十三と黄金郷 その7
「話して分からなかったときは、それもやむを得まい」
灯りを落としたまま、竜崎は一歩を踏み出した。蝶野も続く。
激しくなる雨のせいか、あるいは探し物に夢中なのか、学生達が蝶野らに気付く様子はない。
洞穴の入口まで到達すると、おもむろに蝶野は叫んだ。ほんの挨拶代わりだ。
「ちょっといいかな!」
途端にしんとなる、穴の中。全員の目が蝶野と竜崎の方を向いた。
「あ」
惚けたような声を発したのは、鱶島だった。
「何かお探しですか」
雨に濡れない位置まで入り込み、竜崎は煙草を口にくわえた。
「い、いえ、別に、探すだなんて」
舌がうまく回らないのか、鱶島はへどもどしている。
「じゃあ、君達は何をしているんでしょう。まさか、こんな夜に、ジュウザの名跡巡りでもあるまい。ですよねえ?」
「すいません」
鰐淵が早々に頭を下げてきた。
蝶野は、鱶島から彼へと視線を移した。
「おい、鰐淵」
鱶島の方は、焦りの色をなしている。
鰐淵には、すでにあきらめたようなところが見受けられた。
「ごまかせねえって。さっさと手を引くべきだな。――申し訳ないです、竜崎さん、蝶野さん。俺達、昼間、竜崎さん達がこの洞窟で何か探しているみたいだったから、ちょっと興味がわいて……見に来たんです」
「純粋なる好奇心、という訳だ」
竜崎は煙草に火を着け、一つ、ふかした。
「そうです。それだけです」
鰐淵が調子を合わせてきた。
世渡り上手かもしれんな、こいつ。蝶野は聞きながら、そう思った。
「じゃあ、何も見ていないと」
「もちろん。なあ、みんな?」
他の仲間を振り返る鰐淵。
鱶島、遊亀、猫田の三人は、一瞬だけ、どうしようかという表情をして互いに見合った。が、結論は早かった。
「何も見つけてませんです。本当に」
鱶島が答えた。
「よろしい。では、手を引いてもらおうかな。私としても、手荒なことせずに済むのは喜ばしい」
竜崎の言葉に、学生達の間にはほっとした空気が流れた。
「ああ、その前に。もう一人のお友達はどうしたね? ここにいないようだが……」
竜崎は抜け目なく尋ねた。それで蝶野は初めて、千馬冴子の姿がないことに気付いた。
「あ、あの、彼女なら、来たくないって、最初からいません」
「ふむ、お利口さんだ。君達も彼女に倣うべきだったね」
煙草を落とすと、踏み消した竜崎。そして学生達に出て行くよう、顎で示す。
そのときだった。
* *
私は、新たなもう一人の影が入口の方向に現れる気配を察した。恐らく誰よりも早かったが、みんなに知らせるには時間が足りなかった。
次の瞬間、余裕の笑みを浮かべていた竜崎の口から、うめき声がこぼれた。
「ぐ」
前のめりに倒れた彼は、左手で右の肩辺りを押さえている。
竜崎が倒れたおかげで、新たに現れた人影のほぼ全身が視界に入った。
巨大な影だった。
右手に斧らしき物を携えている。ひょっとすると、あの斧で竜崎を襲ったのか。いや、きっとそうだ。ほら、何か、滴り落ちているじゃないの!
「だ、誰だ」
竜崎はうめき続けながらも、仰向けになり、上半身を起こした。
彼は右手で左の懐をまさぐっている。
かと思うと、いきなり右手を抜いた。握られているのは拳銃……?
竜崎の動きは、右肩に深い傷を負っている割には素早かった。だが、巨大な影の動きは、それを上回っていた。
大股で踏み出すと、影は竜崎のすぐ真正面に立ち、再び斧を振るった。
ぶん。
斧の刃は、竜崎の右手首から先を跳ね飛ばしていた。拳銃を持ったままの右手首が岩肌に当たり、からんからんと音を立てた。
「あっあー」
長い叫び声が、洞窟内部に轟く。
私達はもちろん、蝶野にしても、何が起こったのか全く理解できず、ただ呆然と見守るしかできないでいる。
「ちょ、蝶野っ」
竜崎の額には、脂汗が浮いていた。
「は、はい!」
素直な返事をする蝶野。身体の方が動かない。
「銃、拾え! こいつにぶっ放せ!」
激しく出血する右腕を左手で押さえつつ、後ずさりする竜崎。まだ意識ははっきりしている様子だが……。
「はい、しかし」
蝶野はおろおろしてしまっている。彼のいる場所から、拳銃の転がった位置までは結構距離がある。ましてや彼の足は完治していないはず。
「きゃあああ!」
突然、遊亀が悲鳴を上げた。
それで火が着いたように、他の者も――もちろん私自身も――口々に悲鳴めいた声を上げ始めた。
「ジュウザ、だ」
鰐淵が愕然としたように言った。
そうだ。彼の言う通りなのだ。あの影こそ、ジュウザ……。
影は――ジュウザは、三度、斧を振り上げた。それは手近の獲物――竜崎の右足首を襲った。
「がっ」
短い悲鳴。
私のいるところからでも、竜崎が全身を震わせているのが分かった。
しかし、竜崎の精神力は、まだたくましかった。
「おら! ガキ共! 誰でもいい、銃、拾え! 撃てよ!」
できることならそうしたかった。
だが、撃ち方を知らないばかりか、拳銃を握った経験がない。まず、握れやしないだろう。そして何より、銃を拾いに行くことは、ジュウザへの接近をも意味していた。
「馬鹿野郎っ」
叫ぶと、竜崎は力を振り絞るようにして横に転がり、残った左手を銃へと伸ばした。
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