十三と黄金郷 その9

 遊亀はしかし、肩に受けた痛みを、ジュウザからのものだとは思わなかったようだ。鱶島がぶつかったのだと、信じて疑わない口ぶりである。

 彼女は左手を肩口に持って行き、感触を確かめる仕種をした。

「血が……出てる」

 次に彼女は、鱶島の方へ向き直ろうとしたらしい。だが、肩を貫通した棒が邪魔で、身体の向きは変えられない。

「何よお、これえ……。私の身体から……変な物が、生えてる!」

「に、逃げろ。前に進むんだよっ」

 どうしてよいか見当が着かず、鱶島は、とにかく前進するよう指図する。彼のすぐ後ろでは、ジュウザが状況を楽しむかのように仁王立ちしているのだ。鱶島自身は、身体がすくんで一歩も動けない。

「前に進めば、抜けるって」

「い、痛いのよお」

 血が止めどもなく流れている。よく見ると、突き刺さった棒が二本、まとめて回転している。ジュウザが鉄の棒をねじ込んでいた。

「行けよ!」

 鱶島は両手で遊亀の背を押した。

 それと同時に、棒が上方へと引き上げられる。

 遊亀の足が、地面から十センチほども浮いただろうか。このままだと彼女が宙吊りにされると感じた刹那、ぼきんと乾いた音がした。

 遊亀は右肩から以前よりもさらに激しく出血しながら、地面に落ちていった。肩甲骨が折れていた。

 その様が、鱶島の目には、スローモーション映像のごとく捉えられた。

「う、う、う」

 うつぶせに倒れたまま、腕を痙攣させている遊亀。痛みのショックで、意識を失いかけているのかもしれない。

 鱶島は血の臭いを嗅いだ。鼻の頭を拭うと、明らかに雨とは違う、ぬるりとした感触があった。

「ひっ!」

 鱶島の自由を奪っていた金縛りが、このとき解けた。

 だが、再び自由を奪われるまでに、さして時間はかからなかった。

 ジュウザに背を向けたまま、逃げ出そうとしたが、左の太ももに痛烈な衝撃を受けた。

「うわ」

 それだけしか言葉が出て来ないのが、自分でもおかしかった。

 左足の太ももは、裏側から例の棒の内の一本で突き刺され、前方まで貫かれていた。貫いた先は、大地に強く食い込んでいる。鱶島は仰向けの状態で、地面に串刺しにされたことになる。

 骨が砕かれなかったせいだろうか、痛みは皮膚のところだけで、あとはほとんど感じない。とてつもない違和感だけがある。

(う、動けない)

 鱶島にとって、今は、痛みよりも恐怖感が強かった。

(殺される!)

 鱶島は水――雨か涙か分からない――でかすむ目を、ジュウザへと向けた。 その巨体は、先に遊亀の方へと向かった。

 半失神状態の彼女の身体を、片手でひっくり返すと、枕元に立つ。

(あ、あ)

 ジュウザが残るもう一本の棒を垂直にかまえるのを、鱶島は見た。

 狙いは、遊亀の右目だ……。

 ゆっくりと棒の先端が降りていき、遊亀の右の眼球に触れた。触れると同時に、ジュウザは力を込めたようだ。ぶどうの粒でも潰したような光景が、そこに展開された。

 ジュウザは、棒を一気に突き通そうとはせず、しきりにかき回している。

 新たな激痛に、遊亀の身体がぴくん、ぴくんと跳ね上がる。壊れたロボットみたいに、規則正しく同じ動作を繰り返している。

 が、それも一分と続かず、徐々に跳ねる高さが低まっていった。

 ジュウザは遊亀の右眼窟――眼球はすでに見当たらない――から、棒を引き抜くと、今度はそうするのが当然のように、左へと狙いを定めた。

 二度目はスピードが違った。棒は遊亀の左眼球を一気に破壊し、そのまま、脳を突き抜け、最終的に後頭部から地面へと突き立てられた。

 遊亀の身体は最後に大きく一跳ねし、あとは全く動かなくなった。かすかに漏れていたであろううめき声も、完全に絶えている。

 この期に及んで鱶島は、映画でも観ている錯覚に、瞬間的にとらわれた。

(これが、ジュウザか!)

 棒を突き立てたまま、やおら、斧を取り出したジュウザ。背中にでも隠していたと見られる。

 斧を遊亀の首にあてがうと、そのまま上に持ち上げ、また下ろすという、実に無造作な動きで、彼女の頭部を切断してしまった。遺体の首の切り落としという職業がもしあれば、職人芸と言ってよい。

 ジュウザは斧を持っていない方の手で遊亀の髪を鷲掴みにし、そのまま突き立った棒にそって、真っ直ぐに持ち上げた。棒を、奇妙な色をした液体が伝う。

 棒から外された遊亀の頭部は、しばらくジュウザの手の内で転がされた後、空き缶のように捨てられた。

 ほとんど何の感動もなく目の前の光景を見ていた鱶島に、ジュウザが爪先を向けた。

(――逃げなくては!)

 今さらながら、棒を抜こうと試みる鱶島。

 だが、深く土中に潜る棒は、おいそれと抜けない。

 自らの太ももを抜こうにも、長さが二メートルはある棒だ。とてもじゃないが、一人で抜けるものでない。

 鱶島は、左手で棒の上の部分を強く握った。

「うわあっ!」

 声を上げた鱶島は、自分でも信じられない力で、左の足を強く引いた。

 ぶちぶちと嫌な音がした。それと共に、今までにない痛みが太ももから広がっていく。

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