第2話

 家を出て、坂を下る。

 坂の上に建つこの家を出てから、もう何年になるだろう。


 女は、私の母だった。


 父はかなりの好き者で、母の他に外に女を4、5人ほど作っていたそうだが、見ての通り、母は大層気が強く、嫉妬深く、その女達にそれはそれはひどい嫌がらせをし、強引に父と別れさせた。


 父は美しい女が好きだった。


 母は、女を全員、父と絶縁させたあと、必要以上に着飾るようになった。

 名の知れたブランドでガチガチに体を固め、エステに通い、顔も整形した。


 そして父にこう言った。


「あなたの元にいる女はもう私しかいないのよ。私より美しい女なんて、もういやしないのだから」


 父は、そんな母を恐れて、家から出ていってしまった。


 20年経った今でも、消息は掴めていない。


 しかし、20年間ずっと、母は、あの女は。


 父の戻らない家で、老いた体を着飾り続けている。


 臆病と笑われても、母がそれで満足するのなら、私は従うしかない。


 坂道を下りながら、私は目を閉じた。


 あのしわくちゃで、今にも折れそうな足首が、ルブタンの靴を履いて、ぴんと伸びる様は。

 張り詰めた蜘蛛の糸のように見えて、恐ろしくて仕方ない。


 私はこうして、女を愛せなくなった。

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赤い蜘蛛の糸 sigh @sigh1117

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