第2話 コロサレタ
彼女は知っているだろうか?
ぼくのケータイの中にこっそり撮った彼女の写メが入っていることを。
毎日お守りのように一度だけ眺めるようにしていることを。
それ以上眺めていたら、確実にぼくの心臓は破裂してしまうから。
いま、ぼくはその憧れの彼女を前にして、椅子に座っている。
彼女はぼくの顔をジッと見ては、キャンバスに木炭を走らせていた。
「玲治くんて、部活ないよね。いつも学校帰ったら、なにやってるの?」
ふいに話しかけられ、ドキリとする。
ぼくにとっては、彼女の声すら甘い猛毒だ。
「別に……なにも。宿題とか」
「趣味は? ないの?」
「──」
君のことを妄想すること。
そう素直にこたえそうになって、慌てて踏みとどまる。
黙ってしまったぼくに、彼女はキャンバスの陰から哀しそうな顔をのぞかせる。
「……そんなに、わたしのこと嫌い?」
「え」
「いつも、わたしのことだけさけてるでしょ?」
それは、好きすぎるからで。
好きすぎて、理性が保っていられなくなりそうだからで。
嫌いだからだなんて、とんでもない!
──と言えたら、どんなにか楽だろう。
「わたしね……」
そして彼女は、
「彼氏ができたんだ」
爆弾を、落とした。
ぐわんと頭が痛んだかと思うと、次には目が真っ暗になっていて
急に痛み出した心臓を押さえて、ぼくは椅子ごと床に倒れ込んでいた。
なに──?
いま
彼女
なんて──?
(カレシ ガ)
デキタッテ──。
ああ、ついにそのときがきたのか。
ぼくは彼女を愛しすぎるから
だから、今度は身体が拒絶反応を起こしたんだ。
彼女が他の男のものになるなんて、他の男に穢されるなんて、確かにこのまま死んだほうがましだ。
「玲治くん!? 玲治くん!」
慌てて駆け寄ってきたらしい彼女の声が、きこえる。
「どうしたの!? 大丈夫!? 待って、いま誰か呼んで──」
「呼ばないで」
息を切らせながら、ぼくは必死にうったえた。
「このまましんだほうがいい」
視界が真っ暗になったのは、他の男のものとなった彼女を映したくないからだろう。
なんて素直な、ぼくの身体。
「なに言ってるの!」
「きみのこと、あいしてた」
彼女が、はっと息を呑む気配。
最期なんだから、これくらい言いのこしていったっていいだろう。
愛すら告げられずにこの世を去ったら、ぼくが可哀想すぎる。
でも、できれば最期に
君の姿を、目に灼きつけていきたかったな。
「玲治くん……!」
君のこと、愛しすぎて愛しすぎて、だからぼくはこうして君に殺されるんだね。
「玲治くん……!」
ミエナイ
キミノ
キミノ スガタガ
ミエナイ──。
「うそだから! わたしが好きなのは、玲治くんだから!」
泣き叫ぶように言った彼女の声が、魂の抜けかけたぼくの耳に入ってくる。
「好きじゃなきゃ、いくら顔がきれいでもモデルなんて頼んだりしない! 彼氏がいるって言ったら玲治くんの反応が見られると思って、嘘ついたの!」
ぼく
天国に いるのかな?
天使が彼女を象って、優しい嘘をついてくれてるんだろうか。
「ほんとだよ……だから、哀しいこと言わないで……」
ゆっくりと、視界が戻ってくる。
心臓もの鼓動も正常になり、頭の痛みもひいてくる。
横たわったぼくを前にして、彼女はしゃくりあげて泣いていた。
こんなときにも、その姿は可愛らしすぎてぼくの心臓に別の意味で大打撃。
ああ、やっぱりコロサレタ。
ぼくの、理性。
起き上がったぼくは、彼女を抱きしめてその涙を唇でふき取るようにキスをしていた。
「ぼくのこと、変わってるって思わないの?」
「そこが、いいんじゃない……」
そして彼女は、顔を上げてぼくを見つめた。
その無垢な瞳が、涙できらきらと潤んでいる。
澄み切ったその眼球ごと、食べてしまいたいよ。
それくらい、ぼくは君のことが好きだよ。
ううん、愛しているよ。
「井坂さん」
ぼくはゆっくりと、彼女の頬を撫でる。
こうしてぼくは、これから彼女を穢していくんだ。
「死ぬほど君を、愛してる。ぼくの、恋人になって──」
彼女はゆっくりとうなずいて、そして花のように笑った。
「うん!」
◇
“アノ人”だった彼女は、ぼくの恋人になった。
あの日美術室に置き去りにされたぼくの理性は、コロサレタはずなのに
いまのところまだ、彼女は汚れていく気配もなく、無垢な瞳のままだ。
ときどき、愛おしさが極限に近づくと
あのときの後遺症なのか、彼女の姿だけが見えなくなるときがある。
そのたび彼女は心配するけれど、ぼくはさして気にしていない。
愛ゆえにそうなるのなら、悪くはない。
ぼくは、愛のためだったら
地獄にだって 狂気にだって
どこまでも、──堕ちてゆける。
《End》
アイシテ・ミエナイ 苑田愛結 @ousaka38
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