十三と黄金郷 その5

 これだけ晴天続きなのに、地面は何だかじめっとした感触を有している。流された血の名残――そんなことを想像する人もいるかもしれない。

「蝶野さん達こそ、どうして来たんですか。昨日聞いた、単なる好奇心とは思えませんよ。竜崎さんはともかくとして、蝶野さん自身、ジュウザについてあまりお詳しくないようだし」

「自分は竜崎さんに引っ張ってこられたようなものだから。ねえ、竜崎さん?」

「そういうことだな」

 竜崎は、うまそうに煙草を吹かしていた。我慢していたのをようやく吸えたという様がありありと出ている。そうしながらも顔を、いや目線をしきりに動かしているのは、地形を探っているのか。

「さあて、早速で悪いんだけど、君達が思っている洞穴へ、案内してもらいたいな」

「そうですね。一つ目の事件で、結構有名になった場所です。猫田さん、地図ある?」

「これでしょ」

 差し出された紙を受け取り、眺める鱶島。その横から竜崎が覗き込む。

「だいたいの道は分かってるんですがね。何しろ初めてだから、確認しておかないと……。よし、とにかく行ってみよう」

 私を含めた七人と一匹とで、登山道を上に歩き始めた。


             *           *


 蝶野自身が足に怪我をしていたことと、少し迷ったせいもあってか、それらしき洞穴が見える位置に来たのは、歩き始めてから一時間ほど経っていた。

「あ、あれみたいです」

 右方向を指し示しながら、鱶島が叫んだ。役目を果たして、ほっとしたといったところか。

 登山道を離れ、雑草を踏み分けながら、洞穴へと接近する。

「さして奧深くない穴だねえ」

 当てが外れたように、竜崎。蝶野も内心、同じ感想を持った。あれでは隠し場所としてふさわしくないんじゃないか、と。

「どういういわれがあるのかな、あの洞穴に」

「一つ目の事件で、中学生だったかな、女の子の遺体が見つかったのがこの近くだそうです。その逃げる途中、この洞穴に身を隠していたんじゃないかと思われる遺品がいくつか見つかった。それだけですよ」

「ふむ。一応、見ておくかな」

 竜崎はサングラスを外し、洞穴の中へと入った。他の者も続く。

 外と比べ、穴の中は、湿気が増したように感じられた。事実、地面には小さな水たまりがいくつかある。

 竜崎はペンライトを胸ポケットから取り出し、内部を照らしていた。濡れた岩肌が照らされ、ぬらぬらしていた。

「懐中電灯、ありますけど……」

 千馬が言った。彼女からライトを受け取ると、竜崎は、

「や、どうも。」

 と、背中で礼を言って、そのまま中の調べを続ける。

「何かあります?」

 気になるようで、鰐淵が盛んに尋ねてきた。

 竜崎の邪魔にならないようにと、蝶野は注意を自分の方に引き付けるべく試みた。

「なあ、鰐淵君」

「何すか?」

「もしも、ジュウザとやらが今ここに現れたら、君ならどうする?」

 声を立てて低く笑ってみせる。

「そうですねえ」

 鰐淵が考え込む間に、二人の会話を聞きつけたか、遊亀達も集まってきた。ただ一人、鱶島だけは竜崎の行動を遠くから眺めているらしかったが。

「そうそう出て来るもんじゃないと思いますけどお」

 遊亀の声は、浅い洞穴の中でもよく響いた。

「会えたら、すっごいラッキー。自慢できるっ」

「あのねえ、りえ。蝶野さんはそんなことを聞いてるんじゃなくて、襲われたらどうするかって聞いてるんだってば」

「そんなあ、考えてもしょうがないでしょ。死ぬなんて思ってないしい。そうねえ、写真を撮って、さっと逃げる。これかな」

「大したたまだねえ」

 まま、目論見がうまく行って、蝶野は調子を合わせた。

「……たまお、あなたはどう?」

 猫田の方へ向き直り、千馬は尋ねた。

「写真は撮らないけど、逃げるしかないでしょう。刃向かってどうにかなる相手じゃないわよ、二十人も殺されてるんだから」

「よかった。私もあなたと同感」

 遊亀に呆れたような視線を送る千馬。

「じゃあ、俺は」

 鰐淵が口を開いた。ようやく考えがまとまったらしい。

「蝶野さんを担いで逃げるしかないじゃないですか」

「は?」

 さすがに面食らった蝶野。まじまじと鰐淵を見返す。

「その足だと、いざというときに大変でしょう、きっと」

「ふ、ふははは! こいつはいいな。優しいなあ、君は。ははは!」

 馬鹿笑いしたところで、竜崎の声が低く響き渡った。

「ようし。充分、見た。ありがとう」

 それから竜崎は、鱶島へと尋ねる。

「他に洞窟というか洞穴はないかな?」

「他ですか? ちょっと待ってくださいよ」

 鱶島は地図を広げながら、穴の外へと出た。


             *           *


 夜が来た。

 他の人はともかく、私は夜、活動的になる質だ。

 ところが、今夜は違っていたみたい。みんな、元気よく起きている。

「出かける?」

 千馬が頓狂な声を上げている。

 聞き手は四人と一匹。竜崎と蝶野の二人は、昼前に下まで送って、そのまま別れた。

「こんな夜遅く、どこに? まさか緋野山に行くんじゃないでしょうね」

「緋野山だよ」

 鱶島が髪を整えながら言った。あっさりした口ぶり。

「やめてよ! 万が一、ジュウザが出たらどうするのよ」

「出ないって。よっぽど運が悪い奴じゃなきゃ、大丈夫だ」

 鰐淵が口を開く。

「車でちょこっと覗きに行くだけさ。なあ、鱶島」

「ああ」

「理由は? 朝、たっぷりと見て回ったでしょ?」

 髪を振り乱し、立ち上がる千馬。珍しい。こんな彼女を見るのは初めてだ。

「見たんだよ」

 サングラスをもてあそびながら、鱶島は秘密めかすように言った。

「何を」

 もったいぶる相手に対し、苛立ちを隠さない千馬。

 鱶島は横目で千馬を見やりながら、やっと答えた。

「あの二人、何かを探していたんだ」


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