第2話

 数日後、アルドはイオと一緒に、ゾル平原から次元戦艦に乗り込んだ。

「ありがとう、アルド。手間をかけたね」

「いいって。俺も、レンリやイスカがどんな風に戦ってるのか興味があるし」

「よし、それでは出発しよう。航時目標点、座標AD1100年、曙光都市エルジオン!」

 合成鬼竜の一声で次元戦艦はぐんぐん加速し、時空間を航行していく。



「あいつ、元気そうでよかったよ」

 あいつとは、先日ヴァシュー山岳で一騒動起こした少年のことだ。

「まったく、手のかかるヤツを弟子にしてしまったな」

 そう言いながら、イオの表情は優しかった。

「自警団を作ることにしたんだって?」

「ああ。実は元々あったんだが、活動停止状態だったんだ。戦力になる者が、まとめて死んでしまったからな……私も、皆に顔向けできなくて目をそらしてきたし」

「イオ……」

「でも、次に村が襲われて被害が出たら、それこそ死んでいった仲間が浮かばれないだろう? だから、頑張るよ」

「そうか……イオなら、きっとできるよ」

「……ありがとう、アルド……」



 合成鬼竜が目的の時代に入ったことを告げる。さすがにエルジオン上空に停泊するのは目立つので、廃道ルート99に降りることにした。

「あ、あそこにいるのはクロードだな。近くに降りてみるか。鬼竜、あの辺に頼むよ」

「了解した」

 クロードは地上の方を熱心に眺めていたが、次元戦艦の影に気づき、顔を上げた。



「クロード! また王国の建国について考えてるのか?」

「おお、アルドか。ご一緒のレディーは、イオだったかな?」

「れ、れでぃー!?」

「む? どうした、間違いなかろう?」

「ひ、ひえ……レディーなんて、言われたことにゃい……」

 顔を赤らめるイオを、クロードは不思議そうに見る。


「ところでアルド、今日は何か予定が?」

「ああ、レンリとイスカに用があって」

「ほう?」

「イオが、戦闘のアドバイスをもらいたいそうなんだよ。エルジオンで会う約束をしてるんだ」

「なるほど、素晴らしい向上心だ。私も見習わなくてはなるまい」

 クロードはイオの方を向くと、いつもの「殿下の微笑み」を浮かべて言った。

「それではレディー、ご武運を」



「……あいつは、いつもあんな感じなのか……?」

 エルジオンへと歩きながら、イオは赤くなった頬を手でパタパタとあおぐ。

「ああ、クロードはいつもあんな感じだな」

「王国の建国とか言っていたが」

「うん、クロードはもう無くなってしまった王国の末裔なんだ。自分が王国を復活させるって言って、いろいろやってるよ」

「なるほど、それであの言葉遣いか。王様なわけだな」

「ああ、学校では殿下、って呼ばれてるな」

 エルジオンのシータ区画に入ると、さっそくレンリとイスカの姿が見えた。



「あら、そっちから来たのね? てっきりエアポートに降りるのだと」

 エアポートに近い入り口で待っていたレンリとイスカは、廃道ルート99側から来たアルドとイオに少し驚いたようだ。

「ああ、ごめん。クロードが立ってるのが見えたから、ちょっと話をしてきたんだ」

「ああ、またあそこにいたのかい。王国のことを考えていたんだろうね」

 イスカはクロードがいるであろう方向にちらりと目をやり、続いてイオの目をとらえた。

「エルジオンにようこそ、イオ。何度か会っているが、久しぶりだね」

「あ、ああ」

「私も久しぶりね。今日はよろしく。お役に立てるように努めさせてもらうわ」

「あ、こ、こひら……こちらこそ、時間を作ってもらってすみゃなひ……よ、よろしくたたたのむ!」

「……大丈夫か、イオ?」

「うう……なんかこの二人、オーラというか圧がすごい……」


「さあ、時間がもったいないわ! さっそく行きましょう!」

「ん、どこへ行くんだ?」

「ふふっ、まずはついてきておくれ。イオが強くなれるよう、フルコースを用意してあるからね」

 ずんずん先に行くレンリを、三人は小走りに追った。




「いらっしゃい、待ってたわ」

「セバスちゃん、久しぶりだな!」

「さあ、さっそく入って」

 セバスちゃんはイオをカプセルに入るよう促す。

「え? こ、これは何なんだ!?」

「あら、説明してないの? 簡単に言うと、あなたの身体能力を測るのよ。目を閉じて、深呼吸しててもらえればすぐ終わるから」

 セバスちゃんは戸惑うイオをカプセルに押し込む。

「大丈夫だ、イオ。俺も何回か入ってるけど、この通り無事だから。理屈はよく分からないけど」

「そ、そうにゃのか?」

「はい、閉めるわよ。貴重な時間なんでしょ」

「ひゃ」

 有無を言わさず、パタリと扉が閉じられる。ピーという電子音と同時に、カプセルが光り始めた。

「ロック完了。測定を開始します」

「光に酔うから、目を閉じておいて。はい、ゆっくり吐いて、吸って……」



「……大丈夫か、イオ?」

「あ、ああ……なんとか……」

 ほんの数分だったが、イオには刺激が強すぎたようだ。

「まあ、俺もやっと慣れてきたけど……最初は説明なく突っ込まれたな……」

「ほ、ほんとに、これで私の能力が分かるのか……?」

「ああ、分かるみたいだぞ。理屈はよく分からないけど」



「お待たせ。興味深い結果が出たわ!」

 セバスちゃんが声を上げた。レンリとイスカも、モニターを見て「ほう……」「これは……」とブツブツ呟いている。

「おお! どんな結果が出たんだ?」

「それがね……えっと、イオ? あなたは……」

「わ、私は……?」

「なんと!」

「な、なんと!?」

「ポテンシャルなら!」

「ぽ、ぽて……?」

「レンリとイスカにひけをとらないわ!!」


「つまり、イオの身体能力なら、イスカや私並みの力が出せるはずだ、ということよ」

 レンリの解説で、ようやくイオも、アルドも結果を飲み込めた。

「……え、ええ!? 私が?」

「すごいじゃないか、イオ! 修行を続けてきた甲斐があったな!」

「で、でも、実際には……」

「そう、実際には出せていない。筋肉量も骨量も十分だし、あらゆる数値が二人に見劣りしないのに、よ。というわけで」

 セバスちゃんはイオの手を引き、にやりと笑う。

「さあ! 今度はこっちに入って! アルドも、レンリとイスカも!」

 四人は手早くバトルシミュレーターに詰め込まれた。



「……大丈夫か、イオ?」

「あ、ああ……なんか、すごかった……未来はすごいな……」

「ほんと、すごいよな。ここにいるだけで、いろんな戦闘ができるなんて……理屈はよく分からないけど」

 アルドとイオが休んでいる間に、三人はモニターの前で何やら討論をしている。さっき終えたバトルの様子を見直しているのだということだけ、アルドは理解した。

「なるほど……そうね。分かったわ!」

 話し合いは終わったようだ。セバスちゃんが振り返り、アルドとイオを手招きした。


「結論から言うと、問題は二点あるわ」

 ぴっ、と指を一本立てて、セバスちゃんは続ける。

「一つ! 体幹が弱いせいで、力が行きたい方向へ行かずに散らばってしまう!」

「た、体幹が!?」

 ぴっ、と二本目も立てて、ぐっとイオに向けて突き出す。

「二つ! 心理的な問題で、ストッパーが本来の力の手前でかかってしまう!」

「……!!」


 イオはセバスちゃんの指を見つめたまま動かない。

「なあ、セバスちゃん。体幹はともかく、心理的なことはどうやって分かるんだ?」

「ええ、説明するわ。これを見てちょうだい」

 モニターに、シミュレーターでのバトルが再現される。

「ほんのわずかだけど、動き出しに筋肉が硬直してる。そのせいで、コンマ何秒の遅れが出るわ」

 スロー再生で四人の動きを並べると、たしかにイオだけ固まっている時間が長い。

「急にシミュレーターに放り込まれて、初めてだから戸惑ってるのかと思ったんだけど……最初から最後まで、同じように止まるの。癖だとしたら良くない癖だし、必ず原因があると思ってさらに分析したわ」

 隣のモニターに、さまざまなグラフが表示された。

「心拍数、呼吸、筋電図、発汗……ここから私が読み取れるのは、動くたびに気合いとか覚悟とかを必要としてるってこと。無意識だろうけど。つまり」

 セバスちゃんは、ぼんやりと突っ立ったままのイオに語りかける。

「あなた、戦闘に大きな恐怖を感じた経験がない?」


「あ……あああああ!!」

 イオが頭を抱え、ぺたりと床に座り込んだ。

「イオ! どうした!?」

「そうだよ! 怖いんだ、私は! 友達をあの爪で! 尾で、歯で……血が飛んできて……悲鳴が……!」

「イオ! 落ち着け、深呼吸だ!」

「守れない……こんな私じゃ、ラトルを守れない……ごめん、みんな……!」

 イオはそのまま前に崩れ、震えながら嗚咽した。




「少しは落ち着いたかい?」

 イオは正気に戻ると、いつの間にかベッドに寝かされていることに気づいた。隣の椅子に腰かけたイスカが、顔をのぞきこんでいる。

「ああ……見苦しいところを見せたな……」

 年下の者に気を遣わせていることを恥ずかしく思いつつ、イオは上体を起こす。

「ホットミルクは平気かい?」

「ああ……」

 イスカから手渡されたマグカップからは、ほんわりと甘い香りが立っている。

「熱っ……甘いな……」

「砂糖たっぷりだそうだよ。アルドのお手製だ」

 たぶん底がジャリジャリだから、と渡されたスプーンをイオは受けとる。

「アルドが……そういえば、みんなは?」

「隣の部屋でお茶会をしているよ。気にせず休むといい」

「そうか……すまない、時間を割いてもらったのに」

「かまわないさ。それに、無駄じゃなかっただろう?」

「……ああ、そうだな」

 ホットミルクは底に近づくほど甘く、かき混ぜても溶けきれなかった砂糖が姿を見せ始めた。

「ふふ……本当にジャリジャリだ。アルドはお子様だな」

「それでいて、お人好しで人たらしだ」

「ぷっ……!」

 イオとイスカは顔を見合わせ、隣に聞こえないよう声を殺して笑った。


「ああ、おかしかった……腹が痛い」

「うん、顔色が良くなったね」

「……ありがとう、イスカ」

「うん? 私は何もしていないよ」

 イスカは涼しい顔で、冷めきった残りのミルクを飲んでいる。

「ところで、私をベッドに運んでくれたのは……」

「ああ、レンリだよ」

「レンリが!?」

「アルドが運ぼうとしたんだけど、やっぱり女性に触れるのは悪いかとか気を遣ってね。それでなくても、イオは肌が出ているし」

「あ……そ、それは……すまにゃ……」

「で、セバスちゃんが鎮静剤を打って、アルドがホットミルクを作って、私が側にいるわけさ」

「……鎮静剤……」

「ああ、心配ないよ。とりあえず30分くらい眠ってもらっただけさ。軽い睡眠薬だと思ってくれればいい」

「そ、そうか……? それで、イスカがここにいるのは」

 イスカはカップを置き、イオの方へ身を乗り出す。

「心の問題は、私の担当だろう?」



「イオ、落ち着いたかな……」

 アルドは隣の様子が気になり、ずっとそわそわと歩き回っている。

「いいから飲みなさいよ。いくら猫舌だからって、もう冷めきっちゃったんじゃない?」

「そろそろ目は覚めたと思うけど。イスカに任せておけば大丈夫よ、あなたこそ落ち着きなさい」

「あ、ああ……熱っ!」

「嘘でしょ!?」

 レンリとセバスちゃんは同時に突っ込みを入れた。



「私はね、ときどき悪夢を見るんだ。私ともう一人以外、何人もの子供たちが床に倒れて息絶えている夢をね」

「それは……ひどい夢だな……」

「ああ、そしてなおひどいことに、それは現実に起きたことなんだ」

「!!」


 イスカは自分の過去を、かいつまんでイオに語った。

「そうか、イスカは施設で……つまり、身内を亡くしたわけだね」

 イオはしばらく目を閉じて考え込み、うなだれた。

「すまない、イスカ」

「うん? 何がだい?」

「そんなつらい話を、させたかった訳じゃないんだ……」

「大丈夫さ。それに、イオだってつらい過去に向き合う羽目になったじゃないか」

 イスカは手を伸ばし、イオの右手を引き寄せる。

「ああ、すごいタコだね。何度も何度もマメを潰して、何年も斧を振り続けて……どんな思いで振っていたのかな……」

「イスカ……やめてくれ、また泣いてしまうじゃないか……」

「泣いたらいいじゃないか。地元では泣けないだろう? 吐き出して帰ればいい」

 曇る視界の中、自分の日焼けした肌に重なるイスカの白い手。その手にも刀を振るい続けたタコがあることを、イオは感じていた。



「お待たせ。もう大丈夫だよ」

 イスカが顔を見せると、アルドが真っ先に部屋に飛び込んできた。やれやれ、といった顔でレンリとセバスちゃんが続く。

「イオ! 大丈夫か!?」

「ああ、この通りだ。ホットミルク、甘くて美味しかったよ」

 髪や服の乱れもなく、まっすぐに立ったイオを見て、アルドはやっと表情をゆるめ、息を吐いた。

「よかった……一時はどうなることかと……」

「心配をかけてすまなかった……ありがとう、アルド」


「あの状態からここまで落ち着かせるなんて、イスカはやっぱりすごいわね」

「セバスちゃん、その……鎮静剤、ありがとう」

「大したことじゃないわ。緊急避難で眠ってもらっただけよ」


「自分の弱さを直視するのはつらいことよ。心が壊れなくてよかった……ずっと一人で抱えていたのね」

「レンリ……ベッドに運んでくれたそうだね。重かっただろう? ありがとう」

「なっ……! そ、そんなことないわ! 軽かったわよ! けっして、私がゴリラなわけじゃないんだから!」


「ふふっ、だから言ったろう? イオのことをバカにするような人は、ここにはいないって」

「イスカ……お前、本当に十代なのか? 落ち着きが、うちの村の長老並みなんだが……」

「実は、俺もそれは思ってた……」

「私も思ってたわ……エイミも言ってたし」

「私も……大人として負けてる感じしかしないわね……」

「おいおい、それは買いかぶりすぎだよ。私だって、まだまだ子供っぽいところがあるだろう?」


「ない!」

 四人の声が揃った。





「さて、本題に戻るわよ。イオ、私たちはまだ大丈夫だけど、続きをしていく?」

「え? い、いいのか……?」

「いいも何も、そのために来たんでしょう?」

 何事もなかったように語るレンリに、またイオの目頭が熱くなる。

「う、うん……ありがとう、みんな……私なんかのために……」

「私なんか、なんて言うものじゃないよ、イオ。自分を卑下していては、人を率いて戦うことはできない。ほら、背筋を伸ばして!」

「うう……イスカ……分かった! 私は、ラトルの戦士イオ! 必ず村を守ってみせる!」

「ああ、その意気だ」

 ぐいっ、と涙をぬぐい、イオは胸を張った。

「必ず、強くなって帰る! ご指導、よろしくたの……お、お願いしましゅ!」



「よし、みんな頑張ろう! それで、次は何をするんだ?」

 セバスちゃんがモニターに何かを映し出す。

「データからトレーニングメニューを組んでみたわ。端末に送信……はレンリとイスカにしておいて、二人の分はプリントアウトするわね」

「ぷりん……?」

「紙に印刷してくれるということだよ。イオがラトルに戻っても使えるようにね」

「そ、それはありがたい!」

「じゃあ、受け取ったら移動するわよ。特別講師を頼んであるから」

「特別講師? どこへ行くんだ?」

 レンリがニッコリと笑う。

「それは着いてのお楽しみ。さあ、エアポートからカーゴに乗るわよ!」



 カーゴは雲の上を進んでいく。ときどき見える地上に、イオはずっと目を凝らしていた。イスカが座標点を調べながら教えてくれる。

「この辺りが、ラトルがあった場所の上空だよ」

「ここが……」

 赤く灼けた土も、燃え上がる炎も、草原の緑も、そこにはない。ただ不気味な色に覆われた大地が広がっている。

「……イオの時代から、二万年以上経っているから」

 レンリが慰めるでもなく、ぼそっとつぶやく。

「俺の時代からは800年くらいらしいけど、バルオキーもなくなっちゃったらしいしな……」

 カーゴは進んでいく。それぞれが遠い大地に思いを馳せた。



「さあ、着いたわよ!」

「ここはサルーパの辺りだよ」

 砂の上を歩いていくと、四人を認めた人物が駆け寄ってきた。

「いらっしゃい! 最果ての島へようこそー!」

「ヤヅキ! 久しぶりだな!」

「アルド、久しぶりー! イオ、元気ー?」

「ああ! ラトルで会って以来だな」

 時代は違っても、斧使いとして通じるものがあるようだ。二人は再会を喜びあった。

「そろそろいいかしら? ヤヅキ、頼んでいたことは」

「オッケーオッケー! ちゃんと申請しておいたよ! レンタルボードも用意済み~♪」

「レンタルボード……? い、嫌な予感が……」

 アルドは苦手なものを思い出し、冷や汗が出てきた。

「どうした、アルド?」

「ああ、イオ。いや……ちょっと俺も心の準備が……」

「使用許可証、占有許可証……オーケーね。じゃあ私は挨拶してくるから、先に移動してて」

「え、レンリ? どこへ……」

「はいはい、みんなはこっちだよ! ついてきてー!」

「さあ、行こうか。貴重な時間だからね」

 ヤヅキとイスカがさっさと移動を始める。

「お、おい! 私たちも行くぞ、アルド!」

「あ、ああ……なんでみんな説明しないんだ……待ってくれー!」



 移動した先は、奥の方の砂浜だった。軽く周囲の魔物を退治してから忌避剤を設置し、それぞれスカイボードに乗って飛び立つ。

「う、うわあ! やっぱり!」

 アルドは急発進したボードから振り落とされそうになり、必死につかまっている。

「ふふ、なかなか慣れないね、アルド」

「私たちは乗り慣れてるからとはいえ……アルド、あなたも体幹を鍛えたほうがいいわよ」

 イスカとレンリに引き上げられてボードの上に立ち直したアルドは、膝を震わせながらイオの様子を見た。

「いいじゃん、イオ! コツつかめてきてるよ! ちょっと右に傾けてみて」

「こ、こうか?」

「そうそう! そのままぐるーっと回っておいで! 気持ちいいよ!」

「や、やってみりゅ!」

「力抜くんだよー!」


 おっかなびっくり、といった感じではあるものの、イオはそれなりにコツをつかんだようだ。右回り、左回り、蛇行……といろいろ試しながら飛び回っている。

「うむ、さすがのポテンシャルだね。運動神経は悪くないようだ」

「初めてであれは立派なものね。少し休憩したら、次の段階に進みましょう」

「二人とも……俺の顔を見ながら言うのはやめてくれ……」


 アルドとイオはしばらくの間、自由に飛び回ってボードの扱いを練習した。だいたい安定した頃合いで、ちょうどいい時間だからと昼食休憩をとる。

「バランスをとる感覚はつかめたかしら?」

 レンリが聞くと、イオは少し笑顔を見せた。

「ああ、体幹の意味が分かったよ。普段使っていない筋肉を使うね、これは」

「イオは、しっかりした大地の上にいるからねー。あたしらみたいに空にいると、飛ばざるをえないよ!」

「そうか、ヤヅキは空賊だったな」

「さあ、食事にしよう。せっかくだから、ここで海を見ながらいただこうか?」

 イスカがテキパキとシートを敷いてセッティングしていく。

「あ、最果ての島名物の弁当じゃないか!」

「うん、せっかく来たんだからこれでしょー!」

「ヤヅキが手配してくれたのよ。私はデザートに、ラヴィアンローズの焼き菓子を持ってきたわ」

「私は飲み物の濃縮カプセルを持ってきたよ。水とお湯は宿に準備してもらったから、好きなものを選んでくれれば」

「二人の荷物はそれだったのか……実は、俺もフィーネに、サンドイッチとおむすびを持たされてきてて」

「じ、実は、私もラトルのスパイシーソージャンを」

 五人は思わず顔を見合せ、噴き出し、声をあげて笑った。

「まるでピクニックだな! でも、さすがに食べきれないぞ」

「大丈夫さ。こんなこともあろうかと、持ち帰り用パックも用意済みだよ」

「さ、さすがねイスカ……!」

「あはは! さ、食べたら後半戦だよ! いただきまーす!」

「いただきまーす!」

 ヤヅキに続いて、四人が声を合わせる。賑やかな食事が、しばし続いた。



「わわ、濡れちゃまずいものは置いとけって、こういうことか……!!」

「はいはい! アルド、逃げなくていいのー?」

「うわっ! ま、待ってくれ!」

「アルド、立っていられるだけでも進歩じゃないか」

「まあ、落ちてもすぐ洗濯してもらえるから大丈夫よ」

「そういう問題じゃない!」

 アルドが必死に逃げ回る。最果ての島の海の上空で、五人はスカイボードに乗って鬼ごっこを繰り広げていた。

「って言うか、鬼ごっこって鬼は一人じゃないのか!?」

「それじゃ訓練になりませーん♪」

「れっきとしたスポーツとして大会もあるんだよ」

「アルド、ルールは覚えているかしら?」

「ええ!? えっと、落ちたら負け、追い詰めたら勝ち、制限時間を逃げきれたら勝ち、接触は反則……だよな?」

「そうそう! イオ、挟み撃ちにするよー!」

「よし! 任せとけ!」

「うわっ! イオ、ノリノリじゃないかー……ああっ!!」

「あっ……」

 不意を突かれてバランスを崩したアルドが、派手な音と水しぶきをあげた。



 宿でシャワーを浴びて服を乾かしてもらったアルドが戻ると、四人はまだ飛び回っていた。

「おお! イオ、すごく上達したな!」

「あら、アルド! じゃあ、そろそろ終わりにしましょうか」

 レンリの声で、みんなが砂浜に戻ってきた。

「ケガはしなかったかい、アルド?」

「ああ、大丈夫だよ、イスカ。イオ、やってみてどうだ?」

「楽しかった! ああ、いやその、たいひぇん……大変、有意義な修行だった!」

「ははっ! 楽しくて強くなれるなら、最高じゃないか! イオの役に立てたなら、来た甲斐があったよ」

「アルドはどうだい? キミもずいぶん上達したと思うけど」

「……まあ……うん、結局落ちたんだけどな……」

「慣れだよ慣れ! アルドもイオも、またおいでー! また一緒に楽しもうよ!」

「うん……また来たいな……来てもいいかな?」

「もちろんよ。今日は武器を使った訓練まではできなかったし、事前に連絡くれれば付き合うわ」

「よかったな、イオ。また来よう」

「ああ! ラトルでしっかり鍛えてくるからな! よろしく頼む!」


「さて、忌避剤を回収して……って、あれ? 切れてる」

「え?」

 ヤヅキの声に、四人は一斉に振り返った。

「あっちゃー、楽しくって時間過ぎたかもー?」

「あら、ちょっとまずいかもね。早く撤収を……」

「うん、どうやら遅かったようだよ?」

「アルド! 後ろだ!」

「えっ!?」

 アルドが振り返ると、巨大な魔物がハサミを振り上げていた。


「! ズワウィか!」

 アルドが剣でハサミを受け止める。ガツン! と重い音がして、アルドの足が砂にめり込んだ。

「な……なんだこのデカいカニは!?」

「くっ! どうしたんだ、普段は釣り以外で出てこないのに!」

「あはは……忌避剤が切れたから、食べ物の匂いに寄ってきちゃったかも~?」

 ズワウィがハサミを引き、次撃を狙っている。

「アルド! 大丈夫か!」

「大丈夫だ! でも、足がとられて……」

「イオ! キミの出番だ!」

「えっ!?」

「そう! ズワウィは水属性! ここで有利な地属性はあなただけ! 頼むわ!」

「!! わ、分かった! みんな! イオに続いて!」


 イオの渾身の一撃を受けたズワウィは気絶。その隙に全員で仕留め、手慣れたヤヅキの手で解体された。

「さ、山分けだよー! 美味しいよ!」

「え、た、食べるのか!?」

「ズワウィは高級食材だよ。見た目で判断しては損だよ、アルド」

「とは言え、これを持ってカーゴには乗れないわね。アルド、合成鬼竜に頼めるかしら?」

「ああ、そうだな。ここに呼ぶよ」

 イスカは放心しているイオに声をかける。

「イオ、やったじゃないか」

「あ、イスカ……うん、できた……」

「その感覚を大切にするんだ。ほら、今夜はカニパーティーでもするといい」


 イオとアルドは、ズワウィと昼食の残りをしこたま持たされ、それぞれの時代へと帰った。





 一週間後。

 時間ができたアルドがアクトゥールから人喰い沼の釣り場へ渡ろうとすると、駆け寄ってくる若い男性がいた。

「おい、そこの君! ちょっといいかな?」

「ん? 何か用か?」

「君、10日くらい前にもここに来なかったかい?」

「10日くらい前……? ああ、釣りに来たな」

「やっぱり! その変わった服装! 見覚えがあったんだ!」

「か、変わった服装……!? それで、俺に何か?」

「君! ミュロンを知っているよな! この前、名前を呼んでただろう!」

「ミュロン? 知ってるけど……あっ!」

(しまった! この前、ミュロンが言ってた、身内みたいなヤツか!)

「君は、ミュロンとどんな関係なんだ? まさか、恋人……?」

「えっ! 違う、ミュロンは旅の仲間だよ」

「本当に?」

「本当だ!」

「そ、そうか……」


 あからさまにホッとした彼に、アルドは首をかしげる。


「って言うか、あんたはミュロンの何なんだ?」

「僕か? 僕は、ミュロンの婚約者だ!」

「……ええっ! ミュロン、婚約者がいたのか!」

「とは言っても、本人は認めてくれていないけどね。ミュロンのご両親が、僕を気に入ってぜひ婿に、と言ってくれているんだけど」

「そ、そうなのか。あれ? でも、ミュロンは実家の仕事を継ぐ気は……」

「そうなんだよ。でも、それはそれ! 僕は一度、ミュロンと話し合いたいんだ! でも、なんか避けられてるみたいで」

(まあ、家出中だしな……)

「そこでだ! 君に、ミュロンへの言伝てを頼みたい!」

「言伝てを? それくらいならいいけど……何て伝えたらいいんだ?」

「そうか、引き受けてくれるか! 手紙を書いたから、これを渡してくれないか?」

「ああ、たしかに預かったよ」

「よろしく頼むよ。僕はあそこの家に住んでいる。アクトゥールに来たときは、ぜひ立ち寄ってくれ!」

 足早に戻っていく彼を、アルドは呆然と見送った。

「なんか、押しが強いヤツだな……ミュロンが避けるのも分かる気がする」


 アルドは沼で釣りを終えると、ラトルへ向かった。




「あ、兄ちゃん! ちょっとどいてー!」

 アルドがラトルに入った途端、見覚えのある少年が猛スピードで迫ってきた。

「えっ! わっ、危ない!」

「こらー! 人がいたら止まれと言っただろう! 失格!」

「えー、そんなー!」

「ん? その声は、イオ!」

「あ、アルド!」

 アルドが声の方へ近づいてみると、子供から大人まで7、8人が集まっていた。

「ん? 何かやってたのか?」

「ああ、修行の道具を試作していたんだよ」

「道具を? そう言えば、なんかアイツ、板みたいなのに乗ってたような……?」

「空を飛べない代わりに、板に車輪をつけてみたんだ。どうかな?」

「なるほど……で、こっちは?」

「ああ、丸い石に板を乗せただけのものだよ。この上に立って、バランスをとるんだ。ほら」

 イオは飛び乗ると、グラグラと不安定な板の上でビシッと斧を構えてみせた。

「え、すごいじゃないか!」

「ふふ、あれから毎日、セバスちゃんがくれた紙を見て修行をしたからね。アルドたちのおかげだよ」

 二人が話している間も、みんなはワイワイと賑やかに話し合いながら道具を作っている。

「この人たちは、もしかして」

「ああ、自警団に名乗りをあげてくれた人たちさ。私の友達のきょうだいもいる」

「そうか……よかったな、イオ」

「ああ……でも、まだまだ始まったばかりだ。やらなきゃいけないことは山ほどある」

「ああ、そうだな」


「アルド……ありがとうね」

「うん? 俺は大したことはしてないよ。イオが頑張った結果だ」

「……お前も、イスカみたいなことを言うな」

「イスカが? なあ、そう言えば、イスカと二人きりで何を話したんだ?」

「ん? ああ、発想の転換とか……『悪夢を見る会』とかだな」

「あ、悪夢を見る会? なんだそれ!?」

「どうせ悪夢を見るなら、一緒に見ようってさ。イスカとシュゼットとラクレアとディアドラと、お泊まり会をする約束をしている」

「……」

「見てもいいと思えば見ないものだし、もし見ても一人じゃないって言うんだ。なんだろうな、イスカらしいと言うか……絶対、十代じゃないよな?」

 思い出し笑いをするイオの表情は、アルドがこれまでに見たことがないほど柔らかかった。



「なあ、アルド……ラトルも、いつか無くなるとしても」

「うん?」

「それでも、私は末長く、ラトルを守る仕組みを作りたい。無駄じゃ、ないよな……?」

 アルドの脳裏に、最初にエイミに会ったときのことが浮かんだ。バルオキーが、もう無い……その時の衝撃が。

「うん……無駄じゃないさ。大事な場所を守りたいって思いは、きっと繋がっていくよ」

「ああ、そうだよな……私は、もっと強くなる!」

「ああ、俺もだ! 頑張ろうな、イオ!」

「兄ちゃん、またカニ持ってきてくれよ! あれ、すっげー美味かったんだ!」

「こら! まったく……あの日の晩は、村総出でカニを囲んで宴でさ。祭りみたいで楽しかったらしくて」

「ははっ! よかったじゃないか。イオが仕留めたようなもんだからな!」

(そういえば……地属性がイオだけって、もしかして自信をつけさせるためにわざとだったんじゃ……イスカたちならやりかねないよな……)

「アルド? どうかしたか?」

「いや、何でもない……イオ、また修行に行こうな!」

「ああ!」




 アルドはラトルからヴァシュー山岳に入り、ニケの居場所を目指す。近づくと、先日のように刀と剣がぶつかり合う音が聞こえてきた。

「ああ、今日もやってるな!」

「アルドさん! 釣りに来たんですか?」

 ユナの声に、ニケとミュロンが得物を下ろす。

「聞きましたよ、アルド。イオが晴れ晴れとした顔で報告に来てくれました」

「やるじゃないか、アルド! イオの修行、私たちも参考にさせてもらってるよ!」

「そうか! いま、ラトルでイオと会ってきたよ。元気そうで安心した」


「ところで、釣りですかアルド? もう少し待っていてくれれば、一緒に行きますが」

「ああ、それもあるけど……実はミュロンに用があって」

「私に? なんだい?」

「手紙を預かってるんだ。読んでくれるか?」

「手紙? 誰からだい?」

「え、えっと……名前は分からないんだ。俺がミュロンと一緒にいたところを見たらしくて」

「ふーん……?」

(婚約者だとか言ったら読んでくれなさそうだし……嘘は言ってない……よな?)

「とりあえず、読んでみたらいかがですか? 大切なお話かも知れませんし」

「そうですよ! わざわざアルドさんを捕まえて渡すんですから、きっと重要なお手紙です!」

「わ、分かったよ……どれどれ……」

 手紙を開いて読み進めていたミュロンの顔が、みるみる真っ赤になった。


「あ、アルド! こ、これ、もしかして……」

「どうした、ミュロン? 熱いのか?」

「あ、熱くなんかっ! そ、それより、アイツか? アイツなんだな!? 正直に言え!」

 ミュロンはアルドの胸ぐらをつかみ、ブンブン揺らす。

「わっ、分かったよ! アクトゥールで渡されたんだ! なんでも、ミュロンの婚約者だとか」

「ええ! 婚約者ですか!?」

「あら、ミュロンさん、そんな方がいらしたんですか」

「ち、ちがっ……親が気に入って! 勝手に決めただけで、私は別に!」

 動揺したミュロンが、アルドのシャツを締め上げる。

「みゅ、ミュロン……苦しい、離してくれ……」

「あ、ああ、悪い!」

「げほっ……し、死ぬかと思った……」

 ミュロンの手から離れた手紙を、ニケとユナが拾い上げる。

「あらあら、大事なお手紙を……『家は関係ない。二人で話がしたい』ですか」

「あっ!」

「『君が笑顔でいられるなら、どこにいてもかまわない』……す、素敵ですー!!」

「わ、わーっ! 見ないで、恥ずかしい!」

「……そんなに恥ずかしいこと書いてあるか?」

「だ、だって! こんな、こ、恋文みたいな……」

「もー! アルドさんはニブチンです!」

「ええ! よく言われるな、それ!」

「アルド……ミュロンさんは、とっても純粋なんですよ」

「ニケ!」

「ふうん……? つまり、ミュロンは奥手? なのか?」

「なんでそこだけ理解するんだー! うう……恥ずかしい……穴があったら入りたい……」

「じゃあ、今度アクトゥールでその人に会ったら、ミュロンが恥ずかしがってたって伝え……」

「伝えなくていい!!! うう……しばらくアクトゥールには行けないよ……」


 アルドは、押しの強い彼の顔を思い出す。彼の様子だと、ミュロンの知り合いと見ればアルドに限らず捕まえてアプローチしてくるだろう。

「うーん、さっさと話し合った方が手っ取り早いんじゃないか?」

「賛成ですね。ミュロンさん、苦手なことは早く解決するに限りますよ」

「そうですよ! 応援します!」

「うう……ちょっと、心の整理を……うわあああ!」

 ミュロンが真っ赤な顔のまま、突然走り出した。

「えっ、ミュロン!? そっちは恐竜が!」

「アルド、慌てなくても大丈夫ですよ」

「えっ、でも一人で!」

「もちろん私たちも行きます! でも……」


「吹っ飛べ! ナダラ火山の! 向こうまでー!!」

「グオーッ!」

「ミュロンーーー!!」


「大丈夫か、ミュロン! って、あれ? 恐竜は……」

「とっくに逃げてますよ。そうですよね、ミュロンさん?」

「逃げ……?」

「一撃食らわすと、すぐ引っ込んでいくんだよ。ああ、少しスッキリした」

 ミュロンは剣をおさめ、息を吐く。

「え、でもこの前は……」

「自分より弱そうなエサが飛び込んできたのに逃げられたので、怒りで興奮していたんでしょうね」

「エサ……」

「ミュロンさん、心の整理、つきましたか?」

「う……も、もうちょっと時間がほしいかな……」



 ミュロンの「心の整理」がついて、彼と話し、実家に顔を出すのは、なんと一年後のこと。

 それまでアルドやユナやイオは、アクトゥールを通るたびに彼に捕まる羽目になったのであった。





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