「え……っと」


 スピーカー越しに仁歩の所在について聞いた琢也はスマホを握ったまま、男の言葉を上手く飲み込めないでいた。


「逃げ出した?」

『はい』


 男は言った。


『逃げ出してしまったんです。突然だったので僕も引き留めることができず……』


 数秒の間を空けてから琢也は、


「はぁ……」


 とため息とも返答ともつかない声をこぼした。


『すみません……』


 男は申し訳なさそうに言う。電話の向こうで頭を下げている様子が簡単に想像出来るような声音だった。


「いえ、というか。というかえーっと、新堂とはどういう関係、なんですか?」

『その、完全なる、他人です』

「完全なる他人」


 少し警戒する。


『で、でも違うんです! 怪しい人間ではありません! 完全なる他人なんですけど、その! 完全なる他人というわけではなくて!』

「はぁ?」


 琢也の横で、司とミヤコが顔を見合わせた。通話はスピーカー状態で、男の慌てたような声は店の中に響き渡っている。「九割怪しいわね」とミヤコが電話口には聞こえない声で言った。


「どういうことですか?」

『なんて言えばいいのかな……あー、一時くらいですかね。その、突然彼女が家に入ってきまして……玄関先でその、催されたんですね。口から』

「……催した」


 額に手を当てる。


『そのまま眠ってしまったので仕方なくソファで寝かせていたんですが、僕が少し外出している間に目覚めたようで。目の前に知らない男がいたことに驚いたのか、裸足のまま部屋を飛び出してしまったんです』

「……ということは」


 琢也は男の言葉を頭の中で整理しながら言う。


「あいつは、あなたの家に勝手に入ってゲロって、爆睡して、逃げ出したってことですか?」

『えっと、まあ、そういうことに、なりますね』

「……なんてやつだ」


 琢也はそれ以上の言葉を継げなかった。


 常日頃からやかましいやつだとは思っていたが、まさか見ず知らずの他人にまで迷惑を掛けるまでになるとは。


 終電後の秘境駅に放り出され、真っ暗な山道を歩かされ、極めつけは後輩の失踪。いっそ神様に試されているのかと思いたくなるようなトラブルの連続に少しイライラしてきた。


 だがこれはできすぎた不運であり、誰が悪いわけでもない。強いて言うなら仁歩になるのかもしれないが、彼女も故意ではない。たまっていくイライラは受け入れるしかない。受け入れて、そしてどうにかしなければ。明日には丸森とのデートが控えているのだから。


 なんと返していいのか分からず無言で悩んでいると、白石がフォローするように言った。


『いや、で、でもそりゃそうですよね。目が醒めて知らない人間の家にいたら、逃げ出しますよね。分かります。僕だってそうすると思います』

「それにしたって事情を聞くくらいのことはすべきですよ……すみません、後輩が」

『いえ、別に、そんな謝られなくても。とりあえず事実報告だけを──』

「あ、待って下さい」


 なぜかそのまま電話を切られてしまいそうな気配がしたので、琢也は慌てて呼び止めた。後輩の不手際は先輩の責任だ。泥酔の原因は自分にもないとは言えないし、裸足で外に飛び出したという仁歩のことが、少しは気がかりだった。


「えーっと、あなたは」

『白石です』

「白石さん。白石さんのお宅ってどこにあるんです? もし遠くなければ新堂のヤツを探しに行きたいんですが」

『あー……そうですね。そうなりますよね』


 歯切れの悪い言葉が返ってきて、男の息づかいがどこか逡巡するような気配を帯びる。間延びしたため息にも似た沈黙をまどろっこしく感じた始めたところで、

『最寄りは羽生駅というところなんですが、来られます? あ、電車も終わってるし、遠ければ無理はなさらず……新堂さんのことは僕が探しておきますので』

「羽生? JRの?」

『え、ええ』


 奇遇だった。近いもなにも、ここは羽生だ。駅前なら『摩天楼』に来るためについさきほど通り過ぎたばかりだ。遠いどころか、歩いてだって行ける。


「実は俺も今羽生にいるんです」

『え?』

「五分で行きます。すみません、お手数なのですが駅まで迎えに来てもらえますか?」

『わ、分かりました』


 電話を切ろうとして、


「三分だ」


 と横から司が言った。


「三分で行く」

『さ、三、え? は、はい。わ、分かりました』


 通話が終わり、司は立ち上がる。


「行くぞ」


 飲みかけだったコーラを喉に流し込み、ぽかんとしている琢也の肩を叩いた。


「行かねえのか?」

「い、行きますけど。でも、なんで?」

「お前と後輩の愛のためだ」


 颯爽と階段を上がっていく司の背中を慌てて追いかける。


「てか愛じゃないっすよ!」


 多分そんな訴えは司の耳に届いていない。


 

 電話口で相手の見た目を確認するのを忘れたなと思っていたが、杞憂だった。


 白石らしき人物とはすぐに会えた。


 司と二人で駅前に佇んでいると、しばらくして一人の男が近付いて来た。まるで駅前に取り残された亡霊のような人影だった。それが白石なのだとすぐに予想が付いた。考えてみれば午前二時過ぎに待ち合わせをしている人間なんて、この街どころか世界中探したっていないかも知れない。


「白石さん、ですか??」


 街灯が投げかける光の中で縮こまるようにして歩いてくるその男に、琢也は呼びかけた。真ん中分けの黒髪に、真夜中の格好にしては少し薄い気がする黒いシャツを着ている。年齢は恐らく琢也より上。しかし自信なさげな弱々しい風貌のせいか、同い年くらいにも見えた。


「あ、し、白石で……ひっ」


 顔を上げて琢也たちの方を見ると、相手は足を止めて小動物のような悲鳴を上げた。


「なんだ?」


 本人としては何気ないつもりでも、端から見れば凄んでいるように感じられる司の声に、白石は足音立てずに後退る。


「あ、す、すみません、すみません、ごめんなさい」


 まるで後ろめたいことをしているみたいに謝られ、むしろこちらが後ろめたい気分になる。


「白石さん、待って下さい。たぶんいろいろと誤解してます。あ、ちなみに俺がさっきの電話の相手です。藤野です。後輩がいろいろご迷惑をおかけしてすみません」


 琢也は一歩前に出て、怯える相手に頭を下げた。ここで白石が逃げ出すなりなんなりして余計なトラブルが起きるのは面倒だ。早くどこかに消えた後輩を捜し出し、摩天楼に戻り、可能な限り睡眠時間を確保しデートに備える。時間は少しも無駄にできない。


 司は強面だがとても優しくて愛のある男だと説明すると、白石は半信半疑の顔をしながらも、首を縦に振って頷いた。受け入れたというより、無理やり自分を納得させた様子だった。


「それで、どうしましょう」


 白石がおどおどしつつも投げやりな様子で聞いてくる。


「そうっすね」


 琢也は腕を組みながら、人気の絶えたJR羽生駅の北口前を見渡す。都合よくどこかにあの金髪が転がっていないかと期待してみるが、仁歩どころか泥酔したサラリーマンさえいない。


 都合よく見つからない以上、探しに行くしかない。しかしそうするにはあまりにも手がかりが少なすぎた。見知らぬ街では彼女の行きそうな場所の見当が付くわけはなく、肝心のスマホはこちら側にある。いくら電話をかけても通話は琢也たちの手元でループするだけだ。


「白石の家の方面に向かうのはどうだ? まずは逃走した現場の近くを探してみるのがいいと思うぞ、俺は」


 という司の提案に、琢也も乗っかった。


「そうですね。俺もそう思います。案内お願い出来ますか?」

「わ、わかりました」


 白石は頷き、そのままどこかぎこちない足取りで歩き出す。琢也はその後ろを、司と横並びになってついていった。


 家は駅からすぐだった。歩いて三分もかからない、しかし閑静な住宅街の一角。築年数がさほど経っていないことを覗わせる小綺麗な外観をしたアパートだった。


 琢也はなんとなくあたりを見回してみる。住人がとうに眠りについた家々が建ち並

んでいる。当然、どこにも仁歩の姿はない。そんなに簡単に見つかったら苦労はしない。彼女は一体どこへ行ったのだろう。


 白石はアパートの入口のところに立ち、琢也たちを振り返った。


「あの、新藤さんを探すの、僕、手伝いますか?」

「……いや、大丈夫っす」


 琢也は「お願いします」と言いかけ、思い直して首を横に振った。


 白石は言葉こそ協力的だったが、顔には本音が出ていた。手伝いたくないが、面と向かって手伝いたくないと告げるのは憚られる。一応聞いておくか。そんな感じの表情だった。丁寧な口調の裏に「もう解放してくれ」「めんどくさい」「寝たい」といった言葉が見え隠れしていた。


「流石に探すのまで白石さんにお願いするのは申し訳ないので」


 琢也がそう続けると、案の定白石はほっとした顔を浮かべた


「分かりました。一つお願いなんですが、その、新堂さんを見つけたら一旦連れて来てもらえますか?」

「え? でも……今日はいったん帰った方が、お互いに」

「いえ、今日このまま連れてきてもらいたいんです」


 譲る気のなさそうな声に琢也は頭を搔いた。


「そう、ですか。まあ、あいつに謝罪させないといけませんし。なら戻ることにします」

「お願いします」

「白石さんの部屋は何号室ですか?」

「部屋ですか?」

「新堂見つけたら連れてくんで」

「あ、そ、そうか。そうですね。そしたら部屋まで案内します」

「いや、別にここで部屋番号だけ教えてもらえれば」

「えと、ちょっと部屋の場所が分かりにくいので」


 白石はそう言って早足気味にアパートの中に入っていった。


「あ、ちょっ」


 慌てて後を追いかけると、隣を歩く司が小さな声で呟いた。


「お。コーラが売ってる」


 ロビーの隅にひっそりと置かれている自販機のことを指しているようだった。この人はどこまでコーラが好きなのだろう、と琢也は思う。母親のおっぱいからはミルクではなくコーラが出ていたかもしれない。


 階段を上って二階の角が白石の部屋だった。大して分かりにくい場所にあるとは思えなかった。彼は扉の前に経つと、何故か小さく深呼吸をし、ポケットから鍵をじゃらりと取り出す。ウサギのマスコットが揺れているのが見えた。新藤がかぶっていた帽子と同じ、『前人未踏ウサギ』というやつだ。


 一本ずつ試しながら鍵を開けようとしている白石に声をかけて仁歩探しに向かおうとすると、司が立ち止まったまま白石の方を睨みつけていた。


「司さん?」


 返事はない。


 そうこうしているうちに、何本目かの鍵で白石の部屋の扉が開いた。その様子を何気なく見ていた琢也は、開いた扉から何かが廊下に転がり出てくることに気がついた。


「白石さん、すみません、それ」

「それ?」


 反射的に声をかけると、白石は部屋の中を隠すように立って、少し慌てた調子で言った。


「その、廊下に転がってるバッグです」

「これですか?」


 と言って白石が拾い上げたのは見覚えのあるボディバッグ。


「やっぱり! 俺の、バッグ!」


 琢也は叫んだ。叫んでしまってからここが深夜のアパートであることを思い出し、慌てて口を覆う。隣の家の扉に目をやるが、怒り狂った家主がでてくる気配はなく、安堵する。念のためにチャックを開けて中身を確認してみると、財布も定期も家の鍵もすべて揃っていた。丸森に渡す用のプレゼントもちゃんとある。


「よかった……あった……」


 膝から崩れ落ちかけるほどの嬉しさだった。身体が萎むくらい深いため息が出た。


「なんだ、その箱」


 司が琢也が手にしたプレゼントを見て覗き込んで言った。


「サボテンです」

「サボテン?」

「デートで告白するときに一緒に渡そうと思って。花言葉は」

「枯れない愛、か」

「よく知ってますね」

「愛の基礎教養だ」


 司はオールバックをなでつけ、当たり前のように言った。


 しかしなぜなくしたと思っていたバッグが白石の家に置いてあったのだろう。琢也が首を傾げていると、白石が横から言った。


「多分、新堂さんが持ってきたものでは?」

「あー、なるほど」


 頷きながら、琢也は数時間前のことを思い出す。酒に酔って仁歩と二人して電車でふざけあっているとき、彼女にバッグを奪われたような気がする。そのまま持っていかれたということらしい。というよりもなんで自分は仁歩と同じ電車に乗っていたのだろう。新宿からの帰り道は反対方向だというのに。帰りがけに仁歩からなにか説かれたような気がするが思い出せなかった。


 しかしとにかくバッグが見つかったのはよかった。これで不安材料が一つ減った。


 琢也はもう二度となくさないようバッグをしっかりと肩に掛ける。バックルをはめると、アパートの外廊下に「カチリ」という音が確かに響いた。


「では俺たちは新堂を捜しに行きます。いろいろご迷惑をおかけしました」

「いえいえ。僕は中で待ってますので」

「気合で見つけ出します」


 白石が部屋の中に消えたのを確かめ、琢也はアパートの廊下を引き返す。ボディバッグが見つかって事態は好転したような感じがするが、まだ本題は終わっていない。むしろここからだ。何の手がかりもないまま、知らない街で仁歩を探さなければならないのだ。それは深く考えるまでもなく困難なことだった。


「そういえば司さんも帰ってもらっていいですよ。あとはもう俺が自分で──」


 隣を司が歩いていると思って喋っていたが、首を向けると誰もいなかった。


「あれ?」


 もしやと思って振り向いてみれば、司はまだ白石の部屋の前に立っていた。ポケットに手を差し込んだまま、人に誤解を与えること間違いなしの恐ろしい目つきで、表札か何かを睨みつけている。


 いったい何をしているのかと思って名前を呼ぼうとしたが、司はそれよりも先に白石の部屋の扉を叩いた。


 間を開けず、白石が部屋から出てくる。二人は何度か言葉を交わしたがそれ以上は何もなく、白石はまたすぐに部屋の中へ戻っていった。


「何話してたんですか?」


 こちらに向かってのんびり歩いてきた司の表情は難しげだった。おかげで人相の禍々しさが取り返しの付かないことになっている。優しさの「や」の字も見当たらない。


「喉が乾いたから近くに飲み物を買える場所がないか聞いたんだ」

「喉渇いたって、さっきまで摩天楼で散々コーラ飲んでましたよね?」

「まあな」

「てか飲み物買いたいなら一階に自販機あるじゃないっすか。さっき司さん自分で見つけてたやつ」

「ああ。お前の言うとおりだ」


 司はちらりと後ろを振り返ると、すぐに殺戮的な表情を正面に戻して廊下を歩いていく。


「このアパートの一階には自動販売機がある。それは住人なら知っててもおかしくはないな?」「おかしくないというか、当然のことじゃ」


 琢也が首をかしげると、


「飲み物を買える場所について聞いたときの白石の返答はこうだった『駅の方に行けばコンビニがありますよ』」

「コンビニ?」


 二人は一階に辿りついた。琢也は無意識のうちにロビーの隅に目を向ける。そこに立っているのは一台の自販機。こんな時間に買いに来る人間など皆無に等しいだろうに、律儀に光を放ち続けている。


「普通ならこの自販機を教えるよな」

「俺が白石さんならそうしますね」

「つーことはだ」


 司は降りてきたばかりの階段を見上げた。


「あいつはこの自販機の存在を知らなかったってことにならないか?」

「あー」


 琢也も司に倣って階段を見上げる。踊り場の蛍光灯が一度強く瞬いた。接触が悪いのだろうか。なんだか不穏なメッセージに思えて不気味だった。


「それに表札だ」


 司は階段を見上げたまま続ける。


「見たか? 白石の家の表札」

「チラ見くらいはしましたけど、そんなに詳しくは」

「白石って書いてなかったんだよ。猫田って書いてあった」

「ねこた」

「まだあるぞ。あいつが持ってた鍵についてたマスコット。あれは前人未踏ウサギっていうんだが、女向けのブランドのキャラクターだ。男でも好きな奴はいるかもしれねえが、少ないだろうな。それから鍵を開けるときも変だった。あいつ何回か差し込む鍵間違えてた。自分の家の鍵なら一発で分かるはずだよな。それにお前が部屋の番号を聞いたときあいつはそれを答えず『分かりづらい場所にあるので案内します』って言ったよな?」

「言ってました」

「実際、分かりづらい場所にあったか?」

「いや、普通に分かる場所でした」

「だろ? 部屋まで直接案内するより、番号教えたほうが楽だし手っ取り早い。あいつは帰りたがってたみたいだからな。なのにそうしなかったってことは」

「部屋の番号を知らなかった?」

「ってことだろうな」


 司は一枚一枚皮を剥ぐみたいに、白石の不審な点を挙げていった。


「飲み物のこと聞くとき、それとなく俺はあいつの部屋を覗き込んだ。暗かったからよくは見えなかったが、あまり男の部屋っつう感じがしなかった。センスが女っぽかった」

「……つまり」


 琢也は口の中に溜まった唾を一度飲み込む。言いたい言葉がある。多分これは答えだ。だが答えた瞬間、たとえ嘘だったとしても現実に変わってしまうような気がして恐ろしかった。


「つまり。白石はあの部屋の住人じゃねえかもな」

「で、でも、もしかしたら、彼女の家、とか。白石さんは彼女の家に遊びに来ていて、それで」「彼女の家なら彼女の家って言えばいいだろ。あいつは自分の家って言ったんだ」


 司はあっさり言い捨てて、たった今下りてきたばかりの階段を上り始める。


「どこ行くんですか?」

「決まってんだろ、白石の部屋だ。いや、白石の部屋だとされていた部屋、か」


 躊躇うことなく階段を上っていく司を、琢也は慌てて追いかけた。


「というか戻るならなんで一階に」

「お前見てなかったのか?」

「何がですか?」

「白石のやつ、扉を細く開けて俺たちが一階に降りるのをずっと見てたんだよ」


 寒気がした。


 皮膚と肉の隙間に冷たい風が入り込んできたみたいだった。


 白石という男があの部屋の住人でないとしたら。いったい彼は何者なのだろうか。何のために知らない人間の家に入ったのだろう。あの臆病な容貌の下に隠れた本当の白石を想像し、心臓が喉元までせり上がってくるような恐怖を覚える。


 仁歩の顔が頭に浮かんだ。


 あいつは。あいつは無事なのか。


 あつは本当に失踪したのか? 本当に白石の元から逃げ出したのか?


 もしかして、まだ、あの扉の向こうにいるんじゃないのか? 

 膨れあがる不安で胸が苦しくなってきた。たった一階分の階段が、果てしなく長い道のりに見える。もしかしたら自分は永遠に二階に辿り着けないのではないだろうか。


 狂い始めた呼吸とともに二階に出ると、先を行く司の、迷いというものが一切ない後ろ姿が見えた。躊躇なく平然と、彼は白石が入って行った部屋に向かっていく。


「司さん!」


 琢也は小声で叫んだ。


 相手がもしも泥棒や強盗の類なら、無闇に踏み込んでいくのは絶対に危険だ。踏み込むにしても作戦を立てた方が確実にいい。


「司さん! 待って下さい」


 もう一度叫ぶ。司は振り向かない。本当にこのままあの部屋に乗り込んでいくつもりなのか。彼はその見た目に相応しく、腕っ節も強いのか。たとえそうだとしても、白石が何か凶器を持っている可能性だってあるというのに。


「つかっ──」


 だめ押しでもう一度叫ぼうとしたときだった。


 鍵が外れるような音が聞こえ、琢也のすぐ横にある部屋の扉が開いた。

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