アイシテ・ミエナイ

苑田愛結

第1話 アイ

好きで、好きで

好きで好きで好きで好きで好きで好きで

好きで、たまらない。


頭の中は、アノ人のことでいっぱいだ。

──こんな沸騰したように熱を持つ感情を、誰もが持っているのだろうか。



「玲治(れいじ)くん」


普通に呼ばれただけなのに、全神経がその声に集中する。

全身が、熱を持つ。


恋をしている人間って、みんなこうなんだろうか。

彼女に名前を呼ばれたとき、ぼくはいつもそう疑問に思う。


何気ないふうを装って振り向くと、そこには彼女が立っていた。

彼女──ぼくの愛してやまない、井坂孔美(いさかくみ)。


艶やかな黒髪はさらさらと背中までのびていて、風が吹くたびにぼくは見惚れてしまう。


なにより彼女に惹かれたのは、その強い意志を持った、けれど高校生にしては澄みきっている黒曜石のような瞳だった。

クラスの中でとりたてて美人というわけでもないのに、その瞳だけで誰もを虜にしてしまう不思議な魅力を持っている。


高校生でここまで無垢な瞳って、犯罪だろう。

彼女の瞳をじっと見ていると、そのまま守ってあげたくなるような、この手で穢してしまいたくなるような、もどかしい気持ちになってくる。


だからぼくは彼女と話すとき、いつも目を合わさない。


「なに?」


ようやく返事を返したぼくに、彼女は右手に持ったスケッチブックを揺らした。


「絵の、モデルになってほしいんだ」


「──え?」


あまりに唐突な彼女のお願いに、ぼくは思わず聞き返した。

危うく目を合わせるところだったじゃないか。


「美術部の課題があって、人物画を描かなくちゃいけないんだけど、玲治くん、わたしが知ってる人の中で一番顔がきれいだから」


美術部に課題があるなんて、初耳だぞ。

というか……顔がきれいとか、恥ずかしいこと言わないでほしい。

──もっと、好きになってしまう。

これ以上好きになったら、理性が保たない。

理性が保たなくなったらどうなるのか、ぼくにもわからない。

未知の世界だ。


こうして話しているだけでも、心臓がまるで動悸のように早鐘を打って、どうにかなりそうなのに。

だからぼくは、会話を切り上げることにした。


「悪いけど、他を当たって」


「だめ!」


うわ。

心臓が、破裂するかと思った。

彼女が、ぼくの腕をつかんでいる。


「もう玲治くんって決めてるの。この課題で、コンクールに誰の作品が出るのかも決まっちゃうんだから。どうしても、負けられないの」


「わかった、わかったから腕を離して」


気づけばぼくは必死に、そう言っていた。


「あっ、ごめん」


傷ついたような顔をする、彼女。

そんな顔、しないでくれ。

罪悪感で胸が張り裂けそうになる。

世界で一番、悪いことをした人間のような気持ちになるから。


「じゃあ、いまから……いい?」


おずおずと上目づかいに尋ねてくる彼女に、ぼくはうなずいた。

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