第7話 対応の遅れは、拡散を呼ぶ

 アルティアは、ルームミラーでムハメドを確認するとエンジンを掛けた。ムハメドを載せた車は、アルティアの仲間の元へと向かった。


 「よくやったわね、ご褒美をあげなきゃね」

 「それは、それ。解毒剤を忘れるな」

 「大丈夫、さぁ、急ぎましょ」


 二人を乗せた車は、ある倉庫に入り込み、シャッターが閉じられた。そこには大型のトレーナーと数人の防護服を着た男が待っていた。アルティアは、ムハメドから受け取った袋をその男達に渡した。すると、「少し我慢してくれ」と告げられると車窓から消毒スプレーが放射された。

 倉庫にはふたつソファーが離され置かれていた。二人はそれぞれそのソファーに横になり、6時間を過ごした。


 「起きろ」


 その声にムハメドは目覚めた。


 「任務は完了だ、さぁ、約束の解毒剤だ、受け取れ」


 ムハメドは手渡されたカプセルを一気に口に放り込み、同じく渡されたペットボトルの水を飲み干した。


 「それと、このケースは君の分のウイルスだ。安全に隔離されている。協力に感謝する。ただ、君は保菌者かも知れない。君も知っているように潜伏期間がある。それを知っていて解放するわけにはいかない。そこでだ、まず、日本にある米軍基地に用意した隔離施設で24日間、様子を見ることになる、了承してくれ。長目だが君たちは、武漢の中心地で濃厚接触をしているからな。君の安全を考慮してのことだ、我慢してくれ。間違いなく陰性であると分かれば、君の希望する所へ送り届けるよ」

 「感染しているのか」

 「いや、簡易検査では君もアルティアも陰性だ」

 「分かった。アルティアも隔離されているのか」

 「ああ、別の棟にある隔離室でな。お楽しみはお預けだな」

 「…」

 「君の手に入れたウイルスを君の本国に送るかい?それなら手配するが」

 「ああ、頼む」

 「では、早速、手続きに入る。外交官特権を利用して安全に送らせるよ。じゃ、あとでPCを届けさせる。そこに宛名を打ち込んでくれ。君の母国の言語に対応している。それとメッセージがあれば打ち込んでくれ。プリントアウトして、一緒に送るから。USBは信用できないだろう、ウイルスが仕組まれているかも知れないからな。だから、手紙にしてもらう。結局はデジタルよりアナログが信用できるのさ、このような事態ではね。ああ、それと私たちに読まれる可能性はあることを配慮してくれ。申し訳ないがその点、含んで貰いたい。信用大事だ。ここでお互いを疑うようでは、新たな危機を招く恐れもあるからな。それは、避けたい。ああ、それと宗教上、または、嫌いな食べ物があれば、一緒に打ち込んでおいてくれるかな。食事しか楽しみはなくなるからね、大事な要件のひとつだ」

 「わかった」


 暫くして、ムハメドのもとにラップで覆われた1台のノートパソコンが届けられた。そこには1時間程で回収に来るとのメモ書きが添えてあった。


 「書けたかい」

 「ああ」

 「無事、潜伏期間を過ごしてくれることを願うよ。そこからは自由だ。パスポートもこちらで用意しよう」

 「助かるぜ」

 「不自由は掛けるが出来ることはする。何でも言ってくれ。連絡はあの固定電話を使ってくれ。あと、出歩く事は出来ない、テレビは日本の番組だけだ。ネットは秘密漏洩が付き纏うので使用できない。日本のニュースは、中酷のスパイに操作されていることもあるから注意しろ。隠蔽したいことと世間の知りたいこと、視聴率の狭間で真実は浮き上がってくる。それを見極めることだ」

 「どこの国もメディアは、真実を伝えがらないな」

 「そうだな、困ったものさ。あっ、それと分かった、いや、分かったかも知れない事を教えよう」

 「何だ?」

 「君たちの任務は途方に終わるものだったかも知れないってことさ」

 「どういうことだ」

 「はっきりした事は言えないが、スーパー・スプレッダーは感染した者の何かと反応し変異したのではと言うことだ。君たちが奪取してくれたサンプルは、濃度は高いものだったが症状は重くなるが感染力が増すには、何かが足りないと言うことだ」

 「何かって?」

 「軍人の俺に聞くな。化学式を教えられても分かる訳がないだろう」

 「俺は、分かるぜ」

 「そうか、朝食に気をつけろ」

 「じゃ、昼食を二倍出してくれるか」

 「減らず口め」

 「心配するな、私も分からいさ、本当わね」

 「命を粗末にするな、冗談が通じない奴など、ごまんといるからな」

 「アドバイスをありがとう」

 「まぁ、いい。それなりに長い付き合いになる。できれば、いい関係を築きたい、お互いの為にな」

 「分かった」

 「それでいい」



 ムハメドは、部屋に設置されたテレビから日本のニュースで、アメリカでもインフルエンザが猛威を奮っていることを知った。今回の新型コロナウイルスとの関係をムハメドは疑っていた。

 日本の米軍基地に着いて思ったことは、アメリカは今回のウイルスに関して準備を終えていたことが基地の様子から感じ取れた。隔離病棟、備蓄された食料、消毒の徹底、防護服の確保など、急場凌ぎとは思えないほど整っていた。これが大国か。そう思い知らされた。

 日本のニュースを見る限り、米軍基地の対応は完璧に思えた。どこの国もそうだが最前線の軍には最善の処置が優先され、国民は後に回される。それを踏まえても、日本の対応の鈍さは中酷のスパイが各機関に浸透し、大きな影響を与えているに違いないと思わざるを得なかった。

 今更ながら日本はスパイ天国と揶揄される平和ボケに、同じ大国でも仕掛ける者と仕掛けられる者との違いをまざまざと見た思いがした。


 中酷と癒着が疑われるWHOの発表とは異なり、パンデミックの恐怖が各国を席巻し始めていた。中酷人の入国禁止、いや、それはアジア人にまで広がりを見せていた。人々の心の奥に潜んでいた人種差別の牙が顕になり始めていた。

 明らかになっている情報では死者の多くは、中酷人かその者に関わった者に限られていた。憶測が流れる。

 中酷が、アメリカや日本などに散布する目的で作られた新型ウイルスをアメリカが手に入れ、特に東洋人に蔓延するように改良されたものではないか、とか、米中の貿易戦争、5Gの覇権争いのための生物兵器戦争だとか、真偽を疑いたくなるような情報が好奇心を刺激的に掻き立てていた。

 白人至上主義者が少なくない欧米人には、東洋人の識別など出来ない。自分たちを脅かすニュースは、今まで燻っていた有色人種への差別意識が、日に日に露呈させていた。


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