赤い蜘蛛の糸

sigh

第1話

「私より美しい女なんていやしないのさ」


 彼女はそう言って笑った。

 高笑いはこの応接間の高天井まで上って、部屋中に共鳴した。


「そりゃ、あんた以外の女を、あんたが消しちまったからだろうが」


 女が冒頭の言葉を話すと、私がこう返す。

 そして女はまた笑う。


 出会った日から、挨拶替わりのこのやりとりを、もう何度やっているのだろうか。

 うんざりした気持ちにかられながら、私は紙袋に入っていた箱を取り出して、女の前に置いた。


 女の目の色が変わる。

 それを目尻でとらえながら、私は長方形の黒い箱を開けてみせた。


 女は歓声をあげ、ため息をつく。


「今日もまた素晴らしい品ね」


 クリスチャン・ルブタンのエナメルレザーパンプス。

 ヒールの高さは約10cm。

 来シーズンの新作で、秋らしい深いボルドー色が美しい。


「支払いはいつものカードで済ませておいた」

「ありがとう。早く履きたいわ。いいかしら?」


 向かいに座っていた女はいそいそと立ち上がり、箱の中からパンプスを取り出して、オイル仕上げの床に置いた。

 少女のように頬を上気させ、女はゆっくりとパンプスを履いてみせた。

 女のつま先を赤いエナメルレザーが覆い、足首が伸びる。


「……やっぱりヒールの高い靴を履くと気分がいいわ」

「そうかい。そりゃよかった」


 女は含み笑いをして、靴を履いたまま歩き始めた。

 さながらスポットライトを浴びて、ランウェイを歩くかのごとく。

 含み笑いをしていた女は、そのうち、長い髪を振り乱して高笑いを始めた。


 私は、黙ってそれを見守っていた。


 女は、やがて笑うのをやめ、肩で息をしながら椅子に戻った。


「ありがとうね。あんたがこうしていつも素敵なものを持ってきてくれるのだけが、私の楽しみなんだ」

「あぁ、知っているとも」


 私はそう言って、立ち上がる。

 ルブタンの靴を履いた女を見下ろす。

 女はやたらと小さく見えた。


 女は不安げに私を見上げる。


「もう行ってしまうの?」

「あぁ。また来るよ。次もお土産を持ってくるから」


 踵を返し、玄関へ歩き始める。

 背中に女の視線を受けながら。


 ドアが閉まる直前、女の「きっとだよ」という声を聞いた。

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