十三と黄金郷 その6

「……竜崎さんと蝶野さんのことね」

「そうだよ。竜崎の方が、いやに熱心に洞窟の中を調べているなと思って、注意していたんだ。その内、表情が変化したのが分かった。にやりって感じにね。よほどの物を見つけたんだと思うな、あれは」

「……その時点で運び出さなかったのかしら」

「俺達の目があるからだろ。だから、秘密の品なのさ」

「秘密?」

 この言葉には、千馬だけでなく、遊亀も派手に反応した。

「何かしら」

「分からないが、俺達に二十万も出してるんだぜ。相当の価値があるんじゃないか。そう、黄金みたいな」

「黄金?」

「そうだよ、猫田さん。エルドラド――黄金郷。あいつらにとって、あの洞窟は黄金郷に違いない」

「横取りするつもり?」

 千馬は長い髪をなで上げ、呆れたように言った。馬鹿馬鹿しくて聞いてられないとばかり、腰を下ろす。

「チャンスを逃す手はないよなあ」

「私もそう思うわ」

 遊亀が追随する。

「だから、行こうよ」

「だからってねえ……。それじゃ、まるっきり、泥棒じゃない」

「あいつらだって、まともな職業じゃないさ。暴力団くずれってところじゃないかな」

 鰐淵の口調は断言に近かった。

「なおさら危ないじゃないのよっ。ジュウザだけじゃなく、暴力団まで絡んでる話に進んで関わるなんて、分かっていながら地雷を踏むようなもの」

「女らしくないたとえ方だな」

「うるさいわね! とにかく私はよすわ。行きたい人だけでやってちょうだい」

「分け前なくてもいいんだな?」

「冴子だけだよ、行かないって言ってるの」

 遊亀が揺さぶりをかける。悪いことするんだったら、みんな一蓮托生にしようという腹づもりかもしれない。

「……あなた達三人は分かるとして、たまおまで?」

 千馬は目付きを凝視のそれに変えて、こちらに向けてきた。

「私も気になるんだもの……」

「あ、そ。いいわ。いってらっしゃい。でも、私は絶対に行かない」

「仕方ない」

 立ち上がった鱶島。

「留守番を頼むとしよう。――もしも」

「もしも、何よ?」

 他のみんなも次々と立ち上がるのを、不安げに見守る千馬。

 鱶島は言った。

「もし、ここにジュウザが現れたら、頑張って逃げてくれよ」

「――はっ。警告、どうも」

 椅子の背もたれに身を預ける千馬。

「ジュウザがこっちの山に現れるはずないじゃない。でも、警告のお礼に、私も警告してあげるわ。その黄金とやらが、たとえ一億の値打ちがあったとしても、自分達ではさばきようがない品かもしれないということをお忘れなく。ね」

 彼女の言葉に、鱶島らは初めて戸惑いの色を浮かべた。

 だけど、状況は、もはや引き下がれない時点まで来ていた。

 私達は部屋をあとにした。

 準備を整え、外に出てみると、皮膚を刺激する感触を覚えた。小降りではあったが、雨が落ち始めていた。

 私は湿気が好きじゃない。車に乗り込む寸前まで、よほど引き返そうかと思った。

「ほら、たまお。早くう」

 遊亀の声。

「あ、うん……」

「どうかしたの?」

「何だか……。ミィクがそわそわするのが気になって。こんなことって、滅多にないんだけど」

「とか言って、自分、怖じ気づいたんじゃないのお」

「そ、そんなこと」

「いいんだよお。私にしたら、分け前が増えるから」

「おーい、何してる?」

 鰐淵が窓から顔を覗かせて叫んだ。

「ほら」

「分かったわ」

 結局、私は車に乗り込んだ。

 時刻は午後九時を五分ほど回ったところ。雨足は徐々に強くなりそうだった。


             *           *


 竜崎と蝶野は、共に懐中電灯を手にしていた。夕方、麓の町で買い込んだ物だ。空いているもう片方の手には、雨傘。

「こんなに暗くなるまで待たなくたって、よかったものを」

「あのガキ共がうろついている可能性があったからな」

 蝶野の愚痴は、竜崎に軽くいなされた。

「出くわしたら、不審がられる。なるたけ、面倒は避けねばならん」

「そういうもんですかね」

 竜崎は無言のままだった。昼間でも往生した道のり故、夜行くには神経を使わねばならない。少しでも歩く距離を短くしようと、山小屋の前の駐車場には目もくれず、ぎりぎり行ける地点まで登山道へ車で乗り入れたのだが、それでもまだかなり歩かねばならない。

「鬱陶しい雨だな」

「スニーカーに替えといて、いくらかましですがね」

 足の怪我もだいぶ楽になった蝶野は、竜崎のあとを着いて行く。

「見えたぞ」

 低い声で竜崎が言った。そして何故か、その場で立ち止まる。

 急いで横に並ぶ蝶野。

「一応、灯りを消せ」

「ど、どうしたんで?」

「……あいつらだ」

 苦々しげに吐き捨てる声。

 蝶野は洞穴へと目を凝らした。が、その前に、耳の方へ、雨音に混じって話し声が届く。しかとは聞き取れないが、あの学生共の声らしかった。

「気取られたって訳か。俺としたことが」

「さあて。どうします?」

 電灯を持った手で髭をこする蝶野。

「脅せば一発でしょう」


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