しせいかつ(恋のない世界で恋をした話)

湯葉

第1話

雌雄同体、女で溢れ返るこの世界で、23才の私は、1人か細く生きてた男と恋をした。

「男」と出会ったのは、とある土曜の朝、カフェでのことであった。カフェは人ごみであふれ、席はほとんど空いていなかった。それだから「男」は私に、丸いテーブルを挟んで向かいの席に座っていいか尋ねてきた。

私は違和感を感じた。その声はどこか、無理やりに高くしているようだったからだ。しかし驚いたことにそんな違和感などすぐにどうでもよくなってしまった。私と「男」の目と目が合った時、周りの雑多な音が、みんなどこかへ行ってしまったような気がしたからだ。

私は話した。普段友だちには話さないようなことまでも。「男」は笑った。今まで見た誰とも違う温かい笑顔で。流れいく時間にこんなにも愛おしさを感じたのは初めてだった。そしてそれは彼も、同じ気持ちのようだった。

彼はしばらくの間、私の話をただ黙って聞くだけの存在になると、何か少し心を決めたような、少し寂しそうな顔で、私に小声でこう言った。「自分は男である」と。

男というものを私はまるきり知らないわけではなかった。動物園にいるような動物たちはオスとメスで分かれて、多様性のある子孫を残す。そしてそれは人間たちも同様であり、人間たちのオスは「男」とも呼ばれる。しかし、それは何万年と前のことであり、今の人間たちはそうではない。私たちの体は何万年という歳月の果てに、雌雄同体(見た目はメスの形態らしい)となった。なぜ、そのような変化を人間がしたのか、諸説ある。しかし私個人としては、動物のように求愛をするなんて嫌だから変化してくれてよかった。性で移るウイルスなど、病気があったらしいし。

私たち2人は場所を移した。2人きりになれるところが良かった。太陽はいつのまにか登り切っていたから、私たちはカフェの近くの公園の木の陰に覆われたベンチに座った。辺りに人がいないのを確認した後、男は先程の続きを話した。男の話はこうだった。実は人類は皆がみな雌雄同体というわけではない、と。ほんの少ししかいないし、社会はいないもののように強引に存在をかき消そうとしているが、「男」たちはちゃんと生きているらしい。男たちは私たちと同じように雌雄同体の親から生まれるが、男であると生まれた途端に気味悪がられて捨てられたり、殺されたりすることもあり、そういった状況を社会は知らぬふりをしているらしい。

私にとって男の話はあまりにも奇想天外すぎて、どうにも受け入れがたいことであったが、男の体に触れるとゴツゴツしていて明らかに私たちのつくりとは違ったこともあって(それになぜか私の胸の鼓動は早まった。)私は男の話を信じた、けれど、私は、その話を聞いて、信じた上で、この人と一緒にいたい、そう思った。あなたといたい、そう男に告げると、男は驚いて、照れ臭そうに笑って、そして少し寂しい顔をした。

私たち2人は日が暮れるまであたりを歩き回った。男の好きな本や、好きな服、昔遊んでいたというおもちゃ、とにかく男の全部が知りたかった。とにかく男の趣味や、過去について知られたら、私はとても幸せだった。こんなこと初めてだし、おかしいとも思うけれど、とにかく私は幸せだった。

その晩、私と男はホテルで、服を全て脱いで、互いを見せ合った。男の体は私ともちろん違ったが、そんなことよりも、無理矢理に私たちの体に似せようとしている努力が痛々しかった。その体はもっと大きくなりたがっているのに、食事をろくにとらず、筋肉や脂肪を極力つけていないようだった。私はその全てを愛おしがった。私と男は抱き合いそして、動物のように体を重ねた。男なんて知りもしなかったはずなのに、私の体はちゃんと喜んでくれたことを、私は不思議だな、とも、嬉しいな、とも思った。

翌朝、目が覚めると男はいなくなっていた。男は私が生きていく上で負担になることを避けたい、と書いた手紙を、ベッドの横の机の上に残していた。きっとこれからも男はこの女しかいない世界で、身を縮こませ、声を高くして、溶け込もうと1人で励んでいくのだろう。

私は涙とともに溢れ出る苦しい感情を、1日だけでもあの人と会わせてくれた神さまへの感謝の気持ちで無理矢理に押し殺した。多様性を排除した人間に未来などあるのだろうか。私はあって欲しくない、そう思った。

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しせいかつ(恋のない世界で恋をした話) 湯葉 @o38

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