鬼と食と人について

葎屋敷

人と食と鬼について




 妖怪、物の怪、魔物に化生。魑魅ちみ魍魎もうりょうどもがこの世にはばっこばっこと蔓延っている。


 その怪物たちの中には人を食べる鬼がいるのだが……。


 そういう人食ひとくいおにってやつを、想像したことはあるか?




* * * * * * * * * *




 ひとりの少年がバッドを右肩にさげながら歩いている。反対の左肩にかけられたスポーツバッグの中で、水筒に入っている氷が少年の動きに合わせてカラカラと音を立てていた。

 少年が私物の重さに耐えながら己の目的地へ進んでいると、ひとりの青年が重量オーバー寸前のその肩をぽんぽんと後ろから叩き、声をかけてきた。



「よ、少年。今日もまた野球か?」


「なにしに来たんだよー、不良の兄ちゃん」


「こらこらこらこら。不良じゃねぇって」



 少年は後ろに立つ青年の方を向く。嫌味を青年に送りながら、不機嫌さを見せつけるように眉を吊り上げた。



「母ちゃんが言ってたぞ。平日のお昼とかにフラフラしてる兄ちゃん見かけたって。昼に学校行ってないなんて不良だって」


「今どき偏見だと思うね。俺は激ウマグルメを追い求める孤高の旅人なんですぅ」



 先程とは打って代わり青年の方が眉尻をあげ、さらに頬を膨らませて不服を態度に表す。



「ぶりっ子すんなよ兄ちゃん、きんもっ。そういうの無職って言うんだぞ。それにいっつも俺らの野球眺めてるだけじゃん。グルメ関係ないじゃん」


「手厳しくて俺泣きそう。まあ、そう言うな少年。このアイスが目に入らぬか?」



 青年はそう言うと己のボストンバッグに手を突っ込む。人ひとり入りそうな大きさのバッグの中をガサゴソと音を立てながら探ると、コンビニのビニール袋を取り出した。そしてそれを少年の眼前に掲げる。すると、半透明な素材越しのアイスと大量のドライアイスが少年の瞳に飛び込んできた。



「やっりぃ。サンキュー兄ちゃん! あ、カントクー、ニートでぼっちの兄ちゃんがアイスくれたー!」


「孤高の旅人! もしくはグルメな兄ちゃんと呼べ!」



 少年は青年の訂正を求める声など無視し、己の五十メートルほど後ろを歩いていた男を見つけ、その下へと走っていく。

 監督と呼ばれたその男は元より前方にいたこちらに気付いていただろう。その目線は青年が後ろを振り返るよりも前から固定されていたように、青年には思われた。



「おやおや。また人数分もらって……」


「いやぁ、気にしないでくださいよ。ここにいると美味しい食事にありつけるもんで」



 袋の中を見ながら感謝の念を伝える監督に、青年は歩きながら笑顔で対応する。それを見た監督は困ったように眉を下げながらも、同じく笑顔を返して見せた。



「今日も見学して行きますか?」


「是非」



 監督の提案に青年は歯を見せながら頷いた。



* * * * * * * * * *



「ナイスピー!」



 少年たちの声が熱で歪んでいるようにグラウンドに広がっていく。その声援の凄まじさたるや、少年たちの応援するピッチャーを通り越し、さらにその遠くにいる一塁ランナーをも通り過ぎるほどだ。


 マウンドに立つ少年の一人が大きく振りかぶり球を投げる。指に小さく引っかかりながら放たれたそのボールは、乾いた音を立てながらキャッチャーのミットに収まった。



 青年はそんな少年たちの試合を模した練習風景を、腹を鳴らしながら見守っていた。



「アイス、ご自身でも食べたらいかがですか?」


「いやぁ、俺腹減らしにここに来てるんで」



監督は青年の様子を見てベンチの傍に置かれたクーラーボックスを指さす。青年が監督の提案に断りを入れると、監督は青年の横に腰掛けながら、不可解そうにその顔を見た。



「腹を減らしに……、ですか?」


「ええ、そうです。腹を減らしに」


「あなたがここを見学するようになって一週間ほど経ちますが、初めてそんな理由だと知りましたよ。真意をお聞きしても?」


「いやあ、そんなたいした理由でもないんですけどね?」



 監督の探るような視線に青年は気恥しさを覚えたのか、人差し指で頬を掻きながら答える。



「こう、すっごい美味しそうな肉が目の前にあるんです。それを目の前にして、すぐに食べたら、それはそれで美味しいんですけどね? 食べるのを我慢して、辛抱して、胃の中がほとんどからっぽって状態で食べると、それこそ極上ってやつでして」


「ほうほう」


「でも、ただ目の前で待てってやられてても、俺はそこらで飼われてる犬のように利口に待ってられないわけです。だから空腹から気を紛らわすものを探し求めていたんです。そしたらほら、少年たちの青春風景が目の前に」


「ふむふむ、なるほど。つまり――」



青年の話を聞いた監督は答えをひとつだす。その答えの数を示すように右手の人差し指を立てながら、辿り着いた考えを青年にぶつけた。



「――つまり君は、間食しないように、ここでご夕飯までの時間潰しをしているのですね?」


「いやぁ、あはは」



 青年は監督の出した回答にマルバツをつけることもなく、乾いた笑い声で誤魔化した。



「そんなことしなくても、ご両親に『夕飯の時間まで食べ物は絶対に出さないで!』とお願いしては?」


「……独りなんですよねぇ。家出してから、音信不通です。互いに生きてるかどうかもわかってませんよ。今はネットカフェとホテルの住民です」


「おや、それは失礼なことをお聞きして……」


「いやいや、全然隠してないんで! むしろ聞いてくれた方がスッキリしますよー」



 青年は手を横に振りながらカラカラと笑う。その様子に監督はほっと息を吐いた。



「独り身楽ですよ。毎日肉ばっかりでも誰にも文句言われないし」


「お肉が好きなんですか?」


「ええ。肉料理を極めつつ、全国津々浦々美味しい肉を探し求めているわけです」



 青年の鷹揚な態度に引っ張られるようにしながら二人の会話は転がっていく。


 二人の談話の最中、ひとりの少年が声を張って監督を呼んだ。



「監督―! 終わりましたぁ」


「今行きます! では失礼。どうぞ気の済むまで見学して行ってください」


「いやぁ、どうもどうも」



 少年たちの方へ小走りで向かう監督の背中を見つめながら、青年はボソリと独り言を放った。



「あー、はらへった」



* * * * * * * * * *



 少年たちの野球練習も終わり、青年もひとまず帰ろうと支度をする。少年たちと同様、青年がベンチに置いていたボストンバッグを肩にかけると、少年たちを解散させた監督が近寄り、声をかけてきた。



「すいません、もし良かったらこの後お食事でもいかがでしょう?」


「え、マジっすか?」


「ええ。実は私も独り身でして。たまには誰かと談笑しながら夕食にしたいと思ってたんです。お金の心配はなされなくて大丈夫ですよ」


「いやぁ、なんか悪いなぁ。でも俺もお腹空いて限界だったんで! ゴチになります!」



 青年は花の満開にも負けない鮮やかな笑顔を監督へ向ける。それはこれから満ちる幸福感と満腹感への期待だろう。



 二人のそばを帰り支度を済ませた少年たちが通り過ぎて行く。



「じゃあなー、ニートの兄ちゃん」


「働いた方がいいぞ」


「じゃっなー、根無し草兄ちゃん」


「ダメな兄ちゃん、バイバイ」


「地味に最後のやつがダメージ強めだわ」


「こら! 君たち!」


「あ、監督。全然、全然大丈夫なんで!」



 通りがけに青年を罵倒する少年たちを監督は諌めようとする。しかし青年はあまり気にしていないのか、少年たちではなく監督の方を制止した。



「本当にすみません。あの子たちときたら、毎回差し入れももらっているというのに……。また明日叱っておきますから」


「あ、大丈夫ですよそれ。気にする必要ありませんから」



 青年は監督に対し型にはめたような笑顔を浮かべる。そして、もう一度、念押しと言わんばかりに言葉を放った。



「本当に、気にする必要がありませんから」



* * * * * * * * * *



「監督、食事ってことでしたがどこに連れて行ってもらえます?」


「着いてからのお楽しみということで」



 先行する監督に青年が着いてくこと十五分。振り返った監督は、街灯のほとんどのないこの暗い道を辛うじて小さく照らしているのはこの青年の笑顔ではないか、と錯覚させられる。青年はそれほどまでに眩い笑顔を浮かべながら、これからの食事に期待を膨らませている。それは他の誰が見ようと明らかであるほどに。



「もうすぐ着きますよ」



 監督は前へ向き直り、歩を速める。彼は後ろから付いてくる者には見えぬように、そっと口角を上げた。



* * * * * * * * * *



 監督が青年を引き入れた建物はトタン屋根だった。砂埃で汚れた窓に、床に散らばった蛍光灯のガラスが訪問者など不要であることを告げている。

 青年は床や壁に染み込んだカビの匂いを嗅ぎ取りながら、月明かりが扉の隙間と窓から建物内をうっすらと照らしてくれていると確認した。



「こんなところになんで、って聞いていいっすか?」



 青年は飄々とした様子で監督に尋ねる。答えは返ってこない。青年は監督の顔を覗き込んだが、彼は人の好く笑顔をうっすらと浮かべているだけで、黙っている。



「にしても、まさに廃工場って感じがしていいですねぇ。俺、こういう薄暗いところ好きですよ」



 青年は監督に答えを聞かす様子もなく、怒った様子もない。半円を描きながら身体の向きを少しずつ動かし、建物の内部の様子を眺める。

 ちょうど青年の身体が反転したころ、つまりは向き合っていた監督に背中を向けたとき――、





 監督が右腕を青年の方へ、地面と平行になるようにあげた。その腕の内側から肉が盛り上がる。内部から広がる筋組織がその持ち主の皮膚を食い破った。その筋組織はゴポゴポと沸騰した水のようにあぶくを作りながら膨らんでいく。そして建物の入り口から青年が視線を監督に戻そうとしたとき、年輪が幾層にも重なった大木のように大きくなった腕が青年の頭へと振り下ろされた。





 床を抉るような音が建物全体に響く。その振動で剥がれ掛けていた壁の塗装の欠片が音も立てずに床に落ちた。




「ダメだよ、監督。そんな大きい音立てちゃ。誰か来たら大変ですよ? お互いに」




 青年は笑う。その視線の先には一歩位置をずらした青年の代わりに粉々になった床の亀裂があった。



「鬼ってさ、獲物の前で舌なめずりするのが生態なんですかね? 監督はどう思います?」


「あ、がっ、なに、を」



 青年が監督に質問をしても、返ってくるのは答えではなく全く別の趣旨を持つ疑問だ。それに嘆息を漏らしながら、青年はその疑問の趣旨の確認を取る。



「なにって……。ああ、あなたの眉間に今刺さってるナイフのことですかね?」



 青年は監督の眉と眉の間を指さす。その刃渡り、柄共に短いそれは丁寧に研がれたものであり、集めた月の光を周囲へと放っただろう。しかしそれは、その切先が埋もれた場所から噴き出た血にその刃を覆うように汚されていなければの話だが。



「これ、知り合いの神社の人に作ってもらった怪異あんたらによく効く良いナイフですよ。これ柄の内側割って見てみると、アスファルトで焼肉にされたミミズみたいな文字がたくさん書いてあるんです。いやぁ、見せる機会がなかったのが残念ですよ、っと」



 青年は鞄から新しく三本の小刀を出す。そして膝を地に着かぬように踏ん張っていた監督の両足と、徐々に己の方へと動き始めていた彼の右腕にそれらを投げた。



「がああ! ぐがぁ!」



 三本の小刀が青年が狙った通りに命中すると、監督は空気を喉で破裂させたような悲鳴をあげながら後ろへと倒れた。

 青年は監督の顔へと近づき、膝を曲げて天井を仰ぐその顔を覗き込んだ。



「ねえ、監督。いや、鬼さんとかの方がいいですか。だって鬼なんですから。あ、でも監督であることも間違いではないですもんね? どっちがいいですか?」


「お前は……いつから……、俺が鬼だと――」


「鬼って人間社会に溶け込んで、なるべく隠れながら人を攫って食べますよね? 身をひそめて生きてるのって、やっぱり意外と弱くて俺みたいなのにやられちゃうからですか? でも俺、鬼見るとすっげぇお腹空くんで、人のふりしてても一発見ればわかっちゃうんすよねぇ。」



 青年はくすくすといたずらの成功した子どものように笑う。



「だから俺のこと狙ってくれないかなぁって思ってちょっと誘導したんです。心配するやつがいない人間を襲うのは後処理楽そうでいいですよね? でもそれはお互い様なんですから、監督も気をつけなくちゃ。こんな解体作業のしやすい人気ひとけのない場所に連れてきてくれるなんて、にやけちゃってしょうがなかったですよ」



 青年は監督おににくどくどと語りかける。その間にも彼の刺した小刀の傷口から血が止まらない。正確には彼の細胞が数秒で塞がろうとするのを、その小さな刃が妨げていた。誰もその柄を握ってはいないはずであるにも関わらず、刺さった刃の周りの肉が見えない力に抉られ続けている。



「お前は、なん、なんだ……」


「んー? メイドさんの土産ってやつですか? いいですね。お付き合いしますよ、俺。そういうの好きです。でも『なんなんだ』っ言われてもなぁ。俺、ただの人間ですよ、まったく。いや、他に呼び名っぽいのがある方がいいですかね?」



 青年は己に見合う言葉を脳内にある国語辞典を一頁ずつめくって探す。しかし彼は途中でその綴られた紙束を思考の外へ放り投げた。



「まあ、あんまりうまい言葉は思いつかないので、端的に。俺は、あんたみたいな全国各地に赴くグルメな旅人ですよ、監督。人間が熊肉を食うことも熊が人肉を食うことも両方ありえるでしょ? だったら人間が人肉食ってる鬼の肉を好むことがある可能性も考えなきゃ。肉の中で鬼の肉が一番だと思いますよ、俺は。誇りに思っていいですとも」



 青年は笑って、新たに鞄から取り出した小刀を横たわる監督の胸に突き刺した。



* * * * * * * * * *



 いつもなら少年たちの声が広がる練習場。しかし今日に至ってはその限りではない。少年たちは輪を作り、顔を見合わせていた。

 青年はいつもより多くの荷物を持って少年たちに声をかける。少年たちは大荷物の青年が肩にかけたクーラーボックスを見た。



「よ、少年たち」


「あほの兄ちゃん……」


「ただの悪口やめろ」


「なんだよそのクーラーボックス。監督が持ってたやつと似てるな。買ったの?」


「ん? まあどこにでもあるタイプじゃん、気にすんなよ。そんなことより野球はやらないのか?」



 青年の質問に少年たちは顔を見合わせる。



「監督が来ないんだよ。もう練習始まる時間なのに……、風邪かな?」



 心配が熱意に勝り、気持ちが沈殿する少年らに対し、青年は晴れやかに声をあげた。



「ま、とりあえずルーティンやってればいいっしょ。ほら、練習しないと野球うまくなんないぞ? 準備体操やったやった」



 青年に促され少年たちはいそいそと準備を始める。その様子を見た青年は踵を返しその場を去ろうとした。しかし、ひとりの少年がその背中に声をかける。



「兄ちゃん、今日は見てかねーの?」


「ああ。ちょっと別の町に移動しようと思って。もう見学にも来ねぇと思うわ」


「え、なんで!?」



あっけらかんと答える青年に対し少年は驚きの声をあげる。それを見た青年は少年の反応を不思議そうに見た。



「なんだよ。グルメな旅人って言ったろ? 目的の肉は手に入ったし、また腹空かせながら激ウマ肉探すさ。……どうした?」



 青年はその存在を主張させるようにクーラーボックスを軽く手でたたく。

 一方で少年は己の気持ちの落胆を強調させるように深くため息を吐いた。



「なんかどんどん人が減ってく。この前もチームメイトがひとり家出したっきり帰ってこないんだ。だから兄ちゃんをチームに入れようってみんなで相談してたのに」


「少年チームに勧誘されても困るわ……。そのチームメイトってお前らと同じ小学生?」


「おれの一個下。それがどうしたんだよ」



 少年の回答に青年は合点がいったといわんばいかりに、右手で作った握り拳を左の掌にぽんっと乗せた。



「あ、なーるほど。あれはそういうこと。少年、その友達に会いたくなったらこの近くの公園に行け。そんで、手合わせとけ」


「はあ?」



 少年は青年の意図が読み取れずに声を漏らす。青年は少年の不可解そうな顔を見てキシキシと笑った。



「じゃあな、少年。またどこかで会えたらいいなー」


「あ」



 青年は少年の不意を突くように小走りで駆けだす。少年が引き留める間もなく、青年の背中はみるみるうちに遠のいていった。



* * * * * * * * * *



 四更しこうを過ぎたころ、眠る草木も見つからない人に放置された金属の箱の中、青年は建物の二階へと続く階段の前で作業に勤しんでいる。

 その階段は錆びれており、崩れかけていた。いつ崩壊してもおかしくないその手すりに、青年は死体が結ばれたロープを括りつける。ロープの繋がれた足が持ち上がり、死体が宙ぶらりんになった。


 青年はその死体の腕を井戸の水汲みをするように何度も上下させ、放血を促す。複数の傷口から大量の血液が解放されたと言わんばかりに、勢いよく流れていった。



「はやくしねぇと、朝になっちまうなぁ。監督のメイドさんに付き合わなきゃよかった」



 そう独りちる青年は死体の皮を剥いでいく。慣れた手つきで皮を剥ぎ終わると、続いて青年は付けていたゴム手袋の裾を一度引っ張った。


 中が見えやすいように死体の傷口へと手を突っ込み、外側へと皮膚を引っ張る。そして中の内臓を守るために存在する骨を小刀で切っていく。不思議なことに鬼の骨は、玉葱のように簡単に切られていった。

 邪魔するものも切り落としたため、青年は死体のさらに奥へと手を入れ、内臓を掻き出していく。途中、その死体の胃を取り出したときだ。青年は違和感を覚えた。



「……ん?」



 青年は取り出した胃を切り裂くと、中から小さな手を見つけた。所々腐ったように溶け落ちているが、その大きさや骨格からして子どもの手である可能性が高い。



「……なぁんだ。もう誰か食べてたのか。まったく、食いしん坊なんだから」



 青年はその手をゴム手袋越しに掴むと、保存袋のひとつへ入れた。



「人間さんは鬼よりおいしくなってから出直してくださぁい。まあ、同族のよしみで解体の後でどっか埋葬してやるよ。公園とかでいいかな? 茂みが結構深かった気ぃするし」



* * * * * * * * * * 




 この世には悪鬼羅刹が延々と跳梁ちょうりょう跋扈ばっこしている。


 その中には人を食べることで生命を紡ぐ摩訶不思議な生き物がいるのだ。


 そういう人食鬼の存在を考えたことはあるか?





 考えたことはある? それは結構。想像力は人間の武器であるのだから、脳みそを動かすに越したことはない。



 では、その反対は考えたことあるだろうか。




――俺のような鬼食人おにくいびとについて、考えたことはあるか?




* * * * * * * * * *




 青年は上機嫌で歩いている。彼の手には紙に包まれたメンチカツがひとつ。それに青年は大胆にかぶりつく。


 青年はすぐに口を離さない。恍惚の表情を浮かべながら、たっぷりと外に零れ落ちそうになる肉汁をそのまま吸いあげた。それは玉葱のエキスと絡み合い、油の香ばしさが引き立てられたものだ。揚げるのではなく、焼くことで冷めても衣の中に閉じ込められてたままでいるそれを、己の口の中へと連れ込んでいく。



「うーん、激ウマっ」



 手に入れた肉で作られた絶品に舌鼓を打ちながら、青年は満足そうに口角をあげた。



 青年がそのメンチカツを食べ終わったのはちょうど公園内を歩いていたときだ。駅までのショートカットとして、電車が動く時間帯にはそれなりに人通りがあるが、その時間を過ぎれば街灯がまだらに立つだけの薄気味悪い道へと変わる。

 青年は朝未だきに地面を掘ったことを思い出しながら、ゴミと化した紙をくしゃっとボールのように丸めた。そして近くに置いてあるゴミ箱に向かい、山なりに放り投げた。丸まった紙屑は見事ゴミ箱の中へと入る。それを確認した青年は達成感を覚えながら止めていた足を前へと進めた。



「ごちそーさんでした!」

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鬼と食と人について 葎屋敷 @Muguraya

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