第8話 きっかけは、1億人粛清計画
ムハメドは、暇を待て余していた。
中酷の情勢が知りたい。早速、連絡用の電話で要望を伝えた。係りのエドワードが態々、来てくれた。強化ガラス越しの電話でのやり取り。まるで、拘置所のように。
「情報を知りたいんだって」
「ああ、テレビで見る限り大変なことになっている、が詳細は分からない。そこで、ネットでのニュースを知りたい」
「なぜだね?」
「夢に魘されるんだ。無事、ここを出ても、そこは地獄のね。まるで、リアル・バイオハザードの中に放り込まれるような」
「…OK。ネットで新型コロナウイルスのニュースを拾い上げてやるよ」
「Thank you。出来るだけ詳細を知りたい。面倒を掛けるが真偽の是非は問わない、片っ端にお願いしたい。現地の者による投稿はより有難い。言語は問わない。ただ、記事は英文で願いたい」
「知っての通りネットは使えないから、動画と記事をUSBに取り込み、毎朝、渡してやるとするか。それでいいか」
「助かるよ、手間を掛けて済まない」
「いいさ、じゃ、早速、第一弾を用意してやるとするか」
「信じてるぜ、隠蔽のないことを」
「何が隠蔽で、何が真実なんてわからないさ、自分で判断するんだな」
それから小一時間もたっただろうか、エドワードがやってきた、ラップのかかっていないノートパソコンを片手に。それを食事を運び込むベルトコンベアに載せてくれた。このベルトコンベアは出るときは除菌室を通るが、入るときはそのまま運び込まれる仕組みになっていた。
「存分に楽しむがいいさ。拾い上げていて、俺も興味を持ったよ。時間が許す限り、youtubeやネットニュースの記事を取り込んでやるよ。寝不足になっても知らないからな」
「幸い、時間制約がないから好き勝手に楽しませて貰うよ」
「明日からは、USBのみを差し入れるよ、好きに見てくれ」
「済まないな、面倒を掛けて」
「お前、日本人みたいだな。いちいち礼を言う何て」
「大阪で暮らしていたせいかな?軽いカルチャーショックさ」
「そうか、面白い記事も入れておいたよ。まぁ、楽しむんだな、じゃ」
そこには夥しい動画と記事がダウンロードされていた。一体どうやってこんな短時間にこんなに集められたんだ、とムハメドはエドワードの手際の良さを頼もしく思った。なぜかその対応に親近感さへ覚えていた。
真偽の程は多岐に渡る情報から想像するしかなかったが、辻褄の善し悪しで見当をつけていた。
一方、エドワードも情報集に興味を掻き立てられていた。同僚に暇があれば動画や記事をダウンロードするように頼んでいた。同じものがあれば、スキップが表示される。そうしてまとめた物をエドワードは、ムハメドに渡していた。
ニュースを見る限り中酷は映画で見たバイオハザードの様子を呈していた。ここにゾンビでも現れたら映画そのものだ。ゾンビではないが中酷人にとれば、マスクをしない無防備な者がそう見えているのに違いない。
中酷にとって深刻な問題は幾多もあった。借金漬けにして他国を支配する方法は、世界からの非難を受け始め、それを機に世界を中酷化し、完全支配下に置く計画も世界の目が厳しくなっていた。5Gの覇権争いに勝ち、サイバー攻撃と言う最もコストパフォーマンスのいい支配権も、アメリカの強力な妨害によって進捗状況を鈍化させていた。そこに、日本のNECと最大手移動体通信事業者を展開する企業がタッグを組み、6Gを完成させた、と言う知らせが。
EU離脱で混沌とする英国(UK)は、中酷が実質管理するフィーウエルとの提携を発表。UKの発表に驚き、怒りを顕にしたのは、カード大統領だった。
アメリカのドナルド・カード大統領は、大胆な発言と行動力で世界を何かと震撼させていた。SNSで自分の考え思いを伝える。それは、マスコミ、メディアが中酷の金に腐敗し、真実を伝えないからだ。達成事項は報道されず、躓けば批判に没頭してくる。SNSで賛否両論を聞き分け、事案の優先順位を決め、行動していた。この後、SNSが大きな障害となる事をカードは知る由もなかった。
思いつき外交と揶揄されながらもカードの発言力は、注目を集め、間違いなく、世界の対応の動きは早まっていた。既存の常識を覆すやり方に世界は、薄氷を踏む思いで対応を迫られていた。
中酷は、カードの手法にフェイクニュースを流すなどして対処していたが埒が明かず、経済活動に大きな影を落としていた。。
アメリカを失速させたい、その思いが生物兵器の使用を早めた。ムハメドが中酷で得ていた噂では、コストパフォーマンスのいい生物兵器は2019年4月には完成されていた。当初は、天安門事件の再来を予期させる、膨れ上がった高齢者人口を削減する1億人粛清計画のためのものだった。優先順位が繰り上がったのは、目障りな国への攻撃。貿易赤字と知的財産権の保護を理由に圧力を掛けるアメリカ、発展途上国への支援で争う何かと目障りな日本。インフラへの投資、新幹線の導入、特に新幹線の案件では、横槍を入れ当該国の重要人物を賄賂で撃沈。玉虫色の契約で横取りするも工事は進まない。中酷にとっては、工事を行うことでなく、日本の契約を封じること。その意味では、契約を取り付けた時点で任務は完了。工事など興味がない。相手が文句を言ってくれば借金漬けを盾に圧力を掛ける。そこへ、事勿れ主義の日本が牙を剥いてきた。発展途上国への締めつけは国際問題として取り上げられるまでに。小国日本が目敏くなっていた。
このタイミングで発生した中共が発令した逃亡犯条例の改正案に対する香港でのデモ。香港での容疑者を中酷に引き渡す事項が含まれており、民衆の自由と人権がなくなる恐れが発覚し、世界の注目を中酷は浴びてしまう。
似たようなデモが2014年に反政治デモ『雨傘運動』があった。
一国二制度は建前。香港の選挙には民衆の殆どが参加出来ず、中酷に対して不平不満の声を上げれば、人知れず拘束される。中酷は、香港制圧に四苦八苦していた。その間、各国の関心が集まり、中酷への批判が高まり、香港の制圧が最優先の解決事項となった。
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