アイシテ・ミエナイ
苑田愛結
第1話 アイ
好きで、好きで
好きで好きで好きで好きで好きで好きで
好きで、たまらない。
頭の中は、アノ人のことでいっぱいだ。
──こんな沸騰したように熱を持つ感情を、誰もが持っているのだろうか。
◇
「玲治(れいじ)くん」
普通に呼ばれただけなのに、全神経がその声に集中する。
全身が、熱を持つ。
恋をしている人間って、みんなこうなんだろうか。
彼女に名前を呼ばれたとき、ぼくはいつもそう疑問に思う。
何気ないふうを装って振り向くと、そこには彼女が立っていた。
彼女──ぼくの愛してやまない、井坂孔美(いさかくみ)。
艶やかな黒髪はさらさらと背中までのびていて、風が吹くたびにぼくは見惚れてしまう。
なにより彼女に惹かれたのは、その強い意志を持った、けれど高校生にしては澄みきっている黒曜石のような瞳だった。
クラスの中でとりたてて美人というわけでもないのに、その瞳だけで誰もを虜にしてしまう不思議な魅力を持っている。
高校生でここまで無垢な瞳って、犯罪だろう。
彼女の瞳をじっと見ていると、そのまま守ってあげたくなるような、この手で穢してしまいたくなるような、もどかしい気持ちになってくる。
だからぼくは彼女と話すとき、いつも目を合わさない。
「なに?」
ようやく返事を返したぼくに、彼女は右手に持ったスケッチブックを揺らした。
「絵の、モデルになってほしいんだ」
「──え?」
あまりに唐突な彼女のお願いに、ぼくは思わず聞き返した。
危うく目を合わせるところだったじゃないか。
「美術部の課題があって、人物画を描かなくちゃいけないんだけど、玲治くん、わたしが知ってる人の中で一番顔がきれいだから」
美術部に課題があるなんて、初耳だぞ。
というか……顔がきれいとか、恥ずかしいこと言わないでほしい。
──もっと、好きになってしまう。
これ以上好きになったら、理性が保たない。
理性が保たなくなったらどうなるのか、ぼくにもわからない。
未知の世界だ。
こうして話しているだけでも、心臓がまるで動悸のように早鐘を打って、どうにかなりそうなのに。
だからぼくは、会話を切り上げることにした。
「悪いけど、他を当たって」
「だめ!」
うわ。
心臓が、破裂するかと思った。
彼女が、ぼくの腕をつかんでいる。
「もう玲治くんって決めてるの。この課題で、コンクールに誰の作品が出るのかも決まっちゃうんだから。どうしても、負けられないの」
「わかった、わかったから腕を離して」
気づけばぼくは必死に、そう言っていた。
「あっ、ごめん」
傷ついたような顔をする、彼女。
そんな顔、しないでくれ。
罪悪感で胸が張り裂けそうになる。
世界で一番、悪いことをした人間のような気持ちになるから。
「じゃあ、いまから……いい?」
おずおずと上目づかいに尋ねてくる彼女に、ぼくはうなずいた。
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