第3話 就活とは、欠員を作らせる事

 「王李さん、聞いてください。政府の気まぐれで首になりそうなんですよ」

 「よくある話だ、運がなかったと諦めることだな」

 「それはないですよ、私の稼ぎを宛にしている親兄弟が泣きますよ」

 「俺に言われてもな」

 「ねぇ、王季さんは偉いんでしょ」

 「ああ、まぁ、な」


 王季は、いつも馬鹿にされたように扱われており、自分を頼りにし、持ち上げるムハメドに悪い気はしなかった。


 「じゃ、私を雇ってください、お願いします」

 「困っているのは分かるが定員があってな、空きがないんだ」

 「もし、定員割れしたらお願いしますよ」

 「ああ、ひとり欠けるだけで仕事量が増えるからな。まぁ、そんな事はないと思うが」

 「残念だなぁ、知らない土地で家族のように思っている王季さんと働けたら、私はとっても、とっても、嬉しいです」

 「そうか、嬉しいねぇ、良し、家族よ乾杯だ」

 「おお」


 この夜、王季は久々に気分良く酔いつぶれた。それから数日経った。


 「清掃長、大変です」

 「どうした?」

 「宇航(ユーハン)が夕べ、暴漢に襲われたらしく、重症だと」

 「なぜ、宇航が」

 「仕事に復帰するまでリハビリや治療で半年程は掛かると言うことです。それだけではなく、ひょっとすれば後遺症が残って復帰はどうなるか…」

 「そんなに酷いのか」

 「そうらしいです。暫く、いや、忙しくなりますね、何とかなりませんか」

 「俺にそんな権限はないのはお前もよく知っているだろう」

 「それは…」

 「まぁ、所長に話してみるよ、期待はするな」

 

 王季は、ダメもとで所長に相談すると「勝手にしろ。人員が増えるわけではない。そんなことで相談に来るな汚らわしい」と、呆気なく承諾を得た。

 腹立たしさより、所長の気が変わらない内に急ぎ人員を補充しないと、今の人員でやれ、と言われかねない、その方に焦りを感じていた。とは言っても、嫌われる仕事に二つ返事をくれる者など見当たらなかった。その晩、王季はいつもの酒場に自然と足が向いた。店に入ると先に来ていた清掃員たちと賑やかに会談するムハメドが目に止まった。そうだ、ムハメドだ。ムハメドがいるじゃないか。仲間の賛同も得やすい、うん、決まりだ、と、すぐ行動に移し、話を進めた。


 「みんなの賛同を得て良かったな。でも、宇航が復帰するまでだからな、そこは分かってくれ」

 「はい。一日も早い宇航さんの復帰を願っています」

 「おい、ムハメド、宇航が早く復帰すればお前は首になるんだからな」

 「あ、そうか、じゃ、宇航さんゆ~くり直してください」

 「お前、面白い奴だなぁ、あはははは」


 ムハメドは三ヶ月を掛けて、研究所への侵入に成功した。都合よく宇航が暴漢に襲われたものだ、と言う事は、知らぬが仏だ。

 ムハメドは情報収集の為に冷たい視線や態度に屈せず、積極的に誰彼構わず話し掛けた。日々、異常も続けば、日常になる。頑なな態度の職員も日毎にその態度が軟化していくのが手に取るように見受けられた。

 清掃員たちからすれば、話すのも臆する人たちと気軽に話し合うムハメドのキャラクターは羨望の眼差しに値した。


 ムハメドは清掃員の立場を利用して、細菌の特定を試みるも、肝心な細菌があるはずのゴミは厳重に管理され、特定の者しか触れることさへできなかった。

 しかし、ムハメドは耳寄りな情報を手に入れる。最近、研究員が激務に追われて苛立っていたり、規則を蔑ろにする行為が目立っていると言うことだ。

 清掃員仲間からは、本来、指定の袋に入れなければならないゴミが、一般のゴミ袋に混ざっていることが多く、無闇に触れず、処理に困ることも多々あると言うものだった。その日から、監視カメラの死角を熟知し、一般ゴミを盗み出し、裏山で防護服を装着して、ゴミあさりの毎日を過ごしていた。実験器具、手袋、着衣、マスク、使用された薬品の空き瓶、空き袋など、手掛かりになりそうなものを片っ端に採取し、新品の手袋にそれらをこすりつけ、武漢市の海鮮市場に出向き、買い物をするふりをして、果物、野菜、魚、野生生物などこまめに手袋を変えながら、街の変化を観察する日々が続いた。

 それらしき感染者がでれば、簡易ウイルス検査キットでウイルスを検出するだけだった。あとは、採取したものを本国に送ればいいだけだった。


 なぜ、そのような調査がおこなわれるのか?


 それは、中酷の開発する細菌兵器が使用された時に備えて、ワクチンを作るため。また、本国がターゲットであれば阻止するためだ。他国もきな臭い噂話の真意を探っていた。アメリカのCIA、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(UK)のMi6などの諜報機関も人知れず、武漢に入り込んでいた。ムハメドの諜報機関は、財力や必要器具が圧倒的に少なかった。金は掛けるな時間を掛けろ、だった。 

 研究員たちの口は硬かった。肝心な所に話が及ぶと、上手くはぐらかされていた。かと言って、執拗く聞けば怪しまられる。直接、研究室に入れない以上、触れられる感染者を作り出すのが一番の方法だとムハメドは考えた。

 ムハメドの所属する諜報機関は、目的達成のためなら手段を選ばないことで各所に恐れられていた。無関係の犠牲者が出てもお構いなし。ムハメドは忠実に任務に勤しんでいた。

 ムハメドが来中してから早くも4ヶ月が経った2019年8月頃、武漢市の華南海鮮市場付近で原因不明の肺炎が万延し始めていた。患者は高齢者が多く、誰も気に留めていなかった。

 そんなある日、売れ残りや調理した後の食品ゴミを入れた箱を裏口に置いておいた店の主・楊(ヤン)が、ゴミを漁っている野犬二匹を見つけた。


 「この泥棒犬が。えへへ、罰として俺が食ってやるか」


 楊は棍棒を手に静かに野犬に近づいた。その気配に野犬は気づき、歯を剥いて威嚇してきた。楊は怯む事なく、駆け寄り棍棒をひと振り。野犬はぶつかり合い一匹が逃げ遅れ、棍棒の餌食となった。


 「これはご馳走だ。今晩はこれで腹を満たすか、酒が旨いぞ」


 楊が背を向け立ち去るのを確認したもう一匹は、漁っていたゴミからひとつを物色してそれを咥え、裏山に消え去った。それから数日して、その楊の店から二件ほど離れた店の高齢者の主が突然、気を失うように倒れ、病院に運ばれたものの死亡が確認された。その患者を診察を手伝っていた李文亮医師は、専門外だったが武漢市の華南海鮮市場付近に広がりを見せる謎の肺炎を危惧していた。


 2019年12月末、中酷のメッセージアプリ「微信(ウィーチャット)」に「武漢の人々がSARSに似たウイルスに感染しており、自分の病院でも患者が隔離されている」と言う投稿があった。それは「微信」でちょっとした話題となった。反響が広がる中、地方当局が知ることになった。


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