてくれ」

 冴木の問いかけを無視し、御霊が用意された椅子に座る。

「あのねぇ、これ一応事情聴取なんだけど?それに警察には守秘義務があってだね」

「私が事件前と事件発生時に把握できた情報はすべて伝えている。推理に必要な情報を教えてくれ」

 冴木の言葉を遮り、御霊が催促を繰り返す。

「まぁ、そういう取り決めだからしょうがないか。内密に頼むよ」

 諦めた様子の冴木が、椅子をきしませつつ御霊と向き直る。

「で、何から知りたい?」

「事情聴取はどうだった?」

「君以外全員と話したけれど、アリバイは君が言ったとおりだったね。それと変わった様子の奴もいなかった。殺人後は興奮状態になったり、震えを必死に抑え込もうとして失敗してる奴も多いんだけど。あぁ、福士とかいう小説家はだいぶ顔色を悪くしていたね。ま、酒で悪酔いした挙句、気持ちの悪いものを見てしまったせいかもしれない。あと全員を身体検査したけれど、怪しいものを持ってる奴はいなかった。スペアキーらしきものも全くない。各自の個室についてもこれは同様。怪我の状態も鼻の穴まで細かく見たけど、誰一人最近負ったような傷は見当たらなかったね」

 さしたる成果がなかったことに対してか、冴木はやや不機嫌気味だ。御霊はただ黙って聞いている。

「倉庫内の捜査結果は?」

「こっちも手掛かりなし。窓や扉の鍵に、何か紐で引っ張ったような痕や、蝋燭の残りカス、何かを通せるような穴、小窓、そういうのも一切見つからず。犯人が隠れられるような場所も見つからなかった。倉庫内は勿論、壁だとか天井だとかも一通り調べたんだけどね。木造の倉庫だったからもしかしてと思ったけれど、外れそうな板も一つもなし。昨日今日で取り付けたような痕跡もない。まぁこんな夜中にトンカチやドライバーで釘を打とうとしたら、寒風の中でもかなり音が響くと思うけど。このまま何も手掛かりなしなら、いよいよ倉庫を全部解体しなきゃならないかも」

 それを聞いて、御霊が暫らく考え込む。冴木にも、御霊が何を考えているのか推察は不可能だった。しびれを切らした様子の冴木が、再び口を開く。

「私の考えとしては、アリバイ的に犯行が可能だったのは小手川か福士の二人しかいないから、どちらかが犯人だとは思ってる。けれど、密室のトリックと赤いインクを撒いた理由が未だ分からない。赤いインクは、何かのイタズラのつもりなのかもね」

態々わざわざ現場に戻るリスクを負ってまで赤いインクを撒いたのだから、イタズラ程度の理由じゃない。何か致命的な証拠を残していることに気付き、それを隠すために撒いたか。もしくは…」

「もしくは?」

「別の目的があって現場に戻った。私たちが突入した時には気づかなかった証拠を隠滅するためとかな。赤いインクはただのカモフラージュ」

「そういう考え方もできるか」

 二人は再び黙る。冴木はちらと御霊の様子を窺ったが、彼女がどこまで真相に近付いているのか、表情だけでは読み取れなかった。

「確認したいことがある」

「何?」

「須能の親戚の叔父というのは、どこに住んでる?」

「あぁ、山向こうの街にいると聞いてる。私たちが来た方向とは真逆だな。車で2時間ほどの距離らしい」

「名前は」

「雨森努」

「そいつに会いたい」

「今からか?」

 冴木が目を瞬く。

「5年後に会えとでもいうのか?」

「分かった、分かった。一緒に向かおう。部下にここを離れる事を伝える」

 一度やると言ったら聞かない御霊の性格をよく知る冴木は、仕方なしに立ち上がりトランシーバーを手にした。

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