十三と黄金郷 その8

 そこへ、無情にも――竜崎にとっても、私達にとっても――ジュウザの攻撃が加えられた。

 がしん。斧が岩を叩く音。

 うつぶせのまま、声もなく横たわる竜崎からは、左手も失われていた。

 ジュウザは続けて、斧を振りかざした。

 そのとき、竜崎は手首のない両腕を尽き、がくがくがくと震えながらも、身体を起こした。

「おまえらも死ぬぞ」

 そんなことを口走ると、彼はいきなり、ジュウザの腹の辺りに組み付いた。まだ動けるなんて、信じられない……。

 ジュウザもさすがに隙をつかれた格好で、戸惑ったかのように動きを止めた。

「てめえら、逃げろ! 奧から出ろ! 死ぬぞ!」

 竜崎の必死の叫び声に、最初に反応したのは鰐淵だった。

 跪いていた彼は、勇気を振り絞ったかのように立ち上がると、鱶島へと近寄り、

「俺は猫田、おまえは遊亀。いいな!」

 と大声でわめき、次の刹那には私の方へ向かって飛び込んできた。

「掴まれ!」

 そして今度は穴の外を目指してかけ出す。

 後ろを見ると、鱶島と遊亀もどうにか着いて来ていた。

「立てるか、おっさん?」

 鰐淵の言葉に、蝶野は夢から覚めたような反応を見せた。とろんとしていた目が不意に開かれ、きょろきょろとせわしなく動いてから、鰐淵へと視線を合わせる。

「お、俺」

「逃げるんだよ!」

「私は一人で行けるから」

「猫田、そうか?」

 手の空いた鰐淵は、蝶野に肩を貸した。

 そしてもう後方を振り返ることなく、一目散に、雨の闇へとかけ出した。

 洞窟からかなり離れたところで、雨音に混じって、ぐえ、という断末魔の声が聞こえたような気がした。


             *           *


 蝶野の頭の中は、まだ混乱していた。

 いきなり現れたでかい奴が、兄貴分の竜崎を打ち倒し、銃で反撃しようとしたのへ、その手首を……。

 蝶野は吐き気を催し、片手で口を押さえた。どうにかこらえられた。

「しっかり……してくれよ」

 蝶野を支える鰐淵が、息を切らしつつも言った。

 そこが体力の限界だったか、へたり込んでしまった。当然、蝶野も同様だ。

「他の奴らは……」

 振り返ると、黒猫を抱きしめた猫田が立っていた。呆然としている。

「鱶島と遊亀は?」

 鰐淵が聞いたが、猫田は首を横に振るだけだった。

「はぐれたか」

 息を整える鰐淵。彼は続けて猫田に話しかけた。

「電灯、持ってるかい?」

「え、ええ。ここに……」

 彼女の腕と猫の間だから、懐中電灯が出て来た。

「オーケー。俺は落としてしまったんだ。傘はなし」

 今度は蝶野へと顔を向ける鰐淵。

「蝶野さんはピストルを持ってるのか? 竜崎さんみたく」

「……いや」

 蝶野はわずかに言い淀むも、答えた。隠しても意味がない。

「持っていたが、落としたんだ」

「……車は?」

「ある」

 今度は即答する。自分でも暗いと感じる口調だった。

「だが、キーは竜崎の兄貴が」

「一緒か、畜生。ワゴン車のキーも鱶島の奴が持ってるんだ」

「コードをつなぎゃいい。そっちの車の仕組みは知らんが、こっちのなら何とかなる」

「なら、そっちへ案内を」

 鰐淵が立ち上がり、蝶野も立ち上がった。

「猫田――さん、着いて来いよ」

 鰐淵の呼びかけに、猫のミィクが「みゃ」と、ごく短い鳴き声を返した。


             *           *


 額に張り付く前髪をかき分けながら、鱶島は焦燥感に駆られていた。

 道を見失っている。

 冷静さを欠いて、ただただ闇雲に走った結果がこれだ。

「ねえ、どっちよお、ねえ」

 遊亀の間延びした声に、苛立ちが増す。

 激しくなる雨に、全身はとうにずぶぬれになっていた。傘を一つ持っているのだが、突風で煽られ、ホネが折れていた。

「自分で考えたらどうだい」

「何よ。あなたが連れて来たんでしょ。地図持ってるの、あなただしい」

「二回目なんだから、君も覚えろよ」

 不毛だ、と心中で吐き捨てる鱶島。現況は、つまらない言い合いをしているときでないのは分かっている。だが、神経がぴりぴりしているせいで、どうにも止まらない。

「そっちこそ忘れちゃったくせに」

「忘れてはいない。ただ……雨で間違えただけだ」

「あっ、そう? じゃ、戻りましょうよ。どこで間違えたの、さあ、早くっ」

「分かってる。こっちだ。着いて来いよ」

 投げやりに言うと、鱶島はさっさと歩き出した。実際のところは、こちらの方向で合っているのか、まるで自信がない。

 ばし。木を踏みつけた音がした。

 風の向きが変わったような気がした。鱶島のその感覚は間違っていなかった。

 行く手を塞いでいたのだ、あの影が。

「ひ!」

 鱶島はその場を飛び退こうとして、後ろの遊亀とぶつかった。

「何よ」

「――ジュウザ、ジュウザ」

 息を飲んで、それだけ唱えるのがやっとだ。

 それでも遊亀は即座に状況を飲み込めたらしく、甲高い悲鳴を上げて、すぐに逃げようと背中を向ける。

 鱶島もジュウザに背を向けた。

 そのとき、彼の右頬をかすめて、飛んで行く物が……。

 そいつは音もなく、遊亀の右肩を貫いていた。太さ一~二センチ大の鉄製建築資材らしい。それが二本、並んで突き刺さっている。無論、ジュウザがその端を握りしめている訳だ。

「いったーい! 何すんのよお!」

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