苦手克服大作戦!

@mofmof_ad2

第1話

「うーん……やっぱり足りないな。釣りに行くか」

 アクトゥールから小船に乗り、久しぶりに人喰い沼の釣り場へ潜ったアルドは、奥から近づいてくる人影に気づいた。

(あの影はサイラス……じゃないよな。ここで人に会うなんて珍しいな……)

 じっと見ていると、向こうもアルドの存在に気づいたらしい。

「そこにいるのは、誰だ!?」

(ん? この声は……)

 アルドが記憶を手繰ろうとした瞬間、キラリと刃物のようなものがきらめき、人影が急激に迫ってくる。

「お前が噂の魔物か!? 覚悟しろ!」

「え、魔物!? うわっ、ちょっと待て!」

 振り下ろされる斧。アルドは慌てて剣を抜き、刃を受け止めた。ガツン、という金属とは思えないほどの重く鈍い音が、地下の湿った空気をじわじわと震わせる。



「くっ! さすがに強いな……あれ?」

「やっぱりイオか! 落ち着け、俺だ!」

「あ、アルド!?」

 慌てて斧を引いて一歩下がったのは、間違いない。アルドの旅の仲間である、ラトル最強の戦士、イオだ。

「す、すまない! まさかアルドとは……」

「ああ、驚いた……何をやってたんだ? こんなところで」

「私は修行を……アルドこそ、どうした?」

「ちょっと武器の素材が足りなくてな。ここで釣れるマーシュドラゴンを狙いに来たんだ」

「マーシュドラゴン!?」

 イオの目が輝き、ぐいぐいとアルドににじり寄る。

「ち、近い! どうした、イオ!」

「そ、そいつは強いのか!?」

「マーシュドラゴンか? うーん……ものすごく強い、ってことはないぞ。イオなら一撃でやっつけられると思う」

「そうか……」

 明らかにちょっとがっかりした様子のイオに、アルドは首をかしげる。

「マーシュドラゴンがどうかしたのか?」

「いや、ここに強い魔物が潜んでいると聞いてな。ちょっと歩き回ってみたんだが、スライムとシーラスばかりだったものでな……そうか、釣りか」

「え? イオ、一人で歩き回ってたのか?」

「ああ、大丈夫だ。無理はしていない。奥には入っていないし、情報を集めて装備も整えてきた。倒れるわけにはいかないからな……」



 イオは既にラトルで一番の戦士だ。だが、過去の失敗から恐竜への恐怖感が消えず、体の力が抜けてしまうらしい。それを克服するため、あちこち修行して歩いているのをアルドは知っていた。

「なあアルド、これからマーシュドラゴンを釣るんだろう? 付き合ってもいいか?」

「ああ、いいぞ。ただ、釣れるかどうかは運なんだ。5匹釣れる日もあるし、1匹も釣れない日もあるから分からないけど」

「分かった。よし、さっそく釣りといこうじゃないか!」



 人喰い沼の釣り場では、本当に人の手の形をしたヒトデや、どう見ても花など、不思議な魚(?)がたくさん釣れる。アルドが黙々と冷却箱に入れていくのを、イオは興味深そうに眺めていた。6、7回目かのヒットで、釣竿の先がぐーっと曲がる。

「んっ! これは、来たかもしれない! イオ、準備はいいか!?」

「ひゃっ、ひゃい! いや、おう! 来い!」

 アルドがしっかりと踏ん張って竿を振り上げると、4メートル超えのマーシュドラゴンが躍り出た。



「どうだった? イオ」

「うむ……たしかに、ものすごく強いかと言われると……」

 結果から言えば、今日は3匹釣れた。アルドはサポートに回り、イオに初撃を任せたのだが、マーシュドラゴンは3回ともあっけなく力尽きた。

「よし、ヒレも皮も取れた……欲を言えば、もう少し欲しかったな」

「しかし、おかしいな……マーシュドラゴンは釣りをしなければ出てこないんだろう? 情報では、アクトゥールから沼に降りると、強い魔物が斬りかかってくるという話だったんだが」


「斬りかかってくる?」

 アルドの頭に、初めてここに来た時の記憶がよみがえる。

「なあ、イオ……その魔物、他に特徴はないのか?」

「そういえば……なにか古めかしい言葉を叫んでいるように聞こえるとか言っていたな」

「……他には?」

「ええと、たしか緑色だったとか。あれ? マーシュドラゴンは青だが……」

 予想は間違っていなかった。アルドは軽くため息をつく。

「イオ……それ、サイラスのことじゃないか?」

「え?」

「古めかしい言葉を叫びながら斬りかかってくる緑色の魔物、だろ?」

「……」

「……」

「……ああ!!」

 仲間になったことで、イオの頭の中からはすっぽりと抜け落ちていたらしい。

「そういえば、その噂でここに入る者が激減したんだったな……」

「たしかに、サイラスならマーシュドラゴンどころじゃなく強いからな……って言うか、俺は緑色じゃないだろ……」

「す、すまない……」

 アルドとイオは顔を見合わせ、深くため息をついた。

「……とりあえず、出ようか」





 アクトゥールに戻った二人は、久しぶりの再会に少し話をしようと酒場に立ち寄ることにした。イオが先に待っていると、武器屋で素材を売ったアルドが入ってきた。

「どうだ、素材は足りたか?」

「やっぱり、まだ足りなかったな。また時間があるときに釣りに来るよ」

「そうか、だがこればかりは運だからな……今日は、釣りは終わりか?」

「うーん、そうだな……せっかくここまで来たし、他の釣り場も回っていくかな」

「だったら、私も行ってみていいか?」

「ああ、いいぞ! ここからラトルに向かって、ヴァシュー山岳の釣り場でマグマインを狙いたいんだけど……」

「ん? どうした、何か問題でも?」

「マグマインは火属性だから、俺とイオだけだとちょっと面倒そうでさ……誰か水属性の攻撃ができる助っ人を頼みたいんだけど」

「水か……今日は、サイラスはいなかったしな。ああ、ニケなら近くにいるんじゃないか?」

「ああ! そうだな。ヴァシュー山岳に行ったら、いつもニケがいる場所に行ってみるか」



 軽く腹ごしらえをして酒場を出た二人は、行く先に見覚えのある姿を発見した。

「アルド、あれはユナじゃないか? もう一人は……」

「あ、ミュロンじゃないか!」

 アルドとイオが見ているとも知らず、二人はアクトゥールを出ていこうとしている。

「どうする、声をかけてみるか? ユナにも助っ人を頼むと楽かもしれないぞ」

「そうだな、同じ方向に行くみたいだし。おーい、ユナ! ミュロン!」

「えっ!? この声は……」

 アルドたちが近づいてくることに気づいたミュロンは、慌ててキョロキョロと周囲を見回す。

「どうした? 何か困ったことでも……」

「い、いいから、とにかく走れ!」

 何か話す間もなく、ミュロンがものすごい勢いで走り去っていく。

「あ! 待ってくださーい!!」

 ユナもすぐさま後を追う。取り残された二人は、一瞬固まってしまった。

「……えっ!? ど、どうしたんだ、二人とも?」

「と、とにかく、私たちも行くぞ、アルド!」

「……ん? 今のは、もしかして……」

 慌てて駆け出すアルドとイオ。走り去る四人を、若者が見ていた。




「はあ、はあ……あ、焦った……」

 アクトゥールからだいぶ離れたティレン湖道の奥で、ミュロンはようやく立ち止まった。

「はあ……やっと追いつきましたぁ……」

「や、やっと止まった……」

「お、おまえたち、速すぎだろ……」

 ユナから少し遅れて、アルドとイオも追いつく。アルドは息を整えると、ミュロンに尋ねた。

「どうした、ミュロン? 声をかけちゃまずかったか?」

「いや、あの……実家があるから……」

 ミュロンはアクトゥールの出身だが、家出中の身だ。旅をしながら、冒険家として生計を立てている。

「ああ、それは知ってるけど……ミュロンの実家が見える場所からは離れてたし、いつも普通に通ってたじゃないか」

「実は……遠くに身内が見えたんだ」

「身内? ミュロンの家族が近くにいたのか?」

 ミュロンは首を振る。いつもの堂々とした雰囲気と違い、少し気まずそうだ。

「いや、家族ではないが家族みたいな……実家の仕事に関わっている奴がね。あいつに捕まったら、ちょっと面倒なことになりそうだったから……」

「そうだったのか。大声で呼んだりして、悪かったな」

「こっちこそ悪かったね。で、二人はどうしてアクトゥールにいたんだい?」

「ああ、実は……」



「なるほど、釣りと修行ね。実は、私たちも修行に行くところなんだよ」

「へえ! でも、珍しい組み合わせだな。どんな修行をするんだ?」

「珍しい?……ああ、そうか」

 ミュロンはユナと顔を見合せ、アルドの方へ向き直った。



「アルド、私は剣の修行じゃなく、魔法の修行をしているんだよ」

「え、魔法!?」

 アルドとイオの声が揃った。仲間になってから、剣を振るっているところしか見たことがない。

「私の実家が、アクトゥールの巫女の家系なのは話してなかったかな?」

「巫女? ああ、怪しいヤツが『守り人の末裔』って言ってたけど……」

「それだよ。私の先祖は、精霊のおわすところを守る巫女でね。私も、小さい頃から巫女の修行をさせられていたんだ」

「させられていた……ミュロンは、巫女になるのが嫌だったのか?」

「巫女が嫌と言うより、アクトゥールに縛られるのが嫌だったんだね。旅人や商人が、各地の精霊の様子を報告しにうちに寄るたび、いろんな土地の話を聞いてはワクワクしたもんさ」


「それで、家出を?」

「ああ、冒険したいなんて言ったら反対されるに決まってるからね……両親には申し訳ないと思っているよ。ときどき手紙は書いているけど、まだ胸を張って帰ることはできない」

「それで、さっき逃げたのか」

「そういうこと。私と違って、アイツはアクトゥールという地から出ないことを誇りにしている奴だから……帰れ帰らないの押し問答になるに決まってるのさ」


「それで、どうして今になって魔法の修行を?」

「シェイネのおかげさ」

「シェイネの?」

「あの魔法剣を見て、なんだか似たようなことができそうなイメージが湧いたんだよ。試してみたら、思いのほか形になってね」

「へえ……」

「シェイネの魔法剣は、剣そのものが特別だから、シェイネの適性じゃないと使いこなせない代物だけど……私は逆に、普通の剣に魔力を乗せることができそうなんだ」

「え、それってすごいんじゃないか!?」

「そうだろ?」

 ミュロンはニッカリと笑った。


「この先、力押しで勝てる相手だけとは限らないだろ? せっかく持っているものを使わない手はないよ。だから同じ巫女のユナとニケに協力してもらって、魔力の出し方やコントロールを鍛えているのさ」

「ん? じゃあ、これからニケのところに行くのか?」

「そうだけど?」

「ヴァシュー山岳だよな、ちょうどよかった。俺たちも、ニケに会いに行く予定だったんだ。一緒に行っていいか?」

「ああ、私はかまわないよ。ユナもいいかい?」

「はい! イオさんもいいんですか?」

 何か考え込んでいたイオは、呼ばれてハッと顔を上げる。

「……あ、ああ、元々アルドと一緒に行く予定だったからな。同行させてもらおう」

「よし、じゃあまずはラトルに行こうか」





 一行がラトルに入ると、元気な少年が目ざとく見つけて駆け寄ってきた。

「あ、師匠ー! 久しぶりじゃないかよー!」

 イオを師匠と呼ぶ少年は、アルドたちなど眼中にないようだ。

「わっ! だ、だから私はお前を……」

「弟子にした覚えはない、だろ? 別に構わないぜ!」

「そうか、やっと諦めてくれたか」

 息を吐いたイオに、少年は間髪入れず声をかぶせる。

「なに言ってんだよ!」

「え?」

「こないだ、旅の剣士が言ってたんだ! 弟子ってのは、認めてもらうもんじゃない! 自分が師匠を決めれば、それで弟子なんだって!」

「な、なんだって!?」

 うろたえるイオの目をまっすぐ見て、少年は得意げに胸を張る。

「だから、オレは決めた! 必ず、師匠が認めてくれるくらいの立派な弟子になってみせるからな!」

「お、おい! 何を勝手な……」

「ははっ、慕われてるなあイオ!」

「アルド!」

「諦めな、イオ。そっちが勝手に弟子だって言ってるんだから、ほっとけばいいよ」

「み、ミュロンまで……」

「お、兄ちゃんも姉ちゃんも話が分かるねー!」

「生意気な口をきくんじゃない!」

「はい! すみません師匠!」

「くうっ……!」

 頭を抱えるイオ。二人のやり取りが微笑ましく、アルドたち三人は破顔した。


「もう、勝手にしろ! ただし、私もまだ修行中の身だ! いつもラトルにいるわけじゃないし、お前の面倒をみてやれるわけじゃないぞ!」

 ついにイオが折れ、少年の顔がみるみる紅潮する。

「やったー! 分かってるって、『暗黙の了解』ってやつだろ?」

「どこでそんな言葉を覚えた! それと、私の弟子を名乗るなら、ひとつ約束しろ!」

「はい! なんですか師匠!」

「くっ……いいか? どんなに強くなったとしても、調子にのるんじゃないぞ! どんな相手でも、絶対になめるな!」

「おう! いつでも全力ってことですね! 分かりました師匠!」

「忘れるなよ! じゃあ、私たちは行くところがあるから、またな!」

 イオはくるりと背を向けると、さっさと村を横切っていく。アルドたちも少年に手を振り、後を追った。





 ラトルを出てヴァシュー山岳に入ったところで、アルドたちはイオに追いついた。

「イオ、さっきのは……」

「……ああ、反省さ。調子にのって油断して、友達を死なせて村も危険にさらした私の慢心のな」

 岩場の隙間を抜けると、ぽっかりとスペースが空いているところがある。ニケは人目につかないここを拠点にしていた。

「あら、今日は……アルドとイオさんも。珍しいですね」

「ああ、久しぶりだなニケ。最近はどうだ?」

「ええ、例の仕事はしていませんよ。商人の護衛や魔物狩りをしています。約束ですからね」



 ニケは「冥府の死桜」と呼ばれる凄腕の暗殺者だった。アルドと会ってからも裏の仕事をしていたが、いろいろあって今は表の世界に戻ろうとしている。

「それで、今日は何か私に用でも?」

「ああ、実はそこの釣り場でマグマインを狙いたくて。俺とイオだけだと仕留めるのに時間がかかるから、ニケにも手伝ってもらえないかと思ってさ」

「もちろん、私とミュロンさんも手伝いますので!」

「私たちの修行が終わってからでいいっていうからさ。どうだい?」

「分かりました。私の力が必要とあらば、助太刀いたしましょう」

「そうか、助かるよ! それで待ってる間、修行を見学しててもいいかな?」

「ミュロンさんの修行ですから、ミュロンさんがよければ私はかまいませんが」

「ああ、かまわないよ。むしろ、何か気がついたことがあったら言ってもらえると助かるね」

「分かった。じゃあ、見させてもらうよ」



「ミュロンさん、この前よりも魔力が増してます!」

「ああ! やっと昔の感覚を取り戻せてきたよ!」

「ほら、まだ魔力が無駄に発散していますよ。剣の刃に沿って収束させないと、威力が上がりませんよ!」

「ぐっ、まだまだ!」

 キンッ、キンッ、とニケが刀を打ち込む音が響く。ミュロンは押し返すので精一杯に見えるが、剣を振るうたび魔力が流れているのがアルドとイオにも分かった。

「なるほど、たしかにシェイネの剣と雰囲気が似てるな。でもミュロンも、よく思いついたな……」

 三人の真剣な修行の様子を興味津々で見つめていたアルドだが、しばらくしてイオの様子がおかしいことに気づいた。


「……どうかしたか、イオ?」

「ああ……やはり、私はまだまだ未熟者だと思ってな……」

「どうして、そう思うんだ?」

「私は、ずっと修行の旅を続けてきたが……ずっと一人だったんだ」

 意味を図りかねるアルド。イオは三人から目をそらさぬまま、言葉を継ぐ。

「人から教わる、ということをして来なかった……こんなふうに」


「ミュロンは、確実に強くなっている」

「ああ、そうだな」

「私は、自分の力を高めることだけに夢中で、人から学ぼうとはしてこなかった気がする」



「今のはいいですね、さあこちらも!」

「ぐっ!」

 ガツンッ、と重い音がして、ミュロンがよろける。

「ミュロンさん、力むと魔力の流れが止まっちゃいますよ! 息を吐いて!」

「分かってるよ、はああっ!」



「ニケはすごいな……あんまり力を込めてるようには見えないのに」

「ああ、こうやって見ると強さが分かる」

 イオは大きくため息をついた。

「私も……誰かに教えを乞おうと思う。アルド、誰か心当たりはないか?」

「そうだな……どんな人がいいんだ?」

「できれば同じ斧使いで、魔力より腕力タイプがいいな。私は、魔力を使うのが得意な方ではないから」

「なるほど……今、思いつくのはレンリかな。見た目はそんなに筋肉なさそうなのに、とんでもない力を出すからな」

「レンリか。あまり一緒に戦ったことはないな……アルド、紹介してくれるか?」

「ああ、もちろんだ」

「あとは、恐怖心のコントロールを学べるといいんだが」

「心の方は、俺は詳しくないけど……俺が会った中で、いちばん動揺しなかったのはイスカだな。夢意識事件で心の奥まで入ったりしてるし、何か参考になるかもしれない」

「無意識の事件?」

「ああ、何ていうか……その人が本当に願っていることが形になっている世界っていうか……ごめん、説明しづらいんだけど」

「自分が本当に願っていること、か……心の奥をのぞく感じか?」

「ああ、そんな感じだな」

「それは……怖いな」

 イオは目を閉じて少し考え、目を開けるとアルドの方へ向き直った。

「イスカの話も聞いてみたい。アルド、紹介を頼む」

「ああ、じゃあ一緒にイスカたちの時代に行くか」



「さあ、もう少しです! 出し切って!」

「頑張って! ミュロンさん!」

「はあっ、はあっ……行くぞ!」

 キンッ、ガッ、カンッ、と激しく音が続き、最後にパンッと高い音と共に光が走る。それと同時に、ミュロンが膝をつき、そのままドサッと音をたてて地面に倒れた。


「ミュロン!? 大丈夫か!」

 慌てるアルドとイオを、ニケが手で制する。

「大丈夫です。体力と魔力を消耗しただけですから。ユナさん、治癒をお願いします」

「はい! どうぞです!」

 ユナが杖を掲げて祝詞を唱えると、間もなくミュロンが目を覚ました。



「……ああ、倒れたのか……ありがとね、ユナ」

「いいえ! 私でお役に立てるなら!」

 ミュロンは体を起こし、涼しい顔で立っているニケを見上げる。

「どうだった? 今日の私は」

「良くなっていましたよ。魔力がだいぶコントロールできてきましたね」

「ああ、自分でもかなりコツをつかめたと思うんだけど……まだどうしても、腕力に頼ろうとしてしまうね」

「でも、前より魔力が安定してます! いい感じですよ、ミュロンさん!」

「ああ、俺から見ても、確実に強くなってるよ」

「そうかい? イオ、何か気がついたことはなかったかい?」

 イオは少し考え込み、口を開いた。


「そうだな……参考にしてるのは、シェイネだけか?」

「……え?」

「いや、たしかにシェイネの魔法剣に似てるんだが……力の入れどころが違う気がしてな。何と言うか……ギルドナやディアドラの剣に近いものを感じる」

「!!」

 ミュロンは、まだふらつく足でイオに駆け寄り、肘の辺りをガシッと掴んだ。

「ど、どうした!?」

「それだ……!!」

「え?」

「自分でも、どこか違う感じはしてたんだ! 魔力のコントロールが未熟なせいかと……でも、そうじゃなかった! 混ざってたんだ!」

 ミュロンは興奮して、イオの腕を掴んだまま、上下にブンブンと振る。

「お、おい、痛いって!」

「あ、すまない! ありがとうね、イオ!」

 ミュロンは手を離さないまま振り向くと、笑顔で叫んだ。

「ニケ、ユナ! ちょっとだけ試させてくれ!」



「イオ、よく分かったな」

「い、いや、感じただけと言うか……」

「感じただけでも、十分すごいよ。俺は全然分からなかったぞ」

 回復しきっていないにも関わらず、ミュロンは嬉々としてニケと手合わせしている。明らかにキレが良くなり、ニケとユナから感嘆の声が漏れている。

「なあ、イオ。イオはずっと一人で、誰からも学ばなかったって言ってたけどさ……ちゃんと学んでたんだと思うぞ」

「え?」

「だって、みんなが気づかなかった違いを、ちゃんと見抜いたじゃないか。すごい観察力だよ」

「観察力……」

 イオは少し考え込んだ。

「そうだな……油断しないと自分に言い聞かせているから、細かいことでも見逃さないように気をつけているのは確かだ」

「それが役に立ってるんじゃないか! そう言えば、さっき沼で会ったときも、情報を集めてきたって言ってたよな」


 ふっとイオの表情がやわらかくなる。

「そうか……無駄じゃなかったんだな……」

「ああ! レンリやイスカからも学べば、絶対にもっと強くなれるぞ!」

「よし、頑張る! 必ずきょ、きょほりふ……恐竜! への恐怖心に打ち勝って……」

「えっ!?」


「えっ?」

「あっ、しまった!」

 アルドとイオが声の方を見ると、自称「イオの弟子」の少年が岩影に立っていた。



「お、お前! なんでこんなところに!?」

「こっそりついてきたのか! 子供一人で、危ないだろう!」

 少年は一瞬怯んだが、すぐに顔を引き締め叫んだ。

「そ、それより! 師匠、冗談だよな? 恐竜が怖いなんて……!」

「うっ……聞いてたのか!?」

「なあ、嘘だろ! だって、師匠は『恐竜殺しのイオ』じゃないか!」

 ミュロンたちも異変に気づき、手を止めて成り行きを見守っている。

「……嘘じゃない。私は、き、恐竜が、怖いんだ……」

「イオ!」

「う……嘘だー!」

 少年はくるりと後ろを向くと、そのまま走り出した。

「あっ、おい待て! 一人で危ない!」

「はっ、あっちには! まずいです!」

 ニケの叫びに、イオとアルドが駆け出そうとした、その時。


「グオオオオーーー!!!」

「うわあああーーー!!!」


 山肌を震わす咆哮と、子供の悲鳴が同時に響いた。



「う……た、助けて……!」

 五人が駆けつけると、少年はじりじりと恐竜に追い詰められ、岩肌に背をつけて震えていた。

「今助けてやる! 動くな!」

「し、師匠……やだ、オレ、死にたくない……!」

「当たり前だ! 絶対、助ける!」

「い、イオ! 大丈夫か!?」

 斧を構えているものの、イオの体が震えているのは一目で分かる。そしてこの間にも、恐竜は少年に迫っている。

「ググゴオオ……」

「うう……父ちゃん……母ちゃん……」

「アルド、私がオトリになる!」

「なっ、できるのか!?」

「もちろんだ!」

 言うが早いか、イオは恐竜の前に飛び出した。


「さあ、お前の相手は私だ! こっちだ!」

「グル……」

「ほらほら、そんなちっちゃい子供より私の方が肉があるぞ!」

 イオは少しずつ回り込み、恐竜の視線を少年から逸らしていく。

「ニケ、ミュロン! 今のうちにコイツを保護してくれ!」

「承知しました!」

「任せときな!」

「ユナ、治癒の準備を頼む!」

「は、はいっ!」

「グル……グ……?」

 少年が消えたことに、恐竜が気づいた。

「まずい、気づかれたか! イオ、こっちだ!」

「グガオオオ!!!」

 ビリビリと肌を刺す怒りの咆哮。

「アルド! 今だ、行くぞ!」

「ああ! 仕留める!」

 二人は全身全霊を込めて、左右から恐竜に斬りかかっていった。



「ははっ……何とかなったな……」

「ああ、ちょっと危なかったな……」

 少年を安全なところに隠れさせ、ニケとミュロンが戻った頃には、ほぼ勝負は決していた。恐竜は不利を悟ったらしく、巣のある奥の方へ引っ込んでいった。

「し、師匠……」

「ああ、大丈夫か? ケガはないか?」

「うん……」

「そうか、良かった……このバカ弟子め!」

「ええっ! い、イオ!?」

「私は師匠だ! 弟子がバカな真似をしたら叱らなきゃいけない!」

 イオは険しい顔でよろよろと立ち上がると、ぐっと背筋を伸ばし、少年と向かい合った。


「お前! さっきラトルでした約束を忘れたのか!」

「え……」

「どんな相手でも、絶対になめるなと教えたろう!?」

「な、なめてないよ!」

「そうか? 一人でヴァシュー山岳を歩き回っても大丈夫だと、そう思ったからついてきたんだろう? それをなめてるって言うんだ!」

「……!!」

「どんな場所に、どんな相手がいるか分からない……そこに丸腰で、子供一人で、油断以外の何だって言うんだ! そんなヤツは弟子とは認めない!」

「ええっ! そ、そんな……!」

「おい、イオ、気持ちは分かるけどもう少し優しく……」

「そ、そうだよ! オレ、師匠の強さの秘密が知りたかっただけなんだよ! これからは絶対に無茶しないから! ごめんなさい!」

 はああ、と大きく息を吐き、イオは少しだけ表情をゆるめた。


「……怖かったろう?」

「うん、すげー怖かった……もう死ぬかと思った……」

「私が震えていたのを見たろう?」

「うん……嘘じゃなかったんだね、師匠が恐竜が怖いって」

「私が怖いのはな……恐竜そのものじゃないんだ」

「……え?」


「お前だって知っているだろう? 私が『恐竜殺しのイオ』と呼ばれるようになった事件のことを」

「う、うん……師匠以外、全員死んだって……」

「大切な友達だったんだ……みんな、私の目の前で倒れていった。私は、守れなかったんだ。そもそも、自分も死んでいたかもしれない……それから、恐竜を見ると体が震えて力が入らなくなってしまった」

「師匠……」

「でも、それでも……また私の目の前で、誰かが倒れるのが、守れないことが、いちばん怖いから……修行を続けているんだ」

「……」

「だから、今日は、お前を守れてよかった。バカ弟子だけどな」

「う……うわあん……師匠、ごめんなさい……ごめんなさい!」

「次に無茶したら破門だからな!」

「うん……分かりました……師匠……!」

 イオがぎこちなく頭をなでる。少年は肩を震わせて泣いていた。




「無事、ラトルに送り届けてきたぞ」

 アルドが戻ると、四人は岩を背もたれにして休んでいた。

「ありがとう、アルド。長老には、あとであいさつに行くよ」

「とりあえず、弁当と飲み物を買ってきたから食べないか? みんなボロボロだしな」

「お、ラトルのスパイシーソージャン! 暑いところで辛いものを食べるのもオツだね!」

「それと、フィーネにサンドイッチとおむすびを持たされててさ。よかったらつまんでくれ」

「わあ! フィーネさんのお弁当、久しぶりですー!」

「ところでアルド、釣りはするのですか?」

「あ! うーん、今日はもういいかな……急ぐわけでもないし。また来るよ」

「マグマインを狙うときは声をかけてくださいね! お役に立てると思いますから!」

「ああ、よろしく頼むよ!」

 五人は食事をしながら、近況を報告しあった。



「じゃあ、イオ。レンリとイスカの都合を聞いたら、連絡しに来るから」

「ああ、よろしく伝えてくれ」


 アルドは皆に手を振り、次元戦艦に乗り込んだ。


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